監査員も大変なのです

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 「ふあぁー」

目の前にまるで絶壁の様に聳え立つ”1”と書かれた大きな門を見上げ、今日幾度目かの感嘆の声を漏らす。

大きな門の他にも、大きな歯車のついたクレーンに倉庫や工場なのだろう、大きな建物。
太い煙突からは黒い煙がモクモクと空へ昇っていく。

「この町はどこもかしこもも大きいなぁ」

両手で風呂敷に包んだ大きな重箱を抱えてキョロキョロと辺りを見回す。
このお弁当をガレーラ造船所のカリファさんという女性に渡せばいいらしいのだが、これだけ広いと何処に行けばいいのか分からない。
それに、目の前の門の他にも数字の描かれた巨大な扉は幾つもあるが、普通の扉が見当たらない。

建物の屋根より高い背丈と酷く厚みのある目の前の扉を開ける自信は全くないし、これを1mmでも動かせる自信もない。

さて、どうしたものかと首を傾げていた。その時、

「ひゃあっ」

その場に重箱を残して、あたしは宙に浮いたまま扉の前を離れた。















 ガラン、ガラン、

シュッ、シュッ、

トン、カン、トン、


工場内は貨車が丸太を運ぶ音、木を削る音、木槌の叩く音が賑やかに騒いでいる。
その中で、複数の野太い下品な笑い声が轟く。

「何を言っているか理解しかねます」

「理解なんざしなくて結構だ、俺等は金を払わねぇ。
ただそれだけのことだ」

工場の人間だろう、鉋(かんな)掛けをしている一人の男を海賊がずらりと円陣を組むように取り囲む。

いかにも三流悪党の顔をした海賊達は揃ってニタニタと笑いながら刀を抜いた。
そして、鈍く光る刃で太陽の日差しを反射させ、鉋で木材を削る男にその存在を示すかのようにチラチラと光を当てる。


ちらつく眩い光に目を細め疎ましげに海賊を睨み上げる男。

その眼光に一瞬笑みが引いた海賊達だったが、たかが大工に怯んだとあっては海賊が廃る。
再びニヤリと笑みを浮かべて威勢良く声を張り上げた。

「おっと、こっちにゃあ人質もいるんだぜ!」

「・・・・人質?」

「この状況でテメェの他に誰がいるってんだ」

あたしは、自分を指差し刀の刃を首筋に当てる男を見上げて問えばそう返された。

普段ならばこんな三流以下の小悪党、すぐに伸しちゃうのだが、何分今は監査中の身。
非力な一般人である方が目立たなくていい。
かと言って、このまま傷でもつけられたら違う意味で目立ってしまうことになる。

さて、どうしたものかな。


そんなことを考えている内にも海賊達は下品な高笑いを轟かせる。

「そんなわけで無料(タダ)で修理してくれてありがとよおォっ!!!」

長い高笑いが収まり、その余韻すらも工場内の広い空間に消え去って時しばし。

それでも工場内で働く男達の手は止まらず、騒ぎの前と変わらずにトンテンカンと木槌の音が止まなかった。

その頃には海賊達を睨んでいた大工らしい男もすっかり興味を失ったように鉋掛けを再開していた。


「っておいいぃ!頼むから少しは手止めて話し聞けよ一人くらいっ!!」

プルプルと何かを堪えるように震えていた海賊の頭が遂に耐え切れなくなったらしく、声を荒げて地団太を踏んだ。
しかし、大工の男はただひたすらに冷静で海賊達をあしらう。

「聞くだけ時間の無駄でしょう」

「ンだとォ!?」


駄目だ。

あたしは、やり取りを見ていて・・・いや、大工の男を見ていてそう思った。


この場にいる大工の人達、この海賊達より場数を踏んでる。
何よりも、戦い慣れてる。

目の前の男の人を含めて、周りの大工さん達の眼や物腰を見ていれば分かる。
むしろ、この時点で気付かないこの海賊達の方が余程素人だ。



「テメェ等・・・調子に乗って、とおぶッ!?!!?」

「「「お、お頭ああぁ!?」」」

刀を持っていた男が急に目ン玉を飛び出すなんて器用な真似をしながら床に伏した。

その背後には、一人の船大工が長く太い角材を肩に担いでおり、どうやら方向転換したことによって海賊の後頭部を直撃したようだ。

「あァ、失礼」

男は悪びれも無く一言そう言うと角材が大量に置いてある方へとスタスタ歩いて去っていった。


お頭だったらしい男が後頭部にデッカイたんこぶを作って地面に倒れ、ぴくぴく痙攣してるところを見ると、運悪く角材の角が当たったのだろう。可哀想に。

だがまぁ、自業自得である。神様は常日頃、人の行いを見ているということだ。


だというのに、海賊達はさも船大工さんが悪いかのように(まあ、実際に実行犯ではあるけど)その後ろ姿を睨みつける。
あたしの喉元に刀を添えて拘束していた海賊の男が、刀を持つ手とは反対の手でズボンと腰の間に無造作に突っ込んでいた拳銃を取り出して船大工さんへと向けた。


「貴様、よぐあああぁッ!?!?」

耳元で野太い悲鳴が聞こえたと共に、拘束が解ける。
振り返ると、別の船大工さんが巨大ノコギリを振り下ろしたような格好で地面に座っていた。

「あァ、失礼」

とは言っているが、さっきのも勿論そうなのだろうが、今のはあからさまに故意的だ。
当然、海賊達は怒り狂う訳で、



「野郎共ォ!!」

「「「オオォオォォぉぉッ!!!!」」」


まさかの海賊VS船大工の大乱闘になってしまった。

逃げるのも危ないので、あたしは木樽が詰まれた一角を盾にして事の次第を見守ることにした。



しかし、まあ何とも、ここの船大工さん達は強い。
下手したら東の海(イースト・ブルー)の海兵よりも強いかもしれない。

勿論、大佐の部隊は除いた兵隊のことだけど。


いつのまにか柵の外には野次馬が出来ており、その人達の様子を見るとどうやらただこの乱闘を見物に来たわけではないようだ。
船大工達の活躍を見に来たようで、たまに、

「ルッチさーん!素敵〜!!」
「カクさあぁんっ!!」

なんて黄色い声が聞こえたり、

「タイルストンはやっぱスゲェなぁ!!」「ルル、やっちまえ!」
「いいぞパウリー!!」

なんてオジサン達の野次が飛んでくる。
そんな素人目から見ても、現状は船大工さん達が押しているのがわかるだろう。



「この・・・!」

不意に近くで聞こえた叱咤するかのようなその声。
辺りを見渡せば近くに物陰に隠れて銃で遠くの獲物を狙う血に塗れた悪人面の男がいた。

構えは悪くない。周りの人間も気付いてない。
距離は遠いが確実に当たる弾を撃つことが出来る男だ。

狙われてる本人も、気付いてない。


あたしは咄嗟に地面を蹴り上げ素早く男の背後を取った。
しかし、ハッと我に返る。


しまった、やっつけちゃ駄目なんだった!



蹴りの為に振り上げかけた脚を何とか踏み留める。
しかし、勢いだけは止まらず、更には無理矢理留めた脚がもつれて前のめりになってしまう。そして、

「ぎゃあ!」
「どあ!?」

ドンッ!

あたしは男の背中に体当たりをする格好で相手を地面に突き飛ばしてしまった。
その拍子に男の手元が狂い銃弾が発砲する。


地面に手を付き、顔を上げると狙われていた男の足元から微かに煙が上がっているのが見える。
どうやら、銃弾は船大工さんの足元の地面に当たったみたいだ。

結果オーライとはこのことである。

ふう、と安堵の息を付くのも間もなく、


「この女!」

「わっ!」

すっかり忘れていた突き飛ばした海賊があたしの肩を掴み地面に押し付けられる。
そして、ぐっと首を締め付けもう片手で銃を額に押し付けてきた。

男の太い腕と一本一本が太い指に締め付けられれば、女の細い首は容易に気道が塞がり息が出来なくなる。
また、女の細い腕でどうなるものでもなかった。

「っか、ぐ・・・!」

もう無理!
任務開始早々、失敗を覚悟で男を蹴り飛ばそうとした瞬間だった。


「”ロープアクション・ボーラインノット”」

首を絞められ脳に酸素が行き届かないせいか、何処か遠くでその声を聞いた。
刹那、男の短い悲鳴の後に首の圧迫とあたしの身体に馬乗りになっていたはずの男の体重が一瞬にして消えた。

「”オシオキ一本釣り”!!!!」

地面と何か重いものが衝突する音をやはり遠くで聞きながら、身を起こして激しく咳き込む。急激に酸素が肺に送られ苦しい。
脳にもまだ酸素が行き届かずいろんな感覚が鈍くなっているのだろう。


「このォ!」
「!」

次々襲い掛かってくる海賊達に反応する時間が遅くて、逃げ切れない状況だった。

ていうか!今のあたしがやったわけじゃないのに!!


だが、


「ぶへぇっ!!」
「ぐえっ!?」
「ごあっ!!?」

風がよぎったと思った瞬間、男達が四方に散らばるように吹き飛んだ。
一回、瞬きをしただけである。
その間に、男がいつの間にかあたしの前に背中を向けて立っていた。

何がなんだか分からず目を瞬かせてると、空から鳥の鳴き声が聞こえて天を仰ぐ。

ぱたぱたぱた、


天から白く小さな羽ばたきが振ってきて、あたしの頭の上に停まった。




『大丈夫か?クルッポー』


「・・・鳩がしゃべった・・!!」

『この状況でそう言えるなら大丈夫だな』

鳩はそう言うとあたしの頭から飛び立って、目の前に立っていた男の肩に停まる。
男は振り返り、未だ地べたに座り込んだあたしを見下ろした。

白いタンクトップにサスペンダー、頭には黒いシルクハットで肩には喋る白い鳩。
極めつけは何をどうすればそう育つのか不思議な眉毛に顎髭。
いろいろ随分と奇抜でいらっしゃる男である。




ボオォンッ!!

「ぎゃあぶっ!」

大砲の爆発音に驚き、同時に風圧で飛ばされ地面に顔面をぶつけた。


「ぬはははは!派手にいったのぅ」

べりっと地面から顔を剥がして鼻を摩れば、頭の上から声が降ってきた。
見上げると、そこにはまた一人の・・・・



「ピノキオ?」

「一目見て早々失礼な奴じゃ」

「いや、正常だろ」

眉間に皺を寄せる長っ鼻の男にまた別のところから声が飛んできた。
座ったまま振り返ると、青いジャケットに専用ポケットにびっしりと葉巻を並べ、口にも葉巻を咥えた男が向こうからやってくる。

何処ぞの大佐の真似だと突っ込みたくなるのを堪えていると不意に葉巻の金髪男があたしの横に来てしゃがみこんだ。

「お前だろ、俺に銃向けてた奴ど突いたの」

そう言われてみれば、確かあの海賊が銃を向けていたのは金髪に葉巻を吹かした船大工さんだったような気がする。
よく確認しないでつい突っ込んでしまったので確信はなかったが、本人がそう言っているので間違いないのだろう。

「あ、はい。でも、逆に返り討ちされそうになったところをまた助けてもらって・・・ご迷惑をお掛けしました」

「いや、お前のおかげで余計な怪我しねェで済んだ。悪ィな」



『クルッポー!そもそもお前の注意力のなさでこうなったんだぞ。ルッチ達に謝れ、パウリー』

「うるせえな!なんで俺がテメェに謝んなきゃなんねぇんだよ!!」

「喧嘩ならドッグの外でやってくれんか。掃除の邪魔になるわい」

「おい、造り掛けの船が大砲の爆風で一部破損した」

「何!?引き渡しは明日だぞ!!」

「ウオオオオ!!おのれ海賊共めええぇぇェェッ!!!」

「お前さんのせいじゃろう」
「お前の大砲のせいだろ」
「テメェの大砲のせいだろうがッ!!」
『お前のせいだ、クルッポー!』

・・・・・・これまた何とも、


よくもまあ、集めたもんだ。


(キャラで採用してるのだろうか)
(とにもかくにも、社長の顔が見てみたいもんだ)

(ンマー、呼んだか)
(わあ!いた!!)

○○○

ようやく念願のパウリーを出すことが出来ました。


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