Plan...

□花屋
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 おばあちゃんが入院した。
でも、そんなに深刻なものではないらしい。
あたしが病院に連れて行ったわけではないから良く分からないけれど、とりあえず簡単な手術で済むような初期状態だったそうだ。

とはいえ、手術に伴う身体の調整や手術後のリハビリのために入院期間は半年くらい掛かると言われた。


幼い頃から一緒に住んでいたあたしは自分でも自覚しているくらいのおばあちゃんっ子で、仕事から帰る度に聞こえてくるはずの「おかえり」の優しい声がないのはとても不安だった。
居ても立ってもいられず、丁度お休みである今日、お見舞いに行くことにしたのだ。




休みといえば家に引き篭もりがちな自分が珍しく思い立つまま家を飛び出したはいいが、流石に手ぶらで行くのは躊躇われる。
かといって、病院では食事制限もあるようだし下手に食品を買うわけにもいかない。
おばあちゃんの好きなものをいろいろ考えてみるが、結局は無難にお花を選ぶことにした。


季節が暑い夏な為、病院から遠い家の近くからお花を買うわけにもいかず(だって、入院している人にあげるお花が萎びてたら、元気出ないと思う)、駅から病院に向かう途中でお花屋さんを探した。
そうして見つけた小さな一件のお花屋さん。


外装は少しレトロなアンティーク調で、とても落ち着きがある。
喫茶店だと言われても疑いもせずに入れるくらい、感じの良いお店だ。

病院からもそう遠くないのでこのお店で買うことに決め、手始めに外に並んだ花を見渡した。
しかし、ふと思えば一人でお見舞いなんて始めてのことで、どんな花をあげればいいのかわからない。
うちの人も友達もみんな健康だなぁと変に関心してしまい、ハッと我に返れば寄り道した思考を元に戻す。

鉢植えのものはいけないというのは知っているけど、具体的に何の花が縁起悪いというのがわからない。
どうしよう、と一人落ち込んでいた。そこへ、




「誰かへ贈り物ですか?」

とても優し気な声が振ってきた。
見上げれば、男の人が心配そうにあたしを見下ろしている。
顎に傷跡があるが、後ろに撫で付けた暖かなオレンジ色の髪が怖さを感じさせない。
エプロンをしているところを見ると、店員さんのようだ。

「ああ、驚かせてしまったならすいません。
しかし、今にも泣きそうな顔をしていたので、つい・・・」

あたしはそんなにオロオロと挙動不審だっただろうか。
そう思うと恥ずかしくて、俯きながら両手で顔を隠すように髪を梳いてしまった。
あたしの悪い癖だ。


「冠婚葬祭とか、何か様式的なお花のことでお困りですか?」

流石というべきなのか、悩みを一発で当ててくれた店員さん。
あたしはあまり人と話すのが得意ではなくて、むしろ大、いや超が付くほど苦手だ。
しかし、こればかりは返事をしない訳にはいかず、こっくりと頷いた。

「今日はどのような用件でお花をお探しですか?」

「あ、いえ、でも、その、お忙しいのでは・・・・・」

「平日のお昼ですから、見てのとおり暇人ですよ」

そう言われて顔を隠していた髪の隙間からそっとお店の窓を覗き込めば、確かに店内は色とりどりのお花が見えるだけで、人の気配は感じられない。

人と喋るのが苦手なあたしとしては少々勘弁してもらいたいのだが、このまま適当に選ぶ訳にはいかないのも事実。
あたしは決心して、ぎゅうっと目を閉じ、代わりに震える口を開いた。



「あ、あの・・、お、お、お見舞い、に・・・・」

「・・・お見舞い用の花をお探しですか?」

その言葉にぶんぶか頭を縦に振ると、フッと柔らかい空気に触れた気がして目を開けた。
お店の中を覗いたように、そっと顔を隠した髪の隙間から店員さんの様子を覗く。

「・・・・失礼、」

大きな手で拳を作り、口許を隠していたが表情は全く隠せてない。
おかしそうに店員さんが笑うのであたしはますます俯くしかなかった。



「その方の好きな色を伺ってもよろしいですか?」

「え、あ、はい、あの、えと、き、きききいろ、です」

「黄色?」

「はいっ」

「少し、お待ちいただけますか」

空気と同じように柔らかく笑みを残して、店員さんはお店の中へ入って行った。
いや、むしろ店員さんの笑みが空気を柔らかくしたのではないのだろうか。
さっき笑われた時だって、嫌な感じは少しもしなかった。

・・・て、そもそも、あたしが恥ずかしい様な行動をするから笑われたんじゃないか。
もう良い社会人なんだから、いい加減子どものような人見知りを直すべきなんだ。

・・・・・それ、昨日上司に言われたばかりのことだし。


つくづく自分に呆れて肩を落としていると、「お待たせしました」という声が聞こえて顔を上げた。
目の前には黄色を基調とした花束が包まれていて、でも決して多い量ではない。
病室に備えられている花瓶には最適の量であるということがわかる。

「これでよろしいでしょうか?」

華やかな彩りの花束に見とれて、小首を傾げて尋ねる店員さんに一拍間が空いてから頷いて答えて見せた。
すると一層目を細めて微笑んでくるのだから、今度は花ではなく店員さんに目がいってしまう。


「早く、お元気になられるよう願ってます」

労わりの言葉まで頂いてしまい、小さくお礼を述べてお店の中に入りお金を支払った。
小銭を受け取る際に指先がちょっとだけ触れてしまうと、酷く顔と胸が熱くなってそそくさと背中を向ける。

こんなに良くしてもらったのに、何も言わずお店を出るのも失礼だと気付き、お店の外に一歩出てから振り返り一礼した。
頭を上げると店員さんはオレンジの髪のように暖かい色した笑顔で手を振ってくるから、あたしは更に熱が顔に篭ってしまって小走りで病院に急いだ。


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