この想いを消して

□台無し
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「んぅ…いっ…‼︎」


目を覚ました名無しは
後頭部に激しい痛みを感じた。

恐らく殴られたのだろう。

額から血が流れていないことから
それほど大きな怪我ではないことが
分かったが、かなり痛む。


「へへッ…や〜っとお目覚めかい?
お嬢ちゃん?」


鼻にカーゼをはった男が笑いながら
名無したちに近づく。

寝起き早々に嫌な顔を見せてくれる。


「さっきはよくもやってくれたな〜?
お陰で俺の鼻が台無しだぜ…」

「へぇ…不細工な顔が少しはマシになって
よかったですね」


男は名無しの発言に笑みを一瞬消すと
汚い顔を浮かべ鼻で笑う。


「そのうちそんな軽口叩けないような
良い気持ちにしてやるよ。
遊ぶんならギャラリー多い方がいいだろ?
今ツレに召集かけてるからよ」


"楽しもうぜ"と薄気味悪く笑った。

本当に気持ちが悪い。

今すぐにでもボコボコにして
帰りたい気分だ。

しかし名無しは手足を縛られ
身動きが取れない状態。

近くにいる神崎や茅野は
手だけ縛られている。

よほど名無しの攻撃が
怖かったらしい。

たかが中学生のそれも女子相手に
ビビりすぎではないだろうか。


だがマズいことになった。

茅野と神崎の二人は
まだ何もされていないようで安心したが
このままという訳にもいかない。

どうにかして二人だけでも
開放する方法はないのかと思案する。


「…そういえばちょっと意外。
真面目な神崎さんも
ああいう時期あったんだね」

「ああいう時期?」

「ああ、名無しちゃんは
気絶してたから知らないか」


なんのことだろうと思い
神崎に尋ねると
普段とは違う格好で
ゲーセンで遊んでいたという。

神崎の家系は父親が厳しく
良い学歴、良い職業、良い肩書きばかりを
求めてくる世間帯を気にする人らしい。

そんな生活が嫌で
名門の制服を着ている自分も嫌だった。


「……バカだよね。遊んだ結果得た肩書きは
『エンドのE組』。もう自分の場所が
分からないよ」


神崎は自嘲気味に語る。

名無しはそんなことはないと思った。

確かに怠けてしまったのは
神崎自身の問題だろう。

だが無理に押し付けがましく勉強を強いる
親もどうかと思う。

褒めてあげなくてはならないポイントを
知らないで子供に必要以上に
期待を迫る教育。

他人の家庭事情にとやかく言えるほど
偉くはないが
そんな教育は子供のやる気の芽を
摘んでしまうのではないかと思った。

彼女は自分の居場所がないと言ったが
そんなことはない。

現に、神崎はE組にはいなくてはならない
存在なのだから。


「俺等もよ、
肩書きとか死ね!って主義でさ。
エリートぶってる奴等を台無しにしてよ、
…なんてーか自然体に戻してやる?
みたいな」


名無しに殴られた不良が
しゃがみ込み話しかけてきた。

上からものを言える立場なのか?


「俺等そういう遊び沢山してきたからよ、
台無しの伝道師って呼んでくれよ」


舌を出して自慢気に
自分たちがしてきたことを平気で語る。

自分たちのことは棚に上げて
人のことを貶めようとする奴等。

こういう汚い手を使ってでしか
のし上がってこれないやつを世間一般で
"クズ"と言うのだろう。


「…さいってー」


茅野が小さな声でボソッと言う。

名無しも同じ気持ちだ。

男はフッ…と笑みを消し
茅野の首に向かって右手を伸ばし
近くにあったソファーに叩きつけた。


「何エリート気取りで見下してンだあァ⁉︎
お前もすぐに
同じレベルまで堕としてやンよ」


男はそう言いながら
茅野の首を締め上げていく。

名無しはこれを見て
男の足に自分の足を引っ掛けて転ばせた。

男は驚いたようにつまづき
その拍子に茅野を離す。

強く咳き込む茅野を見て
名無しは"大丈夫?"と一声かけ
男を睨みつけた。


「チッ…またてめーか。
ことごとく俺の邪魔をしてくれるなぁ?
ガキのくせに調子こいてんじゃねぇぞ」

「黙れ」


男が青筋を立てて睨み返してくるのに
臆することもせず
淡々と、けれど静かに自らの
言葉を紡ぎ出す。



「今度私の友達に手ェ出したら…
……殺しちゃうよ?」


名無しの目は
カルマのときと同様に
強い殺意が宿っていた。

彼女が"殺す"と口にした言葉は
脅しでも何でもない。

本気で言っているのだということを
不良たちに気づかせた。

私利私欲で人を殺すようなことはしない。

それは名無しの中の暗殺者としての
ポリシーである。

殺したいほど憎たらしいが
本当に殺すようなことはしない。

少々社会復帰が困難になるくらいまで
痛めつけるだけだ。


「…上等だクソガキ。撮影係がまだだが
ちっとばかり早く始めてても文句は
ねぇだろ」


男はそういうと名無しを地面に
勢い良く叩きつけた。

いやらしい手つきで
顔や手を触っていく。


━━━気持ち悪い


何もかもが気持ち悪かった。

ただただ嫌で仕方がない。

男の手が名無しのネクタイを外そうと
手をかけたとき
後ろのドアから誰かが入ってきた。

男は手を止め
ニヤリと笑う。


「うちの撮影スタッフがご到着だぜ」


ドアの方に目を向けると
入ってきたのは撮影スタッフではなく…
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