※オリキャラ視点

※へっくんのネオAブロック隊長時代捏造

※一部グロや性描写あり(しかしヌルイ)

※終始暗い

※それでも誕生日記念

※それでも良い方はドウゾ

















ここは弱肉強食の世界。マルハーゲ帝国の絶対的強者は、マルハーゲ帝国の王・ツルリーナ四世様が率いる毛狩り隊。人々は毛狩り隊の存在に怯え、狙われれば髪を狩られ、涙を流して悲嘆に沈む。毛狩り隊に属さない一般人は、どうしようもなく弱者であった。




私も、もともとは弱者──ただの一般人だった。その頃の私は、髪を狩られる事よりも、そうして日々をビクビクと怯えながら過ごすことにどうしても耐えられなかった。私は愚かで、弱い人間だった。いつ自分が住む街に毛狩り隊が攻め込んで来るやも分からない、そんな途方も無い緊張感で満たされた日々を生きることが、どうしても嫌だった。





だから私は、毛狩り隊への入隊を志願した。つまりは寝返ったのである。弱者のまま怯え暮らすのが嫌なら、強者となり恐怖を与える存在にならなければ生きていけないと…私はそんな結論を出したのだ。友人や家族を捨て、裏切る形になるのは百も承知だった。しかし私の決意は揺るがなかった。所詮私は、自分の身が一番可愛く思っていた愚か者だったのだ。








以来私は毛狩り隊の一兵卒として、命じられるがままにただがむしゃらに毛狩りした。老若男女容赦なく、分け隔てなく、悲鳴や懇願にも耳を貸さず、ただただ人々の毛を狩り続けた。少々武術を嗜んでいたため、時折反撃されることもあったが難無く毛狩りを行えた。最初は抱いていた罪悪感も、日に日に薄れていった。





次第に私の中で、『毛狩り隊=正義』という概念が芽生え始めた。私達が生きるマルハーゲ帝国。その王であるツルリーナ四世様が下した毛狩り令。それを愚直に遂行する私達毛狩り隊は正しいのだと…信じて疑わなくなっていった。







ボーボボ一味などという、マルハーゲ帝国に仇成す者達の存在は、そんな私にとってはひたすらに煩わしいものでしかなかった。何度となく成敗してやりたいと考えたが、武術を少し嗜んだだけの私の力で淘汰出来る程、彼らは弱くなかった。数々の基地がその一味によって壊滅させられているという情報を前に、私は苦虫を噛み潰す思いで足踏みしていた。







力では到底適わないくせに、私は常に思っていた。毛狩り隊を──マルハーゲ帝国を滅ぼさんとする奴らなど、地獄に堕ちてしまえばいい…なんて。









今振り返ってみれば、私はなんとも都合のいい人間だった。毛狩り令に理不尽を覚え、嫌悪し、そして恐怖し、それに耐えきれず亡命し、理不尽を覚えた毛狩りを自ら遂行し、やがてそれを正義だと盲信し始めた、過去の私…あまりに愚存であり、誰にどれだけ罵られようと反論の術など無い。私は本当に、バカな男だった。





そんな私を変えてくれたのは、ある少年と過ごした一年にも満たない時間だった。ツルリーナ四世様の逃亡により壊滅してしまったマルハーゲ帝国を、百年の眠りから目覚めたツルリーナ三世様が再建しネオ・マルハーゲ帝国と名を変えて間もなく、私はその少年と邂逅を果たした。






それまでの功績を認められてネオAブロック副隊長の座を与えられた私と、ネオAブロック隊長として連れてこられた少年。私はその少年のことをよく知っていた。直接相見えたことがあるわけではない。私が一方的に知っていただけだったが。




「…よろしくお願いします」




そう言って小さく頭を下げた少年の名前は、ヘッポコ丸といった。





ボーボボ一味の一人であった筈の…マルハーゲ帝国の敵であった筈の、少年だった。














ボーボボ側からのスパイではないのかと訝しんでいた私だが、初めての毛狩り──もといパゲメンを行う為に攻め込んだ街を、彼はたった一人で全滅させてしまった。顔色一つ変えずに全ての住民をパゲメンした彼を見て、私の中の懸念は掻き消えた。もし本当にスパイだったなら、パゲメンに少しでも躊躇いを抱くだろうから。







彼は隊長に任命されるに相応しい強さを持っていた。私はボーボボ一味全員のデータを持っていたが、そのデータがアテにならないほどに強くなっていた。その強さは、私と同じく彼の経歴を知っているが故に不信感を持っていた隊員達の支持を得るに十分なものだった。あっという間に彼は隊に受け入れられ、ネオAブロック隊長として確立していった。






名実共にネオAブロック隊長として君臨していた彼だったが、副隊長である私を含め、隊員達の誰に対しても全く心を開いてはくれなかった。業務的な会話以外の談笑を一切拒み、自分の殻に閉じこもってばかりいて、視線が合うことすらもない。なんとも近寄りがたい隊長であった。




「隊長はどうして、隊長になったのですか?」




元は敵同士だったとは言え、今は同じ隊に所属する身だ。隊長と副隊長の不仲は隊員達の志気や統率に影響を及ぼしかねない。少しでも距離を縮めたかった私は、ほんの戯れでそんな質問を投げかけたことがあった。基地での事務作業中、隊長室に二人で居た時のことだった。





書類整理に勤しんでいた彼は、私の言葉にその手に止めてゆっくり私を見た。初めてまともに私を見た紅い瞳は、昔写真で見たモノとは違い、とても冷え切っていて──




私はその瞳に射抜かれ、情けなくも息を詰まらせた。初めてこの少年が、怖いと思ってしまった。




「…そんなこと、どうだっていいでしょ」




あまりに他人行儀な、冷めた返答。それは紛れもなく私を拒絶してのこと。何もかもを突き放す彼のその言葉は、私を打ち拉がらせるには十分だった。




「…申し訳ありません。出過ぎた質問でした」




小さく頭を下げて謝罪の弁を述べ、私は自分の業務に戻った。引き下がることも忘れ、情けなくも恐怖に屈伏したのである。彼もそれ以上何も言わず、また書類に目を通し始めていて、この冷めた空気に順応していた。居心地の悪さを感じていたのは、私だけだった。







──彼が、ひどく泣きそうな顔をして書類を握り締めていたことなど、気まずさ故に彼を見れなかった私が知る由も無かった。
















それから私的な言葉を交わすことなど無く、私達は隊長・副隊長として淡々とした日々を過ごしていた。その変わり映えのしない日々に亀裂が入ったのは、ネオAブロックに配属されて二ヶ月が経った時だった。





その日、基地にネオマルハーゲ三天王の一人であるバブウ様の部下だと名乗る、頭部が食パンという怪しさ満点の男がやってきた。その者は彼に一つの茶封筒を手渡した後、その中の文に従い、聖スパゲッティ学園へ赴くようにと告げた。彼は封筒を開けることなく、その者の顔を見ることもなく端的に「分かった」とだけ答えた。


その者は返答を聞くと満足したのか、恭しく一礼して足早に基地を後にした。私は話の内容が読めず、首を傾げるばかりだった。




「スパゲッティ学園で何をするつもりですかね、隊長」
「………」
「…隊長?」




何も答えない彼に訝しみ、私は彼の方へ顔を向けた。十センチ程下にある彼は、俯いているせいで前髪が表情を隠してしまっていて、分からなかったけれど…封筒をグシャグシャに握り締めている手が、小刻みに震えているのはハッキリと見て取れた。




「隊長? どうかしたのですか?」
「っ…なんでもない」




様子がおかしい彼に再度声を掛けると、大袈裟に肩を震わせた彼は封筒を握り締めたまま足早に隊長室へ戻っていってしまった。私はそんな彼を呼び止めることも出来ず、その背をただ見送ってしまった。あんなに冷静さを欠いた彼を見るのは初めてであったにも関わらず。




「………」




本当なら、心配を口実に隊長室に赴いて事情を問い質すのが副隊長として正しい行動だろう。だが私はそうはせず、深追いすることを放棄し、見なかったことにすることにしたのだ。この二ヶ月で、彼が私に心を開いてはくれないことを痛感してしまったが故、何を聞いても無駄だと決め付けてしまったからだ。私は自分の業務に戻り、彼が隊長室から出て来るのをのんびりと待つに留めたのだった。







この時の私の行動がもう少し違うものだったなら…もしかしたら…彼が抱いていた心の傷に、闇に、もっと早く気付けていたかもしれない。私は何度も後悔したけれど、どれだけ後悔したところで後の祭り。この時の私の身勝手な判断が消えて無くなることは、永遠にありはしない。
















亀裂が断裂し始めたのは、彼が何日か置きにスパゲッティ学園に赴くようになって幾日か経ったある日。




私達は例の如く、パゲメンの為に割り当てられた街に侵攻していた。その日は朝から彼の様子が妙であることに気付いていた(いつもより苛ついているというか、なんというか…)が、隊員達に的確な指示を出す彼に水を差す真似はせず、私は指示に従って指定されたエリアでひたすら愚直にパゲメンを遂行していた。





逃げ惑う人々を追い回しその髪を狩り続ける私であったが、その最中、悲鳴を聞いた。ただ助けを乞うものとは色が違う、複数の悲痛な叫び声。私は違和感を覚え、最後のターゲットをパゲメンし終えてから足を止めた。その悲鳴は、そう遠くない所から聞こえてきていた。






ただ毛狩り──もといパゲメンされているだけでは上げられることのない、命の危機に瀕しているかのような悲痛な叫び声。命までは奪わない我々毛狩り隊──今はケガリーメン──が直面する事など無い、無縁である筈の悲鳴。それがどうして今、聞こえてくるのか。






一考の間に、悲鳴はすっかり消えてしまった。訪れた静寂はひどく不気味で、戸惑いを隠せない。違和感を拭えなかった私は、悲鳴が上がっていたと思われる場所に向かうことにした。さして離れた場所ではなく、大して時間を掛けずそこに到着した私が目にしたのは──血の海だった。








老若男女問わず、そこにはたくさんの死体が転がっていた。全ての死体がズタズタに引き裂かれていて、その傷口から夥しい量の血が溢れ、地面を真っ赤に染め上げていたのだ。あまりに濃厚な血の臭いに、凄惨な光景に、込み上げてくる吐き気を堪えるのに必死になってしまう。









その血の海の中心に佇んでいるのは──紛れもなくヘッポコ丸隊長で。








真っ赤に染まった両手を凝視して、彼は立ち竦んで震えていた。俄かに信じがたいが、これは彼が行った所業であるらしい。だが、その当人が何が起こったのか理解出来ていないかのような雰囲気で…両手を凝視する紅い瞳には、今にも零れ落ちてきそうな程涙が溜まっていた。




「隊長…?」




吐き気を堪えながら、私は彼に近付く。私の呼び掛けで漸く私の存在に気付いたのか、彼は弾かれたように振り返った。頬に附着していた返り血が、決壊した涙で流れていくのが見て取れた。




「リグッ…俺……俺は、一体何をっ…」
「隊長、落ち着いてくださいっ」




髪を掻き毟り取り乱す彼を強く抱き締め、その場に無理矢理腰を下ろした。服が汚れようとも構わなかった。血で濡れた地面は冷たかったけれど、そんなことどうでも良かった。今にも崩れ落ちてしまいそうな彼を縫い止めるには、これが最良の方法だったのだ。




「これ、この血…死体は…俺……俺が、全部…?」
「隊長、お願いです、落ち着いてください」
「俺が、俺が殺してっ…う、あ…ああぁ…」
「隊長!」




私にしがみつき、嗚咽を零す彼を抱く腕に力を込め、背を撫でて落ち着かせようと奮起する。あまり混乱状態に陥ってしまえば、過呼吸を起こしかねないからだ。もし過呼吸になってしまったら、処置が難しい。あいにく紙袋など持ち合わせていないし、彼を無条件に安心させてやれる術も皆無に等しい。私に出来るのは、彼が過呼吸を起こしてしまわないように、ただ抱き締めて背を撫でてやることしか出来ないのだ。







私は──なんと、無力なのだろうか。








無力さに震えていると、不意に、彼の嗚咽が途切れて聞こえなくなった。見ると、彼は私の腕の中で意識を失っていた。眠りに落ちたというよりは、気絶したという方が正しいだろう。彼に降りかかった状況を鑑みれば、致し方ない事かもしれない。






まだ乾ききっていない血と涙を拭ってやりながら、私は無線で一番近くにいた隊員に連絡を取った。誰もここに来てしまわぬように隊長からの命令であると偽り、全ての隊員達に基地に戻っておくように指示を出してから、私は彼を背負って移動することにした。血だまりのここに居続ける理由など無いし、一刻も早く彼をここから遠ざけたかったからだ。






程なくして辿り着いた公園。彼をベンチに横たえてから私は水道でハンカチを濡らし、ベンチに戻ると彼に膝枕を施してから瞼にそのハンカチをソッと乗せた。あれだけ泣いた後だ、冷やさなければ瞼が腫れ、泣いたことが隊員達にバレてしまう。事情を知らない隊員達にツッコまれるのは、彼としては避けたいだろうと思ってのことだった。





血だらけの手で髪を掻き毟ったせいで、くすみの無い銀髪には所々血が付着していた。それを爪でこそぎ落としてやりながら、私は考える。彼がどうしてあんな残虐な行為に走ってしまったのかを。






朝から、妙に苛々していたというか、殺伐としていたのには気付いていたけれど…だからと言って、彼がそうも簡単にあんな行為に走るだろうか。…答えは簡単だ。さっきまでの彼の取り乱しようを見れば一目瞭然だ。彼が望んだことではないのだと、十分に判断出来る。






だが、あれが彼の仕業であることは明白で…至る所に残っている血の痕跡からも釈明の余地は無い。しかし、彼がそのことを一切覚えていない風だったのが引っ掛かる。何故なのだろうか。あれだけの所業を、無意識下で実行したとでも言うのだろうか…。




「バカバカしい」




自分の考えをそう切り捨て、思考を一時中断させる。さして頭脳が優れているわけでもないのに、あれこれ一度に考えすぎだ。それに、考えたところで正解が提示されるわけじゃない。熟考したところで、所詮は時間の無駄なのだ。





分からないなら、当事者である彼に聞けば良いだけの話なのだけれど…全く心を開いてくれていない現状で、彼が私の疑問に全ての答えを開示してくれるだろうか…。




「…冷たい……」
「あ、隊長。目が覚めましたか?」




そうこうしている内に、やっと彼が意識を取り戻したらしい。瞼に乗せたハンカチをどけてやると、眩しそうに目を細めながら緩慢に起き上がった。精神面はとりあえず落ち着きを取り戻しているようなので安心した。




「起き上がって大丈夫ですか? もう少し横になっていた方が…」
「……俺は…」
「あの後、気を失ってしまったんですよ。…覚えてますか?」
「……うん」




覚えてるよ──消えてしまいそうな程に小さく、彼は呟いた。自分の両手に視線を落とし、私が拭いきれなかった、爪の間に僅かに残っている赤に眉を寄せ、そのまま俯いてしまった。罪悪感に苛まれているのだということは、想像に難くなかった。




「…ごめん。みっともないとこ見せた」
「構いません。しかし…一体何があった」
「リグ」




私の名を呼び、彼は私の言葉を遮った。そういえば彼にまともに名を呼んでもらうのはどれ程振りだろう…なんて、場違いなことが頭を過ぎる。




彼は立ち上がり、真っ直ぐ私を見据えた。若干腫れの残る瞼。しかし瞳には、もう涙は滲んではいなかった。そこにあるのは──明確な、拒絶の色。




「今は、何も聞かないで欲しいんだ。それで、誰にも言わないで」
「し、しかし…」
「いずれアイツらにはバレるだろうけど…今はまだ、知られたくないんだ」




彼の言い分は意味不明で、私は何一つとして納得出来なかった。…だけど、彼は私には到底思い至れない何か大きなモノを抱えているらしいと、なんとなく悟る。あの残虐行為も、彼が一人で抱え込まなければならないことなのだろうか。色々なモノを抱え込んで、彼は今、立っているのだろうか。






『アイツら』とは一体、誰を指しているのだろうか。彼に何かを抱え込ませているのは、その『アイツら』なのだろうか。









──彼がここまで頑なに心を閉ざすのは。




──他人をそれに巻き込んでしまわないようになのか?





「………」
「…無茶なこと言ってるのは分かってる。あんなの見ちゃえば、気になるのも分かるよ。でも…」
「いえ…分かりました」




私は深く頷き、言った。




「今日のことは、誰にも言いません。いずれバレてしまうというのなら…バレてしまうまで、私は沈黙を貫きましょう」
「…ごめん。ありがとう、リグ」




帰ろう。そう言って彼は私に背を向け、先に歩き出した。私は、年齢の割に愁いを帯びた背中をただひたすら眺めながら、基地への帰路を辿った。その間、私達が言葉を交わすことは無かった。気まずさから話しかけられなかったのではなく…ただ、そんな雰囲気ではなかったから。





彼が何を抱えているのか…それを私が知るのはもう少し先の話であり、そして知るにはあまりにも遅過ぎた。私が知る頃にはもう何もかもが手遅れで、挽回の余地は無かった。私がこの時もっと食い下がって、無理矢理にでも全てを暴けだせていたのなら……そうしたらきっと、あの時気付けなかった心の傷にも闇にも気付けて、それ以上深めることは無かった筈なのに…。

















それから数ヶ月の間、度々同じ事があった。パゲメンより殺人を犯す頻度が徐々に増え…加えて、時折ふらりと基地を出て、血を纏わせて帰ってくることもあり…段々と目に余るようになっていった。もう取り乱したりすることは無かったのだが…悲しそうな目をするところは、相変わらず変わらなかった。






自分では制御出来ないらしいその行動を、他の隊員達に気付かせないようにするなど到底無理な話で…既に殆どの隊員が彼の奇行に気付いている。だが畏怖の念を抱くのではなく、純粋に彼を心配している者が大半だ。みんな、業務的な言葉しか交わさなくとも、彼の人となりを理解しているからだ。






──彼が望んで人を殺すはずない…と。







だが、誰も打開策を見出せず、そんな彼をただ見ているしか出来なかった。歯痒さを感じながら、彼が纏う血の臭いに慣れ始めてきてしまったある日のこと。私に来客があった。






相変わらずスパゲッティ学園に赴いていた彼に代わり雑務をこなしていた私は、隊員から来客の知らせを受け、入口に向かった。そこには、思いも寄らない人物が待っていた。




「君は…」
「バブウ様の部下の、食パンちゃんと申します」




前回は彼を訪ねてきて、名乗ることも無かったその者──食パンちゃんは、芝居がかったお辞儀を一つすると、戸惑う私を置いて早速本題を切り出してきた。




「これから私と一緒に、スパゲッティ学園までいらしてください」
「スパゲッティ学園に? 何故私が?」
「バブウ様直々のご要望です。貴方に見せたいものがあるようで」
「…そちらには、ヘッポコ丸隊長が居るはずでは? 私などが赴かずとも、隊長に…」
「貴方でなければ意味が無いのですよ。今一度申し上げます、リグ副隊長。私と共に、スパゲッティ学園まで御同行願います」




言葉のニュアンスを変え、食パンちゃんは笑顔でそう言った。…否、それは笑顔ではない。目の奥は笑っていないのに、それをどうして笑顔と形容出来るだろうか。笑顔という名の仮面を貼り付けた食パンちゃんは、私の返答を待っていた。






私でなければならない理由など、皆目見当もつかない。しかし、彼が既に現地に赴いているこの状況での召喚要請は、まさか彼に何かあったということなのだろうか? だから私は呼ばれているのだろうか? …でも、食パンちゃんは確かに「見せたいものがある」とハッキリ言った。それでは私の立てた仮説は成り立たない。彼に何かあったのではなく、ただ私を…?




「……分かりました」
「ありがとうございます。では、車へドウゾ」




考えていても埒が明かない。こうなったら、自分の目で確かめてしまうのが一番手っ取り早い。彼と違い、バブウ様は私が知りたいこともしっかり答えてくれそうだ(というのは、ただの理想論だが)。私は部下に出掛ける旨を伝え、食パンちゃんに導かれるまま、無駄に黒光りしている車に乗り込んだ。リムジンと言うのだろうか…金持ちが乗っているイメージの強い車だった。前後に設置された座席に、私達は向かい合わせになるように腰掛けた。自動で扉が閉まると、微かなエンジン音を響かせて車は発車した。









スパゲッティ学園に到着するまでの数十分間、私達の間に碌な会話は無かった。というのも、食パンちゃんは私の質問を、あれこれ理由を付けてまともに取り合わなかったのだ。流石に三天皇直属の部下となると、口が固くなってしまうらしい。重要なことは何一つも漏らさなかった。それを悟った私は早々に質問を切り上げ、窓の外を流れる景色を眺めることに専念し始めたのだった。そうして景色を眺めている内に、車は目的地に到着した。







すっかり陽も落ちてしまっているため、学園の外装は闇で塗られていて妙に不気味だった。夜の学園やら学校やらは、何歳になっても恐怖心を煽り立ててくる。それは私も例外ではなく、出来るだけ外観を視界に入れないように気を付けながら、食パンちゃんに先導されるまま学園内に足を踏み入れた。





そのまま私は学園の地下に案内されたのだが、そこは学園にあるにはあまりに不似合いな、実験施設になっていた。通路は硝子を填められた窓がたくさんあって、人数に多少の差はあれど白衣を着た研究員と思わしき者達が窓の前に居た。みんな余程集中しているのか、私達に一瞥もくれない。いつものことなのか、食パンちゃんは全く気にしていないようであった。





中で行われている実験はそれぞれ違うらしく、動物が居たり、人間が居たり、何か大きな機械を動かしていたりと…知識の無い私には到底意味不明な光景ばかりだった。






ただ──胸糞悪いな…と、思った。






そうして進んでいくと、通路の奥に妙に大きな鉄の扉が見えた。淀みない足取りでそれに近付いていった食パンちゃんは、側にあったパネルを操作し、その扉を開けた。パスワード入力操作だったのだろうか。




「こちらです」




一度振り向いた食パンちゃんはそう言うと、スタスタと扉の中に入っていってしまった。私は慌ててその後を追う。中はすぐに階段になっていて、更に奥深くへ誘っているようだ。照明が少なく、足元が見辛い。足を滑らせないように気を付けながら、一段一段階段を踏み締める。その背後で、鉄の扉がギイイィィ…という金属音を響かせて閉まった。




「ここはバブウ様専用の実験室です。道すがらの実験室よりも、機密な実験を行っております。あの扉を開けられるのは極僅か。バブウ様が認めた者しか、パスワードは教えられておりません」
「ヘッポコ丸隊長も、この先に?」
「えぇ。なにしろヘッポコ丸様が、今行われている実験の要なのですから」




彼が実験の要? そんなことは初耳だ。彼はそんな素振りを微塵も見せなかったし、なんの変化も見せて──






そこまで考えて、私の思考は停止した。何か、行き当たってはいけない結論に行き当たりそうで…これ以上考えを巡らせることを、本能が拒否した。






──彼の姿が頭を過ぎる。人を殺す時の、あまりに彼らしくない彼の姿が。




「どのような実験かは、直に分かります。まぁ…受け入れていただけるかは、判断しかねますがね」




私は眉を顰めた。含みのある言い方が妙に気になったし癪にも障ったが、今更ここまで来て引き返すのも馬鹿らしい。憤りと疑念に蓋をして、私は淡々と階段を下っていく。それっきり、階段を下りきるまで私達はお互い口を噤んだままだった。






長い階段を下りきると、そこには二つの鉄の扉があった。食パンちゃんは迷い無く左の扉に向かい、先程と同じようにパネルにパスワードを打ち込んだ。すぐに開いた扉の中に入っていく食パンちゃんに続いて中に入ると、五人の研究員が居た。一様に白衣を着用し、カルテとペンを握っている。全員の視線は大きな硝子が嵌まった窓に向けられていて、人形のようにそのまま動かない。ペンを持った手だけがまるで別の生き物のようで、カルテを見ずにしきりに何かを書き留めていく。






異質な空気に気圧されている私を差し置いて、食パンちゃんは研究員の内の一人に近付いていった。




「どんな具合ですか?」
「前回より浸透度が高いですね。順調に『善』の心を食い潰しています。しかし、あの方の性質上、そろそろ限界なのではないでしょうか」
「そうか。ギリギリ間に合ったようで良かった。…リグ副隊長」




理解不能な会話を研究員と繰り広げてから、食パンちゃんは私を呼んだ。手招きされ、私はそちらに足を踏み出す。




「そろそろ頃合いです。バブウ様が見せたかったものは、この先です。…さぁ」




ご堪能ください──いっそ寒気すら感じそうな、冷たい声音。気が付けば、硝子の前にはもう誰も居なかった。全員硝子から距離を取り、とても薄気味悪い笑みを浮かべて私を見ていた。その視線に射抜かれながら、私は硝子の前に立ち…そして、その向こう側を覗いた。





そして──その大きな硝子の向こうには、信じがたい光景が広がっていた。




「っ……隊長!」




硝子の向こうはここよりも更に一階分低くなっていて、妙に広々としていた。壁や床には緩衝材が敷かれていて、至る所に用途不明の機械が設置されていた。所々に血が飛び散っているその一室に──ヘッポコ丸隊長とバブウ様、二人だけが存在していた。





彼は床に倒れ伏していて、バブウ様は少し離れた場所でそんな彼を眺めている。荒い呼吸を繰り返し、時折咳き込んでは血を吐き出す彼を、バブウ様は卑しい笑みで眺めていた。余程辛いのか、彼の表情は苦悶一色だ。それに、体は傷だらけだ。辺りに飛び散っている血は、全て彼の血なのだろうか。







そして、私にはしっかり見えていた──彼に纏わりつく、真っ黒な影が。




「なん、なんだ…あれは…」
「善滅丸の影響です」
「善滅丸…?」




聞き慣れない単語に、私は疑問を呈した。いつの間にやら隣に立っていた食パンちゃんが、淡々と説明してくれた。




「バブウ様が現在開発している薬の名称です。『善』の心を溶かし、悪の力を呼び覚ます…あの影は、ヘッポコ丸様から引き出された『悪』そのものなのです」
「『悪』…」




彼を食い潰さんとする、黒い影。ゆらゆらと陽炎のように揺れるあの影が、彼の中に燻る悪しき心。その影のせいで、彼は苦しんでいる。悶え、血を吐き出し、何かから抗おうともがいている。




「『悪』を引き出すことで、普段は抑えられている秘められた力を発動させられるとバブウ様はお考えです。その仮説を完全なものとする為に、現在投薬実験を繰り返しているのです」
「投薬実験…隊長が、実験体だと?」
「そうです。ヘッポコ丸様も了承してくれています」
「そんな…」




彼が足繁くスパゲッティ学園に赴いていたのは、実験体となる為だった…その事実が、私に大きなショックを与えた。彼がずっと隠していたのは、このことだったのだ。ずっと私達を拒絶していたのは、このことを隠す為? それとも、まだ他の理由があるのだろうか…?





──彼の突然の殺戮の始まりは。



──この実験が関係しているのだろうか?






バブウ様がゆっくりとした足取りで彼に近付いていく。口元が動いて、何か言葉を投げ掛けている。それに彼が噛みつかんばかりに反論する。しかし音声は聞こえない。こちらに音声は入らないようになっているのだろうか。咳き込み、血を吐き出す音も聞こえないとなると、そうなのかもしれない。






バブウ様が笑顔で血に濡れる彼の側に腰を下ろし、彼を抱き上げて膝に跨がらせた。彼は抵抗を見せているが、体が上手く動かないのかバブウ様の拘束から逃れられないようだ。




「…バブウ様は一体何をするつもりなのでしょうか」
「発散させるんですよ、『悪』を」
「発散?」




えぇ、と食パンちゃんは頷く。




「ヘッポコ丸様はもともと『善』の心が強い。だからあのように『悪』が暴走し易いのです。まぁ、この数ヶ月で随分と馴染んできたようではありますが」
「………」
「しかし、暴走する『悪』を放置していては最悪命に関わる。だから、発散させる必要があるのです。発散方法は色々と試した結果、あれに落ち着いたようですが」




そう言って、食パンちゃんは硝子の向こうを指し示す。私は外していた視線をそれに倣って戻したのだが…すぐに目を背けたくなった。






少し目を離している間に、彼は着衣を乱されていた。下半身は完全に露出させられ、バブウ様の無骨な手が彼の性器を弄んでいる。シャツも捲り上げられ、胸元をバブウ様の舌が這う。彼はバブウ様を引き離そうとしているようだが、抵抗は全て乱雑な愛撫で押さえ込まれる。快楽に絆されながらも、溺れてはいない。望まない快感なのだと、よく伝わってくる。





涙が頬を伝い、バブウ様の手に落ちる。バブウ様はそれを見て口角を歪ませ、無理矢理に彼の唇を奪った。絡まる舌の動きが大仰で、聞こえない筈の水音が私の鼓膜を揺さぶった。




「あ、あれは…」
「性的欲求として発散させるのが、一番楽なようです。バブウ様がただ楽しんでいるとも言います」
「楽しんでって…隊長の意志はっ…」
「意志など無関係です。ヘッポコ丸様は、バブウ様に逆らえないのですから」





従うしかないのですよ──食パンちゃんが言い終わるより先に、私は足早にそこを後にした。背後から私を呼び止める食パンちゃんの声が聞こえたが、私の歩調は緩まなかった。もうこれ以上、ここに居たくはなかった。耐えられなかった。彼のあんな姿を見るのも、それを機械的に眺める研究員も、当然のことのように語る食パンちゃんも、彼を好き勝手に弄ぶバブウ様も…何もかもが嫌だった。





何より──彼の本質を今まで見てこなかった自分自身に…とてつもない嫌悪感を覚えた。








外で待機していた運転手の送迎の申し出も断り、私は基地までの道程をトボトボと歩いた。冷静さを欠いた頭は、今見聞きした事象をエンドレスリピートする。無性に泣きたくなったけれど…本当に泣きたいのは、私じゃない。














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