「助けて、ルカ!!」
頭で考えるより早く、口から出た声は
「馬鹿、呼ぶな!」
素早い動きで私の口を塞いだ聖司先輩の、手のひらに阻まれて消えた。
「むーーーー!」
「ルカの奴、気付いてないだろうな……」
聖司先輩が心配そうにつぶやく。
ルカたちに見えないように防御壁に隠れてうずくまっているから、こっちからもルカたちの姿は見えない。
だけど、激しい戦闘の気配は変わらず伝わってくる。
「向こうであれだけ騒いでるんだ、聞こえたはずはないよ。」
あくまでも冷静な玉緒先輩が言う通り、声になる前に消えた叫びがルカに届いたはずはない。
「いいか?大声出すなよ。」
念を押しながら手を放してくれる聖司先輩の元を慌てて離れる。
なんかここで叫んだりするのは流れ的にダメな気がするから、私はやむなく助けを期待することを断念した。
だからって、勝ちを諦めたわけでもないし、旗を渡すつもりもない!
助けを呼ばない私の様子に、安心していた先輩たちの隙をつくと、
雪に足をとられそうになりながら全力で旗まで走った。
そして引き抜いた旗を握り締め、先輩たちに向き直る。
「旗は渡しません!」
意地になる私を見て、先輩たちはやれやれとでも言いたげな顔を見合わせる。
確かにこの状況は圧倒的に私の不利。
柔道部と交戦中の二人が勝利して戻ってこない限り、私と先輩の1対2の構図は変わらない。
だけど、ここで私が大人しく旗を渡してしまったら、先輩たちがそのまま柔道部に加勢しないとも限らないもの!
「……メモ子さん。いい子だからそれを渡してくれないか?」
玉緒先輩の柔らかな声音。優しげな微笑み。眼鏡の奥の瞳が、いつもより少し鋭さを増しているけど。
「メモ子。大人しく俺の言うことを聞けば、褒美に甘いものを奢ってやるぞ?」
聖司先輩の魅惑的な言葉。優美な微笑み。獲物を追い詰めたみたいに妖しく輝く瞳で見下されて。
「ぜっ、たいに!渡しません!」
負けるもんかぁ!!
後ろ手に旗を握り、取られてしまわない様に身体ごと雪の壁に押し付ける。
渾身の気合を込めた瞳で先輩たちに対峙すると、先輩たちが今度こそ呆れたように肩をすくめた。
「仕方ないな……。」
「メモ子は頑固だからな……。」
「っ!諦めてもらえますか!?」
勝利の予感にほっと息を吐きかけたその時。
「よっ……と」
「きゃぁっ!?」
ひょい、と玉緒先輩に抱え上げられた。
「仕方ない。メモ子さんごと連れて行くか。」
「おい紺野、あんまり触るな!」
「無茶言うなよ、設楽。」
「お、下ろしてください!」
「ああメモ子さん、あまり暴れないでくれないかな。頭から思いっきり落としそうだ。」
それは困る!……って言っても、このまま大人しく連れて行かれるわけにも……
……助けて、ルカ!
焦りとか、悔しさとか、情けなさとか、抱き上げられてる恥ずかしさとか。
とにかくもう一杯一杯で。
気が付けば、心が勝手にルカに助けを求めてた。
こんなの遊びで、ただの雪合戦で、別に危害を加えられるわけでもないのに。
声に出すのは卑怯な気がして、心の中で必死にルカを呼んでた。
こんなの、聞こえるわけもないのに
「……うっ…わ!?」
「な……っ、!?」
突然。
先輩達の悲鳴と共に、すごい音がして。
目の前で雪の防御壁が崩れた。
「ヒーロー参上♪」
「ルカ……?」
分厚い雪壁を蹴破ってルカが出てきた驚きとか、助けが来てくれた嬉しさとか、
崩れた雪壁が私ごと先輩を埋めてる事とか
……そんなことより。
なんで、私が呼んだのが分かったんだろう。
私の不思議そうな瞳に映ったルカが、この上なく満足そうに微笑んだ。
「助けに来たよ。お姫様」
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