ツメタイソラ‐stranglehold‐
□三話
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今から一年半前のある日、雨が脱獄して鏡之丞と二人、逃亡生活を送るようになってから半年が経った頃のこと。
その日は夜半から天候が崩れていて、朝から広がる仄暗い景色が雨の気分を滅入らせていた。否、気分が暗いのはそのせいだけではなかった。
昨夜遅く、雨と鏡之丞は何者かによる襲撃を受けた。適当な空き小屋に潜伏していた所、急襲を掛けらたのだ。勿論何の索も無いまま寸でのところで逃げ出してきたため、戦わずして逃げきるのは難しい。
更に悪いことに、雨は風邪をひき高熱に浮かされていた。それで鏡之丞が、
「二時間したら落ち合おう。最悪お前が逃げる時間くらいは稼いでやる」
そう言って別れたきり、約束した場所にもう三時間も現れないのだ。
鏡之丞が普通の人間二・三人を相手に負けるわけがないことを、雨は知っている。それなのに雨がこんなにも不安に襲われるのには別の理由があった。
退崎 鏡之丞は人であって人ではない姿になることがある。『半人』と呼ばれる体質の者であった。
普段はまともな人間と何ら変わりはない。しかし一度興奮してしまうことで、“それ”は始まるのだ。
“異形化”。
耳は尖り顔中の血管が浮き出る。爪や皮膚は硬質化し、口からは鋭い牙が覗き、身体能力が飛躍的に高まる。
その特異体質は、大多数の人間からしてみれば化け物以外の何者でもなかった。