短編

□希の先
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ピンポーン


「新聞ならいりませんよー」


──希の先──


ピンポンピンポーン

無視をしようがしつこく鳴り続けるチャイムに銀時は苛立ちを見せた。なんで俺しか居ない時に来んだよ、と重い腰を上げボリボリと後頭部を掻きながら玄関へ向かう。扉の向こうに影は一つ。ガラッ

「だから新聞はいらねぇって……」
「坂田銀時さんですね?」

前言撤回。新八も神楽も居なくて良かった。この服は、

「幕府の税務局に勤めております者ですが」 
「っ、すみませんが帰ってもらえますかね。こちとら幕府とは何の面識も無い一般人なもんで」

扉を締めようと右手を掛けた時だった。

「吉田松陽をご存知ではありませんか?」




向かい合う状態でソファーに座り数分。銀時は相手の様子を伺っていた。こいつは先生を知っている。然るべき問題はこいつが敵か味方か。穏和な雰囲気を纏ってはいるが油断は出来ない。相手の言葉を一字一句聞き逃すまいと銀時は耳を澄ました。

「改めてお尋ねします。坂田銀時さんですね」
「あぁ…」
「探しておりました。高杉晋助さん、桂小太郎さんの居場所は特定不可能でした」

貴方が最後の頼みの綱だったのです、と安堵の表情を浮かべ少し笑った。その様子に銀時は少し拍子抜けする。幕府の人間であれば、高杉、桂がテロリストである以上敬称を付ける必要はない。寧ろ付けるべきではない。

「それで何の用だ。松陽先生の名を口にしたからにはそれなりのことを喋って貰う」
「警戒せずとも貴方方をどうこうするつもりは毛頭ありません。私はこれを渡しに参ったのです」

そういって懐から取出したのは三つの封書。しかも銀時、高杉、桂の名前が記されている。しかし銀時が驚いたのはその文字であった。

「先生の、字…」

これは紛れもなくあの人の、

「そうです。これは吉田松陽さんから貴方方への手紙です」
「どうして…」
「私は彼と面識があり、生前頼まれたのです。この手紙をこの国が落ち着き、安心して暮らせる世になったら桜の芽吹く頃この子らに渡して欲しい、と」
「そんな、知らなかった…」
「彼は未来の貴方方へのドッキリだと笑っておられました」
「うそ、」

信じられない、先生がまさか。

「高杉さんと桂さんの手紙も貴方に渡しておきます。彼らには貴方から渡して頂けませんか」

男の言葉は最早銀時の耳には入らなかった。気付けば男は去っており、机上の手紙だけが残される。銀時は一呼吸おくと自分の名が記された封書を掴み、そして封を切った。




銀時へ

肌を刺すような鋭い風が暖かな太陽にその角を丸め、桜の蕾もはち切れんばかりに膨らんだ今日この頃、なんて書くと貴方は堅苦しい読みづらいと眉間に皺を寄せるのでしょう。
まず私が聞きたかったこと。銀時、笑っていますか。この手紙を読むまでの貴方がどう生きてきたのか私にはわかりません。攘夷運動が激化し、沢山の辛いことを経験したかもしれません。それでも今の銀時が笑っているのならそこまでの過程は決して無駄ではなかったはず。恥じることなどありません。堂々としてなさい。
そして銀時、ごめんなさい。私は貴方に何も伝えぬまま去ります。貴方たちの気持ちをわかった上で卑怯な行動にでます。恨んでいるのでしょう、何故黙って逝ってしまったのかと。私は卑怯者なのです。死が恐ろしいのです。この決心が貴方たちを目にすると揺らぎそうで。まだ生きていたいと思ってしまいそうで。子供たちに侍の魂を説いておきながら何を言うかと笑われそうですね。先生失格です。しかし潔く散っていくばかりが侍ではないと私は思います。貴方には生き抜いて欲しいのです。その銀色の魂を手放さないように。
今、貴方の目に桜は見えますか。厳しい冬を静かに耐え、春の訪れを知った桜は美しい花弁を広げます。一つ一つは小さいながらも精一杯咲く姿は見惚れるほど。そうして見る者に何かを遺し、惜しまれながら堂々と散るのです。侍のようだと思いませんか。散ってなお、その魂だけは生き続ける。私の魂は貴方たちに預けます。銀時には晋助や小太郎とは違う心を遺したい。それは己を信じる心、諦めず、投げ出さず、不可能を不可能としない不滅の心。貴方の目を見ていると不思議と何でも出来そうな気がするんです。私は貴方を通して未来のこの国を見てみたい。美しい侍の国を。
貴方が笑って暮らせる居場所がいつまでも消えることがないよう私は願っています。最後に銀時、笑ってください。貴方の笑顔には回りを幸せにする強い力があるのですから。

              吉田松陽


「………………」

言葉が出なかった。何も言わずいきなり去ってしまった先生。あの日おやすみなさい、と机に向かう後ろ姿に呼び掛けたのが最後だった。『おやすみ銀時、また』その声は今も耳に残っている。
読み残しはないだろうか、丁寧な字がぎっしりと詰まった紙面に目を走らせる。と、最後に小さく何か書かれているのを目が捕えた。

後ろ髪引くは小さき愛し子の
 先を憂いて心散るらむ

ぽたり、黒が紙面にぼんやりと滲む。ぽたぽた、小さな雫はゆったりと染み込んでいく。白い着流しは目元を激しく擦り、少しばかり湿る。

「笑ってる、皆がいて…幸せだから」

銀時は己の手紙と共に残りの二つも懐に大事に入れると玄関に向かう。二人に渡すために。
家を出て階段を降りていると遠くから自分を呼ぶ声がする。見渡せば小さく、自分の家族が見えた。

「桜が咲いてたヨ!!」

走って息も絶え絶えに笑顔で言うその姿にふっ、と思わず笑みが零れた。


end.

優希様からのキリリクでした。大っ変お待たせいたしました申し訳ありません!リクをお受けしたの去年ですからね…ジャンピング土下座の勢いです。
リク内容に沿えているのかも自信のないところです(汗
書き直し等も受け付けますので。
キリリクありがとうございました。

2010.03.24 秋花

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