短編

□うそぶく己が魂
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一日の中で唯一安らげる時であった筈のこの時間にすら怯えるようになったのはいつ頃だったか。血霧の中を駆け回り、自分より一回りも二回りもでかい相手を葬る。ぐちゃり、不快に感じていたこの音もいつの間にか聞き慣れてしまった。

「銀時、」
「あぁヅラか。どうし……っ!!」

背後からの声に応えながら振り返ったそこには変わり果てた小太郎の姿。胸には穴が空き、左腕は肘から先がない。頭からは夥しい鮮血が──…



「………!!はぁ……は…」

そこは月明かりの差し込む朽ちた寺の一角であった。聞こえるのは仲間の微弱な寝息や衣擦れの音のみ。しん、とした真夜中の澄んだ空間に、一人安堵の息を吐くと共に焦燥感を覚えた。

「またか……」

今のはただの夢であった。それは自分でも理解している。だが時折分からなくなる。今この瞬間が現実なのか夢なのか。寝ても覚めても己の目に映るのは真っ赤なあの世界であった。こうして辺りを見渡せば夢の中で散っていった仲間が生きている。もちろんヅラも。それは良いことである、だが逆も然りなのだ。その日の戦で死んだ筈の仲間が夢に出てきて己の横で刀を奮う。やけにリアルなその夢に、仲間はまだ生きてると思い込み現実でヅラや晋助を困惑させることもしばしば。疲れてるんだろう、と優しく言ってはくれる。だが白夜叉はおかしい、と噂される日も来るだろう。

「金時……寝ちょらんのか…?」

ぼうっと外を眺めながら物思いに耽っていたそこに心地よい土佐弁が響いた。

「…銀時だっつの…」

それだけを返し黙りこくった自分に辰馬は食い下がる。目の下に隈が出来てるだとか、顔色が悪いだとか。要するに寝ろ、と言いたいのだと思う。でも辰馬はそれを直接口にはしないまま気付けば日が昇ろうとしていた。


─────



言えなかった。あんな顔して仲間を見つめる銀時に、寝ろとは何と残酷な言葉だろうか。


「おんしは一体、何を心の奥底に抱えちょるんじゃ…」


眠る銀時が毎回うなされているのを知っている。寝言で死んだ仲間を呼ぶのも聞いたことがある。だが戦中に悪夢を見ることは珍しいことでもなかったし、銀時のようにうなされる仲間を沢山見てきた。だから今まで銀時の悪夢を知ろうとはしなかった。だが銀時には他とは違った何かがある気がして仕方ないのだ。

「のう晋助……銀時は大丈夫じゃろうか…」

ついらしくもない言葉が辰馬の口を付いて出る。その言葉の意味を正確に感じ取った晋助は一瞬顔を歪めたがすぐに平静に戻り、そして言った。

「俺たちが信じてやらなくてどうすんだよ。銀時を裏切ることは誰にでも出来る。だがなあいつを信じて背中を預け合うことが出来んのは俺らだけだろうが…」
「そうじゃの…流石じゃ晋助。おまんには適わん」

互いに目を合わせ微かに笑う。晋助の不敵な笑みが何よりも辰馬の心を穏やかにした。

「お前らそこで何をしている」
「おお、ヅラと金時じゃなかかー」
「ヅラじゃない桂だ」
「銀ですー金じゃありませんー」

きっと小太郎も分かっている。分かっていながらも仲間を信じて見て見ぬフリをするのだ。晋助や銀時とのくだらない口争の間に辰馬を見て僅かに頷いたのが、何よりもそれを物語っていた。

銀時を信じている二人の強い想いに辰馬は感心せずにはいられない。自分には見えない絆があるようで少し悔しくなった。だがこの三人にはずっとこのままでいてほしい。何があろうと、年を取っても子供のように騒いで、そんな中に自分が入ってまた馬鹿やって。それを望んでいる筈なのに己は宇宙に行こうと、この三人から離れようとしている。なんと矛盾していることか。でもまだ……あとほんの少しだけ、三人の傍にいたい。

わしは我が儘じゃ……

近い未来、ここに己の居場所は無いのだと分かっていても…

「…なぁ辰馬?」
「ん?…あぁそうじゃそうじゃ!!」

今この時は仲間と笑っていたいから。

「おまんらは一生の仲間じゃ!」

自分の心に嘘を一つ






end.
─────────*


当初の予定と180度違う話になりました(笑)

企画に参加させていただき、ありがとうございました。


2010.01.11 秋花

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