短編

□酒感
1ページ/1ページ




鼻を覆うのは古びた畳の少し黴臭い匂いと何処からか薄らと漂う焦げた匂い。視界に広がるのは年季を感じる天井の梁、そして己の右手だった。

「………………」

太陽は少し西に傾いていて、そうして射し込む光が足先だけを温める。ごろり、と寝返りを打てば視界は天井の梁から薄汚れた襖へと変わったが右手はそのままだった。

「やな天気だ……」

日頃とは打って変わった色をした空。青々としたそこに白雲が点々と浮かぶ。その晴れ晴れとした空に背を向け、銀時は眉間に皺を寄せるとゆっくりと瞳を閉じた。

それから幾らか時間が過ぎ、久しぶりの休日を何をするでもなくただそのままの体勢でいると、ギシギシと古い木床を軋ませながら幾つかの足音が近づいてくる。出来るだけ音を鳴らさぬようにしているらしいがそんな間抜けなことをするのはあの三人しかいない。黙って待っていると暫くして襖が一寸程開き、ヅラが覗き込んできた。

「覗きですかコノヤロー」

身体を起こしそう言ってやればがらりと襖は開け放たれ三人が入って来た。

「ばれてんじゃねーかヅラァ!!」
「金時を驚かすのは無理じゃ」

ヅラに文句を言う晋助に一人笑う辰馬、作戦の失敗を悔やむヅラと部屋は一気に騒がしくなる。

「んで、お前らなんなの」

何をしに来たのか一向に見当が付かない。呆れた調子で問えばヅラが思い出したかのようにぐいっと右手を突き出した。

「酒……?」
「そうじゃ祝い事じゃき」
「何のだよ」

祝うようなことがここ最近あったか?戦は熾烈を極めるばかりでこちらが勝っているとは皮肉にも言い難い。こうして休んでいる今だっていつ襲撃に遭うともしれないのに。

「お前今いくつだ」
「一応……十五だけど」

だから何?と問えば晋助に鈍いな、と嘲るように笑われた。

「十五になったら成人だろうが」
「漸くお前も大人の仲間入りだからな。酒で祝ってやる」
「………は?」

勝手に酒を注ぎ始めた三人につられて仕方なく腰を下ろす。そうすれば酒を渡され飲め、という視線に晒された。半ば自棄になって一気に煽れば今まで嗅覚を刺激していた匂いに酒が混じり、舌もそれに覆われる。その様子を見ていた三人もお猪口を手に取り酒に口を付け始めた。

「酒はまっこと美味いのー」

これだからやめられん、と笑う辰馬にヅラが横から目線を送る。

「坂本、飲み過ぎるんじゃないぞ」
「わかっちょる。わしゃこの一本で我慢じゃ」

うんうん頷きながら懐から新たに一升瓶を取り出すと自分の器に注ぎ始めた辰馬に晋助は唖然とする。

「それ一人で飲んじまうのかよ!」
「あっはっは当たり前じゃ!晋助たちにはそれで十分ぜよ」
「んだと?」

二人の会話に思わずため息を溢す。こいつらはいつもこうだ。その横で気にもせず辰馬の言う“それ”から酒を注ぐヅラもいつも通り。自分よりも大人であるはずのこいつらの子供のような行動に酷く懐かしさを感じた。

慣れない酒に味覚を刺激されながらその懐かしさを一人味わっているとヅラに肩を叩かれた。どうやら長い間物思いに耽っていたらしい。

気付けば辰馬は瓶から直接酒を流し込み、酔った晋助はぶつぶつ独り言を言っている。そんな様子を見て思わず微笑めば逆に迷惑だったか、と隣から苦笑が漏れた。

「いや、嬉しいよ…ありがとなヅラ」
「ヅラじゃない桂だ。だが浮かない顔をしている」

鋭い指摘に思わず酒を注ごうとした手が止まる。自分をまじまじと見つめるその目が誤魔化しは効かないと訴えていた。

「……俺、本当の歳なんてわかんねーからさ。お前らが十五になって成人した時も自分はずっとこのままなんだろうなって思ってた」

どれだけ時が経とうと自分は大人にはなれない。独り子供のままお前らの傍で刀を振り回すものだと。餓えた鬼と書いて餓鬼とはよく言ったものだ。昔の自分そのものじゃないか。大人になれない自分はあの頃のまま、いつまでも餓鬼のままなのだ。

「しかし先生が歳も誕生日も下さっただろう」

それは魂の籠もった刀を受け取った日に同時に得たもの。

「そう、だな…」

餓鬼だった自分には先生が眩しかった。到底並ぶことなど出来ないと思っていた。そんな大人に近づくことが何故か恐ろしい。自分が踏み入れてはいけない領域のような気がして。先生を汚してしまう気がして。

「何を気負うことがある。成人したところで何も変わらないじゃないか」
「…………」
「寧ろ俺は嬉しかった。成人することで少しは先生に近づけたのではないかと」
「……!!」

そんなものは浅はかな自分のただの勘違いで先生はまだまだ遠いんだがな、そう言って切なく笑う横顔から目が反らせない。そう、自分も本当は近づきたいのだ。師と仰ぎ、生きる世界を与えてくれた先生に。しかし自分の中の何かがそれを拒む。

「ヅラは怖くないのか……?」
「ヅラじゃない桂だ。逆に銀時は何が怖いんだ?」
「……自分自身」

自分がこの四人の中で一番血に手を染めている自覚がある。ずっとずっと昔から屍を剥いで生きてきたのだから。

「…………」

それから互いに口を閉ざしたところで横から割り込む影があった。

「なにんなこと気にしてんだよ」
「晋助、」

僅かに残った酒を強引にヅラに押し付けると胡坐をかいて俺の頭を小付く。

「俺たちはもう餓鬼なんかじゃねぇ。勿論てめぇもだ銀時。だから責任を負わねーとならねぇ。誰も自分の失態を肩代わりしちゃくれねぇからな」
「あぁ……」
「だから餓鬼の頃のことなんか気にしてる暇はねぇんだよ。今てめぇは成人を迎えただろうが」
「お前はもう一人前の大人だ、銀時」

ヅラから再び酒を渡される。黙って受け取れば真っ直ぐ自分に向けられた二対の瞳が細められた。

「…ありがとな」
「わしを仲間外れにするのは酷いぜよ!!」
「辰馬…!」

ヅラとの間にいきなり入ってくると酒の匂いを漂わせながらほんのりと赤くなった顔でにこりと笑う。

「金時、十四までは誰しもが餓鬼なんじゃ。十五になると成人する。それが人に成るってことぜよ」

だから今金時は人に成ったんじゃ、と言われてなんだか変な感じがした。ここにいる三人と自分は同じなんだと今気付いた、俺はもう餓鬼じゃない。

「よし!!辰馬、その酒全部俺によこせ」
「いやじゃ!!これはわしの……」
「お前は飲み過ぎなんだよバカ本」
「金時に言われとうない!」
「俺の成人を祝う酒だろうが、よこ、せ!?」


無理やり引っ張った瓶が宙に舞う。それが四人の視線を一身に受けながら虚しくも畳の上に叩きつけられじわじわと染み込んでいった。

「勿体ねぇ!!」

晋助が慌てて瓶を拾い上げるが時すでに遅し。数滴の酒が気休め程度にぽたりと落ちるだけだった。

「畳が酒臭くなったじゃねぇか!」
「自業自得だ銀時」




騒ぐだけ騒いで酒が無くなったとなれば三人は部下からぶんどってくると物騒なことを呟きながら出ていった。することもないので一人になった部屋で再び横になる。

視界に広がるのは先程と変わらない薄汚れた襖と右手。だが鼻を覆うのは畳から漂うアルコールの匂いだけだった。




end.
─────────

優季さまへの相互記念小説でした。
が大変遅くなりました異常に長くなってしまって……


捕捉しますと“薄らと漂う焦げた匂い”は先生が亡くなった時、“畳の黴臭い匂い”は幼少の生活が連想出来る、かな……とか思ったりとかして……
目に見える物は変わらなくても他のどこかで些細な変化は常に感じられるっていうのを書きたかったんです。捕捉しないと分からないような話じゃまだまだですねすみませんorz

そしてやっぱりシリアスに走ってしまいました。もっと明るい話にしたかったのですが……

優季さま、書き直しも受け付けますので…!
相互ありがとうございました^^
これからよろしくお願いします!


2010.08.05 秋花

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ