短編3

□時空を飛び越えて
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朝晩には少し肌寒く感じる程の風が吹きはじめ、昼に空を見上げれば蒸し暑かった夏よりも薄い雲が点々と散らばるようになった。季節が移り変わっていく様子だけはこうもはっきりと実感出来るというのに。この長い長い戦争は何時までも変わらず自分の目の前に悠々と横たわり続けていた。



味気ない僅かな食料を口に押し込んでさてと、と重い腰を上げる。部屋の隅に適当に畳んでいた羽織と刀を掴み欠伸を噛み殺しながら外へと出ると、桂が待ちくたびれたと言わんばかりの顔をして立っていた。

「ようヅラ。今日も相変わらず早いんだな」
「ヅラじゃない桂だ。お前たちが遅いだけだ。まったく……生きるか死ぬかの戦いだと言うのにお前らは揃いも揃って緊張感がない」
「あーはいはい分かりましたー」
「真面目に聞いているのか銀時!」

小姑のように小言が煩い桂との会話を早々に切り上げ身支度を整える。大した進展も無く寧ろ悪化していくだけの戦況を目の当たりにして、後どれほどこの戦が続くのかと先の見えない日々につい溜息を吐きながら腰に刀を差した時だった。

〈ぎ…さ…たん……でと……ます〉
「……?」

どこからか小さな声が聞こえた気がした。咄嗟に辺りを見回すが桂以外に人影は見当たらない。気のせいか、そう思って額あてを結び直していると。

〈銀さん……じょうび、おめ……ます〉
〈ぎ…ちゃん……でとう〉
「っ!?」

やはり気のせいなんかじゃない。再び声が、しかも今度は少女のような声と二人分聞こえた。一体どこからだろう……女なんてこの辺りに居るわけがないのに。

「なぁヅラ。今の声聞こえたか?」
「ヅラじゃな……声だと?何も聞こえんが」
「でも今子供っぽい声が……いや、なんでもねぇわ」
「そうか?」

どうやら桂には聞こえていないらしい。もしかすると幽れ……スタンドだろうかと一瞬背筋が冷えたが嫌な感じはしなかった。何と言っているのだろう、いつもならこんな薄気味悪い声なんて聞きたくなくて耳を塞ぐのだろうが何故か今日は気になって仕方ない。また聞こえないだろうかと意識して耳を澄ませていると再びあの声がした。

〈銀さん、お誕生日…めでと…ござ……す〉
「……!!」

声は今はっきりと"銀さん"と自分のことを呼んでいた。しかも自分の聞き間違いでなければ恐らく"銀さん、お誕生日おめでとうございます"と言っている。これは一体どういうことだ。

〈銀ちゃん、おめでとう!〉

今度は少女の声がする。そもそも自分の事を銀さんや銀ちゃんと呼ぶ人は居ない。更にどうやら誕生日を祝われている。はて、今日は何日だったか。

「なぁ……今日って何月何日だ?」
「どうした急に。今日は確か十月の……九日…いや、恐らく十日だな。戦場にいるとつい時間の感覚があやふやになっていかん。それにしても今日がどうした……そうか今日はお前の誕生日だったか。すまん忘れていた…」

桂の話は途中から耳に入って来ていなかった。今日は十月十日、誕生日。謎の声は自分でも忘れていた年に一度の誕生日を祝ってくれていた。

〈銀ちゃん!〉
〈銀さん!〉
〈〈おめでとう!!〉〉

とても優しい声だった。恐らくこの二人は子供だろうが、昔自分に誕生日を教えてくれた先生のように温かく、どこか気恥ずかしい気持ちになる。顔も名前も分からない二人だが何故か他人のような気はしなかった。

〈銀さん…〉
〈銀ちゃん、〉

声は変わらず緩やかな風に乗ってやってくる。誕生日なんて一つ年を重ねたという事実を認識するだけの日だと思っていたのに。"おめでとう"と言われたそれだけで今日がとんでもなく特別な記念日のように感じられた。

〈大好きですよ銀さん!〉
〈銀ちゃん大好きアルっ〉

「ありがとな……」

漠然とこの二人にはいつか会えると思った。その時には今日のお礼を言おう、そして思いっきり抱き締めてやりたい。そんな未来を迎える為には今日を生き抜かなければ。

「銀時……そろそろ行くぞ」
「…ああ」

腰に差した刀をしっかりと握る。こんなにも強く"生きる"んだと思ったのはいつぶりだろうか。目的が出来ることはここまで心境に変化を及ぼすものなのか、と自分でも驚く。思わず苦笑を溢しながらほの暗い戦場へと一歩足を踏み出した背中に"頑張れ"と小さな声が投げ掛けられた気がした。



end.
──────────

銀誕にしては珍しい攘夷時代にしてみました。戦争中ですから一々祝って喜んでる余裕はないんじゃないかな、と思うと攘夷銀さんに少しの安らぎを与えたくなりました(笑)

短文すぎる気もしますが、今年はこれくらいで^^



2013.10.10 秋花

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