短編2
□薫る煙は
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日が沈む頃、子供の少なくなった寺子屋で先生は煙管を手にする。縁側に腰を下ろし、静かに煙を吐き出すその後ろ姿が大好きだった。
「…先生」
「何ですか?」
こちらを向き、ふんわりと笑うその周りには紫煙が漂う。
「煙管って美味しいんですか?」
「そうですね、大人になれば分かりますよ」
そう言って頭を撫でる手からも煙管の匂いがする。
「晋助は煙管に興味があるのですか?」
「……はい」
本当は煙管なんてどうでもいい、先生ともっと話したくて嘘をついた。
「ほら、ここに葉を詰めて火を付けるんですよ」
丁寧に教えてくれたその煙管はとても古いものだった。聞けばそろそろ買い替えたいのだと言う。
先生に煙管をプレゼントしようか
そう思い立ち、夜こっそり貯金箱を割った。数える程しかない硬貨を見てため息をつく。お金を貯めなければ。
それから手伝いを率先してこなし、お駄賃を大事に懐にしまう。そんな日々が数ヶ月続いた。
「最近晋助は偉いですね。」
「先生ー、こいつ先生に…」
「銀時っ!!」
悪戯っ子独特の卑しい笑みを浮かべながら先生にバラそうとする銀時を怒鳴り付ける。
「はいはい。晋ちゃんは先生が大好きなんだもんなー」
「勝手に言ってろ」
本当は銀時だって先生が好きなくせに。恥ずかしいのか何なのか、それを中々面にだそうとはしない。
それからまた数ヶ月が経って、大分重たくなった硬貨を袋に入れ店に行く。かなり貯めたつもりだったが一番安い煙管しか買えなかった。
先生、喜んでくれるかな…
寺子屋までの道のりが酷く遠く思え、足は自然と早く動く。見慣れた門構えが見えた頃には走りだしていた。
「先生っ!!俺、先生に渡したいもの、が……」
「晋、助……」
意味が分からなかった。小太郎は声を震わせ先生の名を何度も叫び、その傍で銀時は涙を流している。そして中心にいるのは血に染まり地面に横たわった、先生───
大事に持っていた煙管を落とし、先生に駆け寄る。
「先生っ、そんな……!!俺、先生に……っ」
“ありがとう”
声にはならなかったが、僅かな口の動きで先生の言いたい事が分かった。涙を堪えきれない三人を見て困ったように微かに笑い、そして懐からあの古い煙管を取出し晋助の手に乗せると同時に、動かなくなった。
その夜、未だ泣き止まない銀時と、茫然とした様子の小太郎の横で初めて口にした煙管はしょっぱかった。
「………」
船の縁に腰掛け、月を見ながら一人紫煙を吐く。
懐かしい夢を見た。今日は確か──
吸っていた煙管から灰を落とすと、もう一本の煙管を取り出す。漆の剥げかかった古い古い煙管。
年に一度、今日だけはこっちで吸うことに決めている。詰めた葉は先程と同じ筈なのにどうして味が違うのか。
いつもより色濃く漂う紫煙を纏い、細められた右眼で微かにぼやけた月を捉える。
「しょっぺぇ……」
end.
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昴さんの誕生日祝いに書かせて頂きました。
勝手に先生を愛煙家にしてしまいました。
誕生日祝いなのに明るい話じゃなくてすみませんorz
書き直しも受け付けます。
昴さん誕生日おめでとうございます^^
2009.11.06 秋花