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□君が言いかけた言葉
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『目ェ、閉じろ』




地べたに座り込み、窓から降り込む月光が格調高い装飾を施した冷たい床をキラキラと照らしていた

月光の元には海軍指揮官専用の赤色をした電伝虫
その色は、電伝虫の口から私の鼓膜へと声を注ぎ込む人の象徴とも言える色で、薄暗く無駄に広い部屋にポツリと目立ち、その存在を明らかにしていた


鼓膜を通り、脳へと注ぎ込まれる甘美な声は、私の背筋をなで上げるかのように身体を這い上がる


言われるがままに目を閉じればチラチラと光る青白い光が瞼の裏側に見えると同時に、電話越しのキッドの姿も現れる




『肩の力を抜け、自然にしろ』




鼻から静かに大きく息を吸って口からふう、とゆっくり空気を吐き出すと、くつくつと喉の奥から唸るような悪相かかった笑い声が聞こえた




「何よ?」

『いや、別に』




グチグチと文句を口にしていたら黙れ、と一言

声色から見て決して怒っている様子ではない
悪態ついた言葉ですら今の私にはキッドが発する言葉ひとつひとつが惜しむほどに愛しい


喋ることを止めてキッドの次の指示を待つ


長い間、次の言葉を待つわけでもないのに


スゴく、スゴく、待ち遠しい




『顎を上げろ、』




ゆっくりと顎を上げる

キッドの大きくゴツゴツとした手が頬を包み、鼻先を首筋から顎にそって滑らせる

ここに居ないはずの彼の温もりが声を聞くだけでこうもその場に居て私に触れているかのような幻覚をみせる

すごく安心すると同時に、目を開けば本当にキッドが目の前でぶっきらぼうに、
そして、幼気な笑みをちらつかせながら私を見つめているのではないか…

そんな気がして、そうであって欲しいと祈りながら綴じていた目を開けばそこには窓の外、夜闇を照らす三日月が暗闇にポツリと浮いて見えた


三日月が鋭く象ったキッドの口に見えて、目の前に彼自身がいないという空虚感とともに、なんだか呆気にとられてジッとその三日月を見つめていた




『目ェ綴じろっつたろーが』




電伝虫から突然発せられたキッドの声に何処かへ飛んでいた意識がハッと戻ってきた





「…なんで目開けてるって分かるのよ」

『なんでって、お前の考えることは大抵分かる。いいから目ェ、綴じろ。何度も言わせんな』




お前の考えることは大抵分かる、その言葉に少しばかり嬉しさを感じた

再び目を綴じて、さらに上へと顎を上げる

キッドに持ち上げられたんだと




『口、開けろ』




薄く口を開けた

キッドにキスをされているんだと




『…舌を出せ、』




緊張で喉や口が乾く

薄く口を開いた間から舌先を出す

キッドから、舌を絡み取られているんだと



錯覚させながら



数秒だったかもしれない

でも、凄く長く感じたその行為に終止符を打つように最後、電伝虫からリップスノイズが聞こえた


ことの終わり
全てを始めのころに戻し、最後に目を開けば空は暗闇から紫色へとグラデーションしていた




「…キッド、」




私が海軍で、あなたが海賊ではなければ、電話越しにこの幻想的な空を独りで見ることもなかっただろう


ただ、ただ




「キッド…、あい『もう、切るぞ』…、」




悔やむばかり


遮られ、言いかけた言葉、


その先を言うことは許されない




「わかった、じゃあ、また」




また、なんてもうないかもしれない

海賊なんだもの、奪うだけ奪って、後は逃げるばかり


だけど、受話器を先に下ろすのはいつも私

決して先に受話器を下ろさないキッド、
それは、あなたからのせめてもの愛なのかもしれない



受話器を置くとスローモーションのように電伝虫の目が静かに綴じた







君が言いかけた言葉








(それは"逢いたい"なのか)

(それとも"愛してる"なのか)




end







××××××××××××××

企画サイト『無防備なくちびる』様へ提出夢

前々から考えていた内容をこうして企画サイト様へ捧げることが出来て、スゴく幸せです

この夢を作っているときに次はキッド視点で続きを書きたいと思いました

時間に余裕があれば、是非、続きを書きたいと思います


書いていてスゴく楽しかったです


ありがとうございました


2009.04.22
 

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