没庫(編集)

□愛人
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ただいま。

疲れた身体に鞭を打ってたどり着いた広い室内。目が合った女は何も言わず、視線を逸らした。
もう、いつからこんな生活だろうか。ふ、と光一が視線を高い天井へ向ける。つまらない、楽しくない。
もともと、長く付き合っていた女だ。付き合いたてのようなときめきなぞ、とうに失われている。
そもそも、付き合った頃からときめきなんてあったのか。交際期間が長くなるにつれて女は形式を求めた。このまま、ずっと1人より。そう思って光一は用意された紙切れ一枚で誓約を立てた。

だからと言って何かが変わることもない。
何も変わらないのだ。名目上、形式的に番った所で光一には何もない。ましてや、近年女……、所謂、妻に対しては欲情一つさえしなくなった。子供はいない、かと言って2人共通の趣味があるわけでもない。たまの休日だってバラバラだ。
最初はもう少し夫婦の会話もあった筈だ。

こんな毎日……。
何が楽しくて、いつまで…。

どちらかが別れを切り出すのを待つ、杜撰な日々。


ーーーー


「…て、そんなこと思ってまで、続ける必要あると思うか?」

ベッドの上で寝返りを打つ身体を抱きしめながらその首筋に光一が唇を寄せた。

「ん、…ふ、ふふ、結婚生活ぅ…?」
「そう、」

でも、好きなんやろ?だから一緒になったんちゃうの?って呟く柔らかい声音。
耳を傾けて光一がため息を吐くから、腕の中の剛が身体を反転した。大きな黒い瞳が光一を見上げて、ぷるぷるの唇がニヤリと八重歯を覗かせた。

「好きじゃない……、たまたま一緒になった、だけ…、」

実際そうなのだ。
相手がいてもいなくても、光一にはどちらでも良かった。

「光一が、そうでも向こうは運命を感じたかもせぇへん、」
「それはないよ、」

剛の緩やかなウェーブを指先に巻き付けながら光一がその唇に吸い付いた。運命なんて感じるような出会いでもなかった。正直今となっては、妻は光一を愛しているのではなくて、きっと金を愛してる。

そんな事をボソリと呟いたら、剛がまたふふっと笑った。

「それは、…ぼくと一緒。」

気が合いそうやね。柔らかく笑む剛に光一がへにゃりと口元を歪ませた。

「なんやねん、それ。」
「ぼくも、お前がお金持ってるから愛してるの。」

真っ直ぐな瞳で言われる汚れた発言に光一がわかりやすく項垂れる。実際はその仕草だけ。

「このセックスも、金のため?」
「んふふ、そぉよ、お金無くなったらお前なんてポイやで、」

飄々と何処か掴めない剛の表情は真実が読み取れない。いつも何かを隠すように生きている。曝け出しているようで、何も見せてはくれない。
少なくとも、剛と初めて会った日光一は雷に打たれたのだ。散々、剛に囁かれた運命が、真に存在しているならおそらく剛は光一の運命なのだ。初めて誓約の、リングの重さを知った。

「ぼくと、奥さんどっち好き?」

のそっと身体を起こした剛が光一を見下ろす。試すような発言。
言葉を欲しがって、人には言わせるくせに、決して剛は本音を言わない。

「ほんまに、ズルいぞお前。」

知ってるくせに。どんだけ光一が寝物語で囁いてもその言葉を剛が信じた事はない。なんど、一緒になろうか、とプロポーズをした事か。
それでも、剛は首を縦には振らない。

「んふふふ、ズルいのは光一、」
「な、んでやねん…、」

剛がバランスの良い整った身体に跨って見下ろす。その美しさに光一が喉を鳴らした。
ぼくは男ですよ、それを言うでもなく形で見せつけるように剛が蜜を零す象徴を見せ付ける。ふるふる、と腰を揺らして腹筋の筋を垂れる蜜。それだけで光一は興奮するのだ。それを見透かした剛がツツー…と指先で光一の腕を撫でる。滑らせた指の腹が光一の左手に到達した後は、くりくりと数回手のひらで指先を遊ばす。
そのまま薬指の付け根をなぞって、プラチナの感触をわざと楽しむのだ。指輪の形をわざと指で摘んで遊ぶ。

それをされると光一も返す言葉がなくなって口を噤んでしまう。

形式的にもと、妻と2人で選んだ結婚指輪は紙切れを提出した翌年にはお互い外していた。剛と出会って、何の気まぐれか剛が無理矢理に、それを指に嵌めさせたのだ。幾度となく試すような発言を求めておいて、この逢瀬で指輪を外す事を剛は許したことがない。

指輪を外した手で剛を抱くと、その薬指に手を絡めてその根本にキスをする。“忘れてるよ、大切なもの”そう言って、必ず嵌めさせるのだ。

「んふ、…変態。何考えてんの。勃ってる…、」

散々しておいて、剛の悪態をつく視線に光一がペニスを尻の割れ目に押しつけた。

「口で、する?」
「ん、…っ、いい、」
「中がいい?」
「ん、」

ねだるような光一の視線。腿を撫でる手のひらが剛の性器を優しく握る。これが愛おしいと思えるのはお前だけなんだ、何度伝えても剛はやっぱり首を縦には振らない。
ゆっくりと持ち上げた尻たぶを拡げたあとは優しく、その亀頭を埋め込んでいく。柔らかな感覚と丁度良い締め付けに光一が深く息を吐いた。

「んふ、…っ、ぁ、ん…っ、どんどん、おっきく…っ、」

ぬぶぬぶと1番良いところを掠めながら根元まで嵌ったあとはきゅんきゅんに締め付ける。うっとり微笑んだ剛がその内側に委ねる光一を見下ろした。

「ぁ、…っん、こういち、…っ、」
「…っ、ん、?」
「最近、…奥さんと、せっくすしてる?」

不意に出てきた剛からの言葉に光一の心が僅かに沈む。ムッと眉根を寄せて動きが固まるから、剛が自ら腰を揺らし始めた。
尚も続く剛の、拷問のような質問。

「どんな、せっくす、すんの?」

「愛を囁く?」

こんな風に指を絡めて、奥さんあなたの上で啼くの?悪戯に口元を緩ませて呟く剛に光一が目を閉じて小さく息を吐いた。

それも、全て知ってるくせに。
この男は何を言うのか。

光一が詰るように目を細めた。
絡んだ指を解いて、その細腰を掴むと勢い良く腰を突き上げた。ひんっ、と啼いた剛がミディアムロングの髪を振り乱して天を仰ぐ。
ぎゅぎゅっと内側に加わった圧。また、数回揺すって腰を突き上げる。

光一に抱かれていながら、光一に跨っているのは剛なのに。全く別の関係ない人間を話題に出される事を光一は最も嫌う。

「そんな…っ、こと、」
「ん、ぁ…っ、あぁ、あ、ん…っ、」

お淑やかに見えて、貪欲な剛。
飄々と高みの見物振りを発揮するくせに、時として猟奇的な嫉妬を見せつけてくる。薬指のリングを外す事は許さないくせに、光一が身に纏うスーツには剛の香りをたっぷりと押し付ける。
身体中のあらゆる所へ噛み跡を残すくせに、妻への敬意を忘れると激昂するのだ。一体、どれが本当の剛なのか分からない。

「俺は、ずっとお前だけだ、」
「んふ、…っ、あ、ぁん…っ、あ、…知ってる、?…男はみんな、…そう言う、ん…ね、んぁ、…、あ、ぁっ、」

起き上がった光一が剛の背中に腕を回してその肩口に噛み付く。ぎりぎりと歯を立てて跡を残すと、闘争心を燃やした剛が、光一の喉仏に噛み付いた。

「…っ、痛、…っ、」
「んふふ、くっきり、」

ぺろりとそこ舐めて、また同じところに噛み付く。首輪のつもりか。こんな物なくてもお前一筋だ、と何度も伝えているのに、やっぱり剛は光一の言葉を信じない。

「剛、」

光一が剛を押し倒す。
身体を反転させて、背後から腰を鷲掴むと肌を打つけて何度も杭を打ち込む。
ぱちゅん、ぱちゅんと音を立てて。腰が揺れる。剛が蜜を飛ばす。快楽に耽って喘ぎながら重なってきた光一の手のひらを握り返す。

「…っ、ん、ぁ、あ、ぁっ、ぁ、んぁ、あ、ぁ…っ、ん、」
「剛、一緒になろう、」

堪らず頸に噛みつきながら光一が囁く。きゅぅっと内側に力を入れた剛がくふっと笑った。わざと光一の動きに合わせて腰を揺らした後は絡めた指の力を強くする。

「ん、ふ……、いや、」
「なんでや、」

返ってくる分かりきった答えに光一が項垂れて肩を落とす。

「ん……、ぼくも、奥さんみたいに捨てられるんやろ?」
「な、…にを…、」
「お前はそう言う男やねん。」

他にいい女が居たら、直ぐにそっちに尻尾を振る、悪い男やねん。知ってますよ。剛がくすくすと息を漏らしながら続ける。

高級なマンションで囲われて、欲しいもの欲しいだけ買って貰って、好きなものを食べて、好きなだけ愛されて、好きな時から好きな所に行って、好きな事をする今の生活が満足してるの。お前の嫁になって、帰ってこない旦那を待ち続ける苦悩なんてまっぴらごめんよ。

実の所、妻の気持ちなんて剛には分からない。

けれど妻を想うと胸が痛むのも事実。こんな男を愛した女が悪いのだ。妻も。自分も。もぞっと顔だけ光一の方へ向けた剛が大きな瞳を細くしならせる。すりっと腕に頬を寄せてカプっと噛み付く。

知ってるの。言葉にこそ出さないけれど剛が心の奥底でつぶやく。
前に一度だけ、見たことがある。あの女は、光一の妻は絶対に光一を手放さない。愛なんてものはとうに無いけれど、あの地位を、あの優越感を手放して満足する女では無いのだ。

妻に注がれる筈のない熱を内側で受け止めながら剛が多幸感に浸る。

「光一、キスして、」
「ん、」

むちゅっと寄せられた唇に触れて光一がその口内を堪能する。お互いの唾液を交換しながら絡み合う舌。

「んふ、…奥さんとは、最近いつキスしたの?」

また、悪戯に囁く剛を叱るように光一が腰を打ちつけた。ぐりぐりと中を掻き回すと剛が力を抜いて喘ぐ。妻にさえ明け渡すことのない唇をもう一度剛に重ねて、光一が臍の直ぐ下を撫でた。


………fi……n.

ちょっと、中身が大人過ぎたかな…。かなり、heavyになり過ぎました…。そして、deepかと…。


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