小説 短編集.11

□謎々。
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……ーーさん。

名前を呼ばれて男が振り向いた。
たまに会社の受付で顔を合わす、デスクガールズの1人。マスク越し彼女が、しなやかに頭を下げた。

「あれ?どうかされましたか?」

しばらく考えて、それから男が視線を右へ左へ。デスクの担当がわざわざ現場まで赴くことは基本ない。
あるとすれば、タレントの提出した書類に不備があるときのみ。

それも年末関係の類が多いのだが。
時期が時期だけに、男が内心で少し構える。

「先日の、堂本さんの件で、」

ガールが手に持ったファイルの束から、明細を一つ取り出した。受け取った資料に書かれている文字と、幾つかの一覧を見て男が肩を竦めた。

先日の地方公演で使ったホテルの、ルームサービスについてだ。
あれほどキツく、行き来はしないでくれ、とチーフ共々頭を下げたのだが。なんとなく頷いていた2人。刺さってはいないだろうな、いつもの事だけど男は内心でため息を吐いて、結果黙認したのだ。

朝方、それぞれ起こしに行った時はそれぞれ自室から出てきた。だから、良しとした。
お咎めはなかったのだ。
けれど、剛の顔も、光一の顔も心なしか晴れているようで、スッキリしているような気もしたが。敢えて問い質すことはしなかった。

手に持った資料全体を流し見て、男が軽くため息を吐く。
サンドウィッチ、ドーナツ、ポテト、ポッキー、スフレ、杏仁豆腐……etc。
光一ならきっと頼まない甘いもののオンパレード。男が抱えそうになる頭を振ってまたため息を吐いた。

「………、堂本は……、とは、どちらでしょうか?」

確かに資料の1番上に、“堂本”と見知った文字で書かれていた。おそらく光一が書いたであろう、少し斜めに寄った文字。
でも、どちらが書いたのか名前がない分真実は謎。

男が顔を上げて、遠くの剛と光一を交互に見た。

「届出には、堂本光一さんがいらっしゃいました。」

ガールも視線を光一と剛の方へ向ける。仲睦まじく話す2人を見て、マスクの向こうで口元が微かに歪んだ。
ガールが視線をもう一度書類へ落とす。
利用日と提出日の日付が違う、と。ペンの先で相違項目を差した。

「それは、失礼しました。」

男が軽く頭を下げる。
隣のガールがペンを男に渡す。受け取った男がもう一度剛と光一を見た。

「代筆でも?」
「可能です。」

会社に所属するタレントの中でも、比較的ミスの少ない二人だ。書き損じや提出ミスもなく、基本的には確実に期日を守るから、他のデスクガール達から評判もいい。

普段は基本許可が降りないことも、2人は割と降りやすい。代筆の確認をとって男が握り直したペンを書類に走らす。

ふと男が、先ほどのガールの言葉を思い出す。

「光一さんが、直接伺ったんですか?」
「そうですね、先日は。」

それは、珍しい。
男の反応の後、ガールが続ける。

「ここ最近は、割とご本人がいらっしゃることが多いですね。」
「あぁ、」

男が少しだけ、肩を竦めた。

最近は、よく光一が自らオフィスの方に赴くのだとか。書類の提出はタレントが持つ仕事量に応じてマネージャーが代わりに届けることも良くあるが、どうやら最近は光一がくることが多い、らしい。

会議のために事務所へ寄ってそのついでとの事らしいが。ガールが話しながら、ペンと書類を受け取る。
ふとここで2人を見ながら首を傾げた。

「いつも謎なんですよね、」
「はい?」

男が向けた視線に応えるようにガールが顔を上げる。

会議のために会社へ赴いた、その数分後あるいは数十分後、まるで見計らったように必ず剛が来る。
グループで行う打ち合わせ、ソロで行う打ち合わせも、会社を利用するときは必ずと言っていいほど別々だ。

「でも、絶対、一緒に来てるのに。」
「あぁ…。」
「いつも、どちらかが必ず遅れる。」

昔から在勤している数人の先輩デスクガール達は慣れたもんよ、と笑っているけれど。話を聞きながら、目の前のガールは不思議でならなかった。

ましてや、帰る時だって別々なのだ。

でも、お互い一緒に帰るのだ。その現場を見たことはないけれど、なんとなくそんな雰囲気を纏って2人は個別で会社を後にしていく。
益々深まる謎。男を見上げたら、目元を細めた。そうですか。一度深く頷いて、でもそれ以降は何一つ言葉にしない。

別に答え合わせをしたいわけではない。
ただ、謎七不思議の一つなのだと、彼女が笑った。面白い2人ですね、ボソッと呟く声に男が頭を下げた。

「それが、売りですから、」

そうですか。
丁重に頭を下げて、ガールが踵を返す。

「不備があれば、次はご連絡ください。」

頭を下げたガールへ、男が声を掛けた。背後から聞こえる声に相槌を打って、緩やかにその場を離れた。

謎は謎のまままた深まっていくばかり。

ーーーfinーーー
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