小説 短編集.10
□妻君
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嫁か?
奥さんか?
スタッフ数人がそんな話で揉めてる。
「何?、なんの話?」
輪に入って覗いたら、
最近は嫁と呼ぶのが問題だったり、奥さんと呼ぶことに抵抗があったり、なんだかんだと普段盛り上がらない時事ネタで男たちが盛り上がってる。
「へぇ、…なんか、どっちゃでもええと思いますけどね、」
「それが、なかなか……、」
一人のベテラン音声が首を傾げた。
この歳になって今更、叩かれるのも…なんて。
「だって、記号でしょ?ただの、」
漢字の由来なんて。
嫁も、奥も。何となくテレビで聞いたことがある。漢字の由来を。
剛がそれを見ながら、世の中のお嫁さんは大変やなぁ、て。
ボヤいていたけど。
結局その由来そのものは風化して文字だけが形として残ったとかなんとか。そんな話も覚えてる。
なんとなく。
記号か、って思った。なんとなく、エンターテイメントじゃんとも思ったけどな。
「嫌がってるんですか?」
奥さんとか、嫁って呼ばれる事は本人は不快なのか訊ねるとそれはそれでそうでもないみたいな。それなら、本人たちが良いという呼び方が一番じゃなかろうか。
「いやいや、今は内輪以外でも影響を与えることがダメなんですよ、」
「、なんすか、それ。」
思わず吹き出してしまう。
「だって奥さんなんて、由来は武家ですよ、」
「へぇ、そうなんですか?」
本来は武家階級にいる、人前に出ることのない人を呼ぶ、呼び名とか。
それが回り回って色んな理由で良く無いとかなんとか、また話が戻る。別に、ショーの一環で良いじゃないですか、って伝えたら世知辛いですよねー、と笑った。
ーーーー
「嫁って呼ばれるのいや?」
俺に寄り掛かって雑誌を捲る剛を見た。んぅ?と大きな瞳がこちらを見て、そのまま視線を雑誌に戻す。
「…お嫁さぁん?…別に、」
なんで?
雑誌をテーブルに置いて頭がずるずると下がった。膝の上に転がった剛がぼんやりとした眼差しで俺の手を取る。
昼間の話をしてやったら大きな瞳をさらに大きくして、なにそれ、と。
「だから、嫁とか、奥さんっていや?」
「んふ、嫌っていうか、……好きやけどな、」
「ん?」
「やって光ちゃんの奥さん、光一のお嫁さん、」
もごもごしながら剛が俺を見る。
そっちの方が収まりがいいし、可愛い、と。
「かわいくて、そっちの方が好き、」
他に呼び方ある?って聞かれてちょっと困る。妻とか?聞いたら、それも色っぽくて良いね、と。
でも、剛は嫁枠かな。じっと見たままぼんやり考える。
「まぁ…、あとは、…妻君?」
「は?」
「妻君とか、…ふは、」
昔読んだ純文学で、妻のことを妻君と指して書いていたのを思い出す。
「んふ、、なにそれ、」
「まぁ、あとは、ハニーとか?」
「んふ、ふふふ、ほな、ぼくはダーリンって呼ばなあかんやん、」
まぁ、呼んで仕舞えば慣れるだけだからな。
数回、なんとなくハニーと呼んでみる。
剛が肩を揺らして少し照れる。それがなんとも可愛いのだ。
ふと奥さんて言葉の由来を思い出す。
人前に出ない、奥の方で家内安全的なそんな意味だったと思うが。
人前っていうか、案外、奥にしまって外に出したく無いって意味だったのかも。そんな考えが過ぎった。
人前に出ないんじゃ無くて、人前に出したく無いって事かな。
くつくつと笑う剛が俺の手を握って両手でいじいじする。
つい目を閉じて武士の気持ちに浸る。
ーーーー
「光一殿、」
襖の向こうで顔を上げた剛が潤んだ瞳で俺を見た。
「おぉ、」
近寄って抱きしめたら嬉しそうに肩を揺らした。腕の中で剛がくすくす笑う。
「今日なぁ、宅配便のお兄さんが、」
じっとぼくを見たまま離れないの。
呉服の主人が上がり込んだまま帰らず。
見回りで来た邏卒もずっと上り框に座り込む。
大変だったの。剛が呟きながら寄り添ってくるから、ついドギマギしてしまう。ここ最近は毎日そんな事なのよ、雪崩れて乗り上がったまま水分の膜を張った瞳で見上げてくる。
「な、…っ、そら、あかんやんけ、」
「女中が、かわいそう、」
いやいや。
思わず首を振る。いつか、この可愛い嫁が食われるかもしれん。だめだ、首を振って押し倒す。
「こういち?」
名前を呼ばれてハッとする。
剛を見たら、起き上がってムッとしてる。
「んは、なによ、なに?」
腕を取って抱き寄せたらそのまま俺の膝の上に。じっと睨みを効かせて。
「んもぉ、なに、これ…、」
尻の下で盛り上がるそれを潰してくる。
なんで勃ってんの?詰るような声音。
奥さんて言葉の由来をしみじみ感じる。
こんな可愛いの、たしかに外に出したく無いよな。ずっと奥の間でひっそり大切に磨いて愛でていたい。
当時の武士の気持ちは分からんが、本来の意味がそれなのだとしたら手に取るようにその気持ちはわかる。
「まぁ、良いでは無いか、」
「んふ、もぉ……、ん、」
そのままソファに押し倒す。
ーーーfinーーー