小説 短編集.10

□メッセージ
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“すまん、今日からしばらくホテル”

楽屋に戻って携帯を見たら光一から。

帰れるって聞いていたのに。待機期間を与えられてしまった。

“しょうがないね、”

返信したら、また“すまん”と一言。

“ご飯はちゃんと食べてくださいね”
“ん”

簡易的な、簡素なやりとり。
ついさっき関係者から渡された雑誌を一枚写真に収める。ページを捲って光一に送ったら結構勢いよく食いついてきた。

驚いたメッセージのあと、画面が着信に切り替わる。

「はぁい、」
『おー、なにそれ、どうしたの?』
「んふ、なんか平がね、是非ぼく達に、って、」

送ってくれた。
インタビューの記事。丁寧にぼくのソロインタビューの感想までびっしり書いたメモと共に。

『まじ?ええ子やんけ、』
「ねぇ、また来たいって、」

教えたらあはははと笑う大きな声。
準レギュラーやな、光一が軽快に話す。帰ってきたら見てあげてね、伝えたら頷いた。そのあと、あ!と声を上げる。

「んぅ?」
『いや、ほら。あの〜…ドラマ、この間公演終わったあと楽屋で流れてたからさ、」

観たんだよねって。
ストーリーはいまいちよく分からんけどとか何とか言いながら、ぼくらの可愛い平くんが出てるからって、光一もなんだかんだ気にしている様子。

番組で撮った3人での記念撮影はアホの子満載だったのに、話す内容は殆どお父さんのそれ。飯食ってんのかな、とか。
ちゃんと寝れてるかね?とか。

結局なんだかんだお父さん枠に収まっちゃうんだよな、この人。

光一らしいといえば、らしいけれど。
年下から慕われる所以はそれかもしれない。

待機だからと言って、ぼーっとできない性分らしく取り敢えず毎日筋トレをしているのだとか。新しいプロテインを買って、とか。
親しくしてるミュージシャンから、数種類のタレが送られてきた、とか。

「んふ、それこの間ぼくももらった、」
『え?まじ?幻のなんちゃらってやつ?』
「え?それはない、なんか絶品なんとか、」

番組のゲストで来た時はタレを作りたいとかなんとか言うてたけど、個人で本当に作ったらしいし。そんな話をしながら盛り上がる。ささみ肉と胸肉のオンパレードがなんちゃら。話は尽きない。

ぼくもこの間ちょっとお洒落なチョコを送った。そのくせ好き好きって言う割にはあまり食べない。

「食べた?」
『ん、美味かった、』
「まだある?」
『うん、』

ちびちび食べているらしい。
チョコも好きって言う割には全然食べないけど。たまに、コーヒーのお供にいただく程度なのだとか。

僅かな数粒のチョコがまだ、残ってるって言うのも光一らしくて笑ってしまう。差し入れの話をしたら、受話口の向こうで首を振る気配。

今は、いいって。

静かな声が聞こえた。
じんわりと染み込んで来る、いつもの低くてボソボソした声。

『お前、明日から?』
「うん、」

そっか。
光一がつぶやいたあと、もう一度すまん、と。

本当は、今日帰れるって話だった。
打ち合わせと収録が終わって、お互いのプロジェクトの話し合いで分かれた直後だった。天才くんからはなしをきいて、驚いたけれど。
こればかりは致し方ない。

「んふ、…電話でスる?」

冗談のつもりで、ぶっ込んだけれど。
言った途端光一が受話口の向こうで大いに咽せた。苦しそうに咳き込んで、息を吐いて吸ってを繰り返す。

「え、…ごめん、大丈夫ですか?」
『おまえ…っ、』

なんてことを…。
もごもご、ごにょごにょ。

最後ははしたないぞ、って怒られた。
好きなくせに。言葉には出さないで突っ込む。

『それやったら、今から帰って抱くわ、』

光一らしい言い分にまた笑ってしまった。
そうだね。それならきっと帰ってくる。
この人はそう言う男だ。

『明日も早いんだろ?』
「んぅ?…うん、」

もう切っちゃう?
聞いたら、じゃあなって光一が囁いた。
うん、静かに頷いてスマホから耳を離す。

切断ボタンをタップして画面がホームに戻る。

勿体ない。
寝落ちするまで声、聞いていたかったな。

ーーーfinーーー
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