小説 短編集.10

□モテ期.A*
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「ぼく、二番手でもいいです。」

不意に聞こえた声。思わず立ち止まる。
廊下の曲がり角。
少しだけ顔を出すと剛の楽屋が開いていて2つ、人影が見える。

コンタクト忘れたな。

いつまでも治らない自分の癖に呆れて目を凝らす。
ぼんやり見える扉側が剛、その半歩離れたところに後輩。見たことあるような、無いような。
どうやら何か室内で話して、送り出すタイミングだったのかもしれない。

「2番手て……、」
「光一くんの次でもいいんで、」

少しでも、自分のこと考えてください。
伝わる必死な声。戸惑う剛が、次って…、と言葉を失う。

あいつ、相変わらずすげえモテるな。ここ数日でモテエピソードを幾つ聞いたことやら。
この間も別の子から告白されてた。って話をメイクから聞いたし。その前はその前でデザインーがどうの、芸人があれだの。
まぁまぁ、モテることよ。

2番手でもいいって…。聞いてるこっちもちょっとムッとする。

「次は……無いよ、そんなん、」

そう言うんは、ぼく嫌い。
剛の少しだけ棘の含んだ物言い。後輩が、慌てて両手を振った。違う、そう言う意味じゃなくて…、必死に言い訳をするけど、剛が首を振った。

「やって、2番手って、光一にも失礼やし、君にも失礼、」
「あ……いや、あの、」

戸惑う後輩が少しだけ早口に何か、言いかけて吃る。そのまま俯いたから、それを見た剛が深く息を吐いた。

「ちゃんと、1番になってもらう努力してよ、」

もうちょい頑張れよ。

続け様言った言葉に思わず二度見。

え、そっち?

後輩も間抜けな顔して、間抜けな反応。

「え、…いゃ、でも…、」

え?え?
混乱しながら1番にしてくれるんですか?って聞いてる純粋さ。
それを聞きながら剛が首を振る。

「いや、1番にはならへんと思うけど、」
「ならないんかい、」

上下関係を壊して突っ込む姿に剛がくふくふと肩を揺らした。でも、頑張る姿勢はだいじなのだと、とくとくと説明している。
諦めずに続ける姿勢がいかに大切なのか。
真っ直ぐに行う姿がいかにカッコいいのか。

「もしかしたら、なるかも知れへんやん、1番に、」

のあと、ぼくのは無理やと思うけど。
他の人のとか、なんとか。相変わらずぼんやりした答え。

そう言うところなんだよな。
剛の。こう言うところが本当に魅力を与える。

ちょっと人とは少し視点が違うのだ。

「2番手でも良いって、そんな重い言葉でぼくを縛り付けないで、」

もう一度後輩を見ている。
俯いた彼が少し戸惑って。こちらからでもわかる動揺。

「でも、剛くんが好き、」
「うん、知ってるよ、」

ずっと言うてるもんね。
剛が答える。

普段はあまり明言はしない。
言及もしないから、周りが怪しむことも良くあるが。どうやら今回の剛は少しちがうらしい。

「2番手で君を好きになることは無いし、1番にもならない、」

好きとか、愛してるってそんなん重いから。
やっぱり珍しく辛辣だ。むぅ、と黙る青年を剛がじっと見る。

野暮だよな。

ここで、姿を現すのはちょっと野暮だ。
結局、そのまま踵を返す。

モテてるからな。
モテにモテる剛は周りが思う以上に大変なのかもしれん。重いからって言葉が妙に響いた。

若い時から、男女問わずそうしたよく分からん感情の餌食になっていたからな。昔はあの人に好きって言われたぁ、この人がなぁぼくのこと好きなんやってぇ、事あるごとに俺に報告してたけど。

いつからから、その報告は無くなった。
代わりに周りから噂を聞く程度。

「あれ、光一さん、」

スタジオに戻って、ぼんやりしてたら俺を見つけた天才くんが隣にやってきた。

「剛さんは?」
「ん?あぁ…取り込み中、」
「取り込み?」

首を傾げるから、一連の流れを教えてやる。気まずいですね、彼が肩を竦める。
まぁね、適当に相槌をしたけどまぁ、言うほどでも無い。

意志が強かったからな。
あの剛の断り方は。

「最近、多いですよ、」

剛さんの告白現場。
天才くんがまた肩を竦めた。俺も聞くよ、あちこちから。躱して、流してって話も。

無意味に持ったペンをくるくる回す。
ぼんやり天井の照明を眺めてたら、スタジオ内がざわつく。
視線を出入り口に向けたらゆったりと歩いて剛が入って来た。

いつもの柔らかい笑顔。

ちらっとこっち見て目を細めた。肩を竦めて微笑む姿が想像以上に美しかった。

ありゃあ、モテるわ。

ーーーfinーーー
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