小説 短編集.10

□モテ期.
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「告白?!誰が?」

誰に?

「あの、例の………、」

チーフが戸惑って肩を揺らす、そのあと机にコーヒーのアイスカップを置いた。
出て来た名前に驚く。
全くのノーマークだった後輩の名前。
が、つい先日剛に愛の告白をしたらしい。

「えー…、」

ちょっと返す言葉もなくて困ってたら、チーフがそのタイミングで珍しくその場にいたのだとか。
私も、困りましたとかなんとか、呑気に言ってる。

「剛は?」
「いえ、いつも通りペコンとしてました、」
「いやいやいや、」

先日の剛のライブになんやかんやと数人の剛の知り合い、その他にうちの後輩達が見学に行ったそうな。

「あー…そのタイミングか…、」

天才くんがこっちを手伝ってる時だ。
会社の方で、特に剛の運営でチーフがスポンサーと挨拶をしなきゃいけなかった時か。
ふと思い出す。
スポンサー関係は大体チーフが廻してるからなー、こっちと被らないように天才くんがスケジュールを調整している。

タイミング悪いなぁ。
頭を掻いて目を閉じる。

「びっくりしました、みなさん揃って剛さんにお花、」

それもこんなに大量の、チーフが両手で大きく円を描く。

「渡してて…、」
「あー……ね、」

それは、随分前に剛の好きなもの欲しいものを聞いて来た後輩に、教えてやった代物。
それが、今じゃ回り回って色んな後輩が把握してる。お菓子と、あげるなら花かな、そんな話を真剣にメモしてたからな。

「そのうちの1人が、真剣な顔つきで、」

本気で剛にアプローチしてたのだとか。
花束を受け取った剛もさすがに困っていたらしい。
どうなりたいとか、どうしたいとかその場では具体的に分からなかったらしいが。

「へぇー……、」

取り敢えず相槌を打って台本を捲る。



それから数日後。
髪を纏めながら嬉々としてメイクが俺を見た。

「ん?なに?」
「昨日、剛さんのプロジェクトの方参加したんですよ、」
「うん、」
「今、被覆関係してるんですけどね、」

ちょうど去年の暮れあたりからデザイナーやら、パタンナーやらプロジェクト関係でごちゃごちゃあったり話したりする事が多いらしく、久しぶり対面で仕事をしたのがその時だったらしい。

「剛さん、告白されたらしいですよ、」
「え?!」

振り向いたら、慌ててアイロンを上にあげる。

「なんか、会食があって…、」

みんなで少しだけお食事をしたのだとか。
この時期だから本当に食べるだけだったらしい。まぁ、落ち着いて、と。彼女が俺の顔を鏡に戻す。

「私、その日は次の日の準備とか色々あって……、会食には出られなかったんですけどね、別のアシスト仲間が、」

その現場を目撃してたらしい。

ーーーー


『え、…なに?これ、』
『あの、上に夜景の綺麗なレストランがあって、』

男が剛をじっと見た。

『その、……下の階…にルームがひとつしかないんですけど、もし良かったら…、その、…そこで一晩泊まってみませんか?』

テーブルの上、剛の手元にそっと出されたカードキー。普通の部屋よりも少しだけ豪華な金の枠で覆われたそれを剛がじっと見た。

『あの、一度ゆっくりお話ししてみたいな、って、』

剛の仕事に対する姿勢。
人との接し方。
柔らかい表情。
瞳の美しさ。

つらつらとあげていく饒舌な男。
あとは、何より可愛らしいのだ。それをこの数時間で何度も連発していた。

だから…、男が少しだけ俯く。
意を決して覚悟をした瞳をもう一度剛に向けた。

『あの、これ、』

カードキーをテーブルの上で剛の方へスライドする。

ーーーー


「古くないです?今時、」

どんな上司とか、いつのドラマだよ。
思い出しながら結構辛辣に物を言う背後の彼女。同意見だけど。

次の日、アシストの子とその話になって昭和がどうの、平成がなんちゃら令和はどうで、と、盛り上がったらしい。

「ちょ、ちょちょ、っと、そんで、剛は?」

剛の話から切り替わって飛躍するから一旦呼び戻す。

「あ、そうだ。そうそう。剛さんはもういつも通りです、ケロッとしてニコッとして、」

八重歯見せたまま。
今日は大切な電話がこれからあるの、と流していたらしい。

「え?」

流すだけ?
これは言葉にせず戸惑ったまま彼女を鏡越し見たら、わかりますよ!と大きく首を縦に振ってる。

「私も、同じこと思いましたもん。」
「…う、うん…、」
「だから、次の日、剛さんに流すだけ?って、それだけで良いんですか?って、」

地団駄踏みながら、詰め寄ったらしい。
いつもの、のほほんととし雰囲気で剛がそうよ、って返したのだとか。答えちゃったらややこしくなるでしょって。
剛らしいっちゃ、剛らしいが。

「これからプロジェクトは夏まで続くのに、今からそんなんで差し障るような事はしたくないんですって、」
「なるほどな、」
「でも、」

ここで彼女が手を止める。
アイロンを切って鏡台に置いたあとまた俺をみた。

「明確なアプローチを受けたら、ちゃんと断るらしいです、」

はっきりとぼんやりした抽象的な表現だけじゃ、いくら剛でも思ったようには動けないとか。確かに、それを言われたら納得だが。
大丈夫か?
同じようなアプローチまたされないだろうか?
つい不安が胸中を渦巻く。



そんなもやもやを残した数日後。

「光一さん、剛さん最近モテモテですよ、」

隣に来た天才くんが資料をカバンから取り出した。

「ん?」
「先日の休演日、デートに誘われてました、」
「へ?!」

たまたま、地方出身の芸人が数人知り合いでいたとか。そのうちの1人が剛のライブに参戦したらしい。いつもの、お笑いノリで剛に触れたり、小突いたり、抱きついたり、と。
ノリのいい剛だから、いつものように躱して返していたけど。

「実際、芸人の彼は本気だったらしいですよ、」

天才くんのところへやってきて剛の休演日と、こっちに戻ってくるスケジュールを聞かれたらしい。

「え、答えたの?」
「まさか、タレントの個人情報ですからね、」

本人に聞くよう促したら、案外あっさり剛は教えたらしく。それに合わせてなんとか理由をつけて剛をデートに誘ったのだとか。

「ほんで?」
「剛さんも、ノリがあんな感じですから彼の本気感、あまり気にしてないって言うか、」

わかってはいるけど泳がすというか。
天才くんがはは、と笑う。
おもろいし、いいかって。どうやらそのデートに乗ったのだとか。
呆気にとられる俺を見て天才くんが大きく頷いた。

「でも、そこは剛さん、お笑いに貪欲ですからね、」

彼が肩を揺らす。

密着って形を取ってどうやら会社と剛側のスタッフが何人かハンディカメラを持って同伴したらしい。2人きりと思っていた芸人の彼も、予想もしてない出来事だったとかなんとか。

「なによ、それ。」
「ふふ、剛さんですからね、」

のらり、くらり。
うまく躱してましたねー、感心したように天才くんがつぶやく。

いやいや、あいつのモテ期いつまで続くねん。

ーーーfi…n?ーーー
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