小説 短編集.10

□単語の魔術師。
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「光一くん、」
「ん?」

資料を捲ったら、知った顔の後輩がニヤニヤしながら隣にやってきた。稽古を終えたばかりのライバル役を遠くから見つめて肩を上げてる。

「んは、なんだよー、」
「あいつ、すっごいストイックなんですよ、」

上田もそうだったけど、彼が続ける。
公演中は食欲と性欲を制限してるんですって、興味深い話を持ってきた。

「どう言うこと?」
「なんか、ラストまで堪え抜いて最後に発散、みたいな、」
「えぇー、それ持つの?」

持つらしいです、と。
遠くからスラっとしたスタイルのライバルを見つめる。こっちが思うより割とストイックらしい。
筋肉をつけるために頑張ってる筋トレももう、落ち着けよって言うくらいするらしい。

「光一くんて、自分磨きしますか?」
「自分磨き?」

なにそれ?
お手入れとか、エステとか女子力の話か?って聞いたら首を振った。

「オレらで言うところの、自分磨きは…1人……〜〜、ですかね…?」
「は?」

最後の方をモヤっとぼやかす。
全然聞こえず。
もう一度聞く。

「いや、…だから、その、…ひとり…〜〜で、」
「え?、なに?ひとり、何?」

もう一度聞き返したら少し照れ臭そうに歯に噛んだ。ものすごく小さな声で、まぁ、その…ますたー、…〜〜…しょん的な…みたいな。
ひとりで…その、満足する…とかなんとか。言いにくそうにしてる。

ここで察する。
なるほどね。

「1人遊びみたいなやつね、自慰の事か。」
「あ、そうそう、それです、」
「えぇ、それ、自分磨きって言うの?」

思わず聞き返す。
目の前の彼が堂々と頷く。
剛が、たまに俺に隠れてする1人遊びは、こいつが言うところの自分磨きらしい。
彼らは勝手にそう呼んでるらしい。

「なんか、自慰ってちょっとダサいから使ってないんです、」
「へぇー、」

まぁ、聞いてると確かに自分磨きの方がかっこいいよな。しみじみする。

「光一さん、自分磨きします?」
「……そ、うね…、」

全くしないといえば嘘になるけど。
俺我慢するの好きだし。
そこまで伝えたら、若干引かれる。
終わったあととか、解放された後の晩はヤバい。剛には悪いが。

だから、たまに本気で舞台中一人で抜いてくれって頼まれるもんな。
滅多にしないけど。

「自分磨きねー、」

覚えた単語をもう一度繰り返す。なんかそっちの方が聴こえが良い。
採用だな。
腕を組んで思わず後輩を見上げる。
こいつ単語の魔術師やな。

ーーーfinーーー
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