小説 短編集.10

□泣かないで。
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ぐすっ。

鼻を啜るくぐもった声。

「………、」

布団を被った剛がしくしくと。

「な、…、」

泣くなって、言いかけてつい口籠る。
どうしようか、困って立ち尽くしてたらもぞっと顔を出した剛がじっと俺を見てる。

「…帰ってくるって、言った…、」
「……うん、」

また、もぞっと布団の中に潜る。
あぁ、こうなるって見えてた。
わかってたよ、俺は。

帰り際チーフに、光一さんの帰宅が暫く難しいですって伝えておきました!って言われてかなりビビった。
しかも、剛が天才くんの車に乗り込んで直ぐ。ほぼに言い逃げ状態、と。

いやいや、いつ言うてん。
詰め寄ったけど、それしか方法は無かったのだと、汗だくになりながら彼が答えていた。それ以上詰めるのも可哀想で、そうか、とだけ答えたけども。
案外剛はあっさりしてたそうな。

ソワソワしながら帰って来たけど室内真っ暗で、布団に潜ったままの剛がぐずぐずしていた。

隣に乗り上がって少しだけ捲ったらまた、濡れた瞳がじっと俺を見た。

「す、スケジュールがさ…、」
「…うん、」

ぐずっと鼻を啜りながら分かってる…、その一言だけが静かに響いた。くすん、くすん、と。

「ほら、…あの、悪いって、……思ってる、」
「んぅ……、分かってる、…そういう、…お仕事やもん……、」

時折鼻を啜って、涙声で剛が呟く。

布団をまくるけどぎゅっと抑えて顔を見せてくれない。声だけ何となく聞こえる。

「こんなん、…やったら…、前みたいのん方が良かった…、」

帰ってくるってわかって、帰ってこないの、待つのは辛いねん。
途切れ途切れに聞こえてくる声。

「ご飯も、一緒に食べるって言うといて、……食べられへんことの方が多い……、」

ここまで言ったあと剛が顔を出した。

「ちがう、………こんなん、したいわけちがうねんもん……、」
「ん?」

泣いて困らせたいとか。
ぐずぐず女々しくなりたい訳じゃ無い。
また剛がすんすん、と。

あー、どうしよう。
こいつ、こんなに可愛いかっただろうか。
不意によぎる邪な感情。

「わがまましたく無い、」

でも、なんか泣けるのだと。
寂しいと涙こぼす剛が可愛くて、ぐすっと鼻を啜る姿が妙に胸に刺さった。

「俺やって、……お前、…寂しいんやぞ、」

つい、漏れてしまった本音。
剛が瞬きを数回。またほろほろ落ちる涙。

「グッと堪えてるだけで、さ…、」

本当は、なにしてんのかな?元気かな?

「あ、会いたいとか、……声聞きてぇな、とか……、」

何も思わず平気なわけでは無い。
気持ちも頭も切り替えて、仕事に専念するが。ふとした拍子に剛を思い出す。

「ん、ぅ……、」

濡れた瞳がじっと俺を見た。
大きな瞳。
ほろりと溢れる大粒の涙。

「がまん、……してるの?」
「してるよ、」

好きだもんよ。
この言葉は限りなく小さな声で伝える。
もぞもぞ起き上がった剛が俺を見たままむぅっと黙り込む。

「会いてえな、とかさ……、本当は舞台本番前はいつも……、毎日思ってんねんで、」

お前から届く何気ない空の写真とか、路地に咲いた花の写真とか、……それが俺に勇気を与えんだから。

そのまま剛の腰を抱き寄せる。

「だから、頑張れるねん、」
「んっ、……、」
「あれが欲しい、これが欲しいって、欲しいもん写真撮ってさ、寄越してくるからさ、」

それで気合が入る。
そのために頑張ろうって思えるねん。
寂しいのを必死に見せないように堪えてる。

伝えたあと、耳の輪郭に食むっと吸い付いてみる。

肩を竦ませながら剛が俺の腰に手を回す。
お前と違って、弱いところを見せたくないから平気そうにしてるだけで、別に平気なわけではない。我慢はしてるのだ。

「だからさ、…泣かないでよ、」
「ん、ぅ…、」
「泣くお前、可愛くて好きやけどな、」
「むぅ………、」
「でも、寂しいって泣かれるんわ、俺だって辛い、」

不可抗力だから、仕方ないって分かってるけど。でも悔しいのだ。
好きな奴に泣かれるのは、………好きな人泣かすのはやっぱり情けない。

「こうちゃん……、」

ボソリと聞こえる剛の甘える声。

「ん?」
「平気ちゃうの?」
「ふふ、…平気じゃねえって、」

お前みたいにしくしく泣くことはしないけど。顔を覗き込んだら少しだけムッとした顔。それもまた可愛いのだ。

いじいじと剛の指先が俺の手の甲を突く。
くりくり円を描くからその指先を取って絡める。

「知らんかった……、光一、いつも平気そうにヘラヘラしてるもん、」
「ふは、言い方よ、」

だってそうじゃない。
念を押されるように言われたら確かに否定はできない。その通りなんだけどね。

「そう、見せてるだけだって、」

俺がどんだけ天邪鬼か。
どんだけ強がりかなんて、剛が1番知ってるくせに。

「んぅ、…ちゅうしていい?」
「んは、はは、なんだよ、急に、」

不意に剛が俺の頬に触れた。
ちゅうしたい、て。たまらなく甘い声でねだってくるのだ。
つい、肩の力が抜ける。
頷いたら、むっちゅぅって食べられそうなキスをされた。

おじさんになったな俺も。
年取ったわ、しみじみ思う。
年々、こう言うわがままが可愛くて仕方ないのだ。

一昔前なら想像もつかないぜ。

ーーーfinーーー
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