小説 短編集.10

□お宝.A
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「お、さんきゅ、」

悪いな。
椅子に座った光一がこちらを見た。
稽古場の控室に数人のスタッフと見知った後輩くんたちが輪になって座ってる。

1人のスタッフがテレビの前で何やら作業。見つけた資料映像を届けたぼくのタイミングが良かったのか、ご褒美にカップケーキ、それもとっても可愛くてお洒落なやつをくれた。

「えぇ、いいの?」
「ん、」
「んふ、」

悪いなぁ、とかなんとか。言いつつ手に取ったら1人の後輩がぼくを見て目を細めた。

「わざわざ、予約してましたよ、」
「え?そうなの?」
「はい、」

ぼくが映像届けに行くって分かってからか、スマホでお洒落なスイーツを探したのだとか。見つけてくれたのは後輩くん。
納得した光一がチーフに頼んで、買ってきたのだとか。

えー…、照れるなぁ。
こんな事で、こんなに素敵なもの貰えるなら何でもしちゃうな。また、言ってね、と挨拶だけして稽古場を出た。

わらしべ長者もびっくり案件やな。

両手にケーキのボックスと大きめなクッキー缶を抱えて車に乗り込む。天才くんが鏡越しぼくを見て、スタジオに戻りますか?と。

「んーん、今日はね、どうしても片付けないといけない事件があんねん、」
「事件?」
「んぅ、あんね、」

光一の書斎で見つけた金庫の一連の流れを説明。ほほぅ、と天才くんが相槌を打つ。

「なるほど…、実に興味深い、」

お。
それ…。他局やから、ぼくが言ったらハンドルを握りながらくすくすする。

「いやぁ、はじめさんも好きなんですがね、化学の方も好きでして…、」

湯川先生派なんです、と彼が笑う。
それを言われたなら何となくそんな感じ。納得。

「だから、お家帰って鍵の保管場所を探すねん、」
「ふふ、手掛かりあるんですか、」

それがてんで、さっぱり。
昨日もごちゃごちゃしたんだけど全然見つからない。組んでいた腕を解いてクッキーの缶を開ける。一枚天才くんへ渡しながら、チョコチップを口に含む。

なにを隠してるのか気になる、そんな話をしたら天才くんがクッキーを齧った。

「そもそも、隠してるんですかね?」
「んぅ?」
「だって、そんな、わかりやすい金庫、」

ぼくが部屋に入ってはいけないってルールがあるわけでもなく。そもそも見せたくなかったら今回みたいに資料映像なんてたのまないだろうし、天才くんが呟く。

「……むぅ、確かにそれもそうだ、」
「こたえは案外、わかりやすいところにあったりして、」

分かりやすい…。




んー…。
分かりやすいって何だろう。帰宅してからリビング内をまたウィニングラン。
書斎の前を行ったり来たり、繰り返しながらまたゆっくりと室内を歩き回る。

確かに、言われてみれば天才くんのいう通りだな。

見られてまずいなら、ぼくを書斎にいれたりしないし。そもそも、掃除とか片付けとかで勝手に入ることもよくある。何かそれに対して言われた事はない。
見られてまずかったり…そんなものじゃないのかもしれない。

でも、だとしたら何故、彼は金庫に鍵をかけて厳重にしているのか?
やっぱりバレちゃマズいものが入っていたり…。んー…益々不可解だ。

結局また、書斎に入る。

タイヤのゴムやら、車のよく分からん模型。
分厚い本を眺める。机の中は一頻り見たからなー。他に見てないと言えば何だろ…?
どこかな…。
分からん。

かと言って10000通り以上もある数字を羅列なんてしたくないし…。鍵…。
鍵を保管する場所って言うたら…。うー…ん。
目を閉じて考える。

案外、光一も割と仕舞う場所を決めてたり、位置にはこだわってるからなぁ。なんとは無しに書斎を出て車のキーを掛けてあるクリップの前に立つ。

腕を組んでじっと眺める。

数台持ってる車のキーがずらりと並んで。
1番お気に入りの跳ね馬くんを一つ手に取ってみる。レザー調のカッコいいキーケース。
ちゃらりと揺れる鍵をじっと見て、首を傾げる。

スマートキーが二つにシリンダーキー1つ。

しりんだー…。
シリンダー?

「シリンダー?なんで?」

車の鍵に?
ハッとしてスマホを取り出す。
この間探した金庫の、型番の履歴を追いかけて、金庫の詳細を確認。
説明文にはハッキリと、シリンダーと記載がある。

もしや…っ!

思わずそれを手に書斎に駆け込む。
ぴくっと顔を上げたパンちゃんも一緒になって入ってきた。
金庫の前に正座して生唾を飲み込む。

これかもせぇへん。

数回深呼吸。
息を止めて一気に鍵穴へ差し込む。ピッタリはまって、右に回すとカチンッと音がした。心臓が跳ね上がる。取っ手を握って暫く考え込んでしまった。

もし、本当に見られたくないものだとしたら…?
絶対に隠しておかなきゃいけないとか、金塊とか。隠し財産とか。ぼくが勝手に開けて、その秘密を覗いて良いのだろうか?
知られたくない事だったら?
遺書とか。
ミイラとか。

考えると少し怖くなった。
カチッと音を立てて扉は開いたけれど。

じっと見つめるぼくの腕をぺろりとパンちゃんが舐めた。大きな瞳がこちらを見て、首を傾げてる。

悩み悩んで、結局扉を開けるのはやめた。
なんか悪い気がしちゃう。
扉が開くことが分かったのだから。鍵を引き抜いてパンちゃんを抱き上げる。帰ってきたら直接本人に聞いてみようかな。

「パパの大事な秘密かもしれへんし、」

小声で囁く。
それで気にしなくて良いよって何か秘密めいた事を言われたら、まぁそれ以上考えるのはやめよう。抱きしめたままそっと書斎を後にした。

ーーーfinーーー #omake
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