小説 短編集.10
□運命
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“もう1人堂本が居るんだよ、”
嬉々として話す小さなおじさん。
その背を視線だけで追いかけて、通された控室の椅子に座った。ぼんやり長椅子の上でもう1人の堂本について何とはなし考えてみる。
うそや。
そんなん。
内心で悪態を吐きながら、実は妙な高揚感に囚われていたのは事実。奇跡やん、初めて名前を聞いた時は自然と笑みが溢れた。遠くで聞こえる姉の楽しそう声に、思わず気持ちはもう1人の堂本へ向いていた。
「こんにちは、」
挨拶をされてハッとする。
顔を上げたら、若い男が爽やかに笑いかけている。ぺこんと頭を下げたら男が小さく手招いた。
控室を出ていく背中を、慌てて追いかける。
どこいくん?
のんびりとした声音でその背に問い掛けたら、くすりと微笑んだ男がもう1人の堂本のところ、と。
チラリとこちらを見たあと、歩く歩幅を合わせてくれた。
「実はね、」
ここまで言ったあと、肩を竦めて少しだけ溜める。首を傾げて男を見上げだらふふっと笑った。
「僕も堂本、」
「へっ!」
自分でも驚くほど間抜けな声が出た。
うそ!間髪入れずに叫ぶ。隣の男が手を叩いて笑う。
「そうだよ、ほら。」
見せられた社員証に思わず目を見開いた。
まじまじ男を見て、この人も堂本なのに、まだ堂本がいるの?内心で呟きながら世界が広がる。
奇跡や、また胸の内側に溢れる感情。
地元を少し離れただけで。
随分と遠くにきた気持ちなんだったのに。
堂本が堂本に連れられて堂本に会いにいく。
行き交う大人たちと通り過ぎて興味深げに館内を見渡す。遠くから聞こえる黄色い声。
ふふっと目の前の男がまた笑った。
堂本が3人、ボソリと呟いたあと僕も初めてなんだ、堂本に会うの。と続けた。こちらを見つめる真っ直ぐな瞳は随分と屈託が無い。
不意に男が顔を前へ向ける。
着いたよ、
立ち止まって視線をこちらに合わせる。
目が合って心臓が早鐘した。
ごくりと、唾を飲み込む。
扉が開いて、少し強めに背中を押された。
「あ……、」
声を出したと同時に振り向いた女の子みたい男の子。分厚いレンズの眼鏡に、リュックを背負った少し背丈の小さな少年。
「どうも、……堂本…です、」
のあと、光一…。とだけ付け足す。
想像するよりも小さな声で、想像以上に無愛想な雰囲気。
「あ、……堂本…、剛、です、」
慌てて頭を下げたあと、上目遣いに少年を見詰めた。
「ん、」
頭を上げて愛想の無い少年を見たあとそろりと視線を逸らす。自分だって人よりは少しばかりシャイではあるが、ここまで愛嬌が無い事はない。……多分。
楽しいことがあれば笑うし、ムッとすれば地団駄を踏む。それなりに人間味はあるはずだ。
目の前の、光一と名乗る少年の素っ気なさに、どうもと…。
心の中でもう一度呟く。嘘やと思う。
口には出さず自分に言い聞かせた。
俯いたら、光一が一歩近付く気配。
思わず顔を上げたら、光一が唇を一度キュッと結んだ。瞬きを数回繰り返す。
ボソッと一言。
「運命やん、」
戯けることなく真っ直ぐにこちらを見つめた。思わずドキリと心臓が震えて。
何も言わずにまた俯く。
見た目にそぐわず思った事は口にするタイプなのかも知れん。
また内心でつぶやいた。
そんな事をふ、と思い出す。
あの時ほんまに嘘やと思ったもんな。
そんな懐かしい記憶が蘇って笑ってしまう。
タブレットをスライドしたら、少しだけ唸る声が聞こえた。
視線をソファに向けたら、光一が伸びをしながら背もたれ側に埋まる。近付いて覗き込む。
綺麗な横顔。
「光一?…光ちゃん?」
起きて。
肩を揺すってみる。
なんとなくもぞもぞするけど、起きそうに無い。
「光一?もうすぐメイクさん来るよ?」
もう一度揺すって顔を覗き込む。
「ん゛っ、…う゛んん゛っ、」
数回喉を鳴らしたあと、息を吐きながら光一がぼんやりとぼくを見た。眉間の皺を深くして、ふふっと笑う。
綺麗に並んだ白い歯が覗く。
「…ふは、…、運命やわ…、」
ボソボソ呟く。
「はい?」
耳を傾けてもう一度顔を覗き込んだら、ぱちっと目を開けた。そのあと、ハッとした顔して起き上がる。
「やべ、…寝ぼけてたわ、」
疲れっきった表情で光一が天井を見上げた。
その姿があまりにおっさんで。
しみじみ年取ったなぁ、と笑ってしまう。
「んふ、ふふふ、」
そう言う時あるじゃん、て。
照れ臭そうに肩を竦めるから、そうだねって返してあげる。
「そうね、運命やね、」
顔を覗き込んだら、そのままズルズル崩れていく。隣に座ったぼくの膝に頭を乗せて深いため息。
また目を閉じるから、頭皮を緩やかにスクラッチ。もう直ぐ時間ですよ、囁いたらのんびりとした相槌が返ってきた。
ーーーfinーーー