小説 短編集.10

□香水.A
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「剛さーん、」

ひょっこりと顔を覗かせた久しぶりのメンツ。今回は2人。
思いがけない二人の姿に思わず嬉しくなる。扉を開けて、スタジオへ招待すると、どうやら、仲間の舞台を見に行ってきた帰りだとか。

久しぶりだね、と。
舞台の話、音楽の話、CDジャケットデビューの話。
話題性に事欠か無いこの4人組がぼくらは可愛くてしょうがない。今日は2人だけど。

「さっき、舞台前の光一さんとも話してきました、」

写真まで見せてくれる。
相変わらず、わちゃわちゃ楽しそうで。このスタジオに来るのは随分久しぶりだから、どうしたの?って聞いたら、どうやら光一からの何やら任務があるらしい。

ぼくの写真をぱしゃっと撮って数枚送ってる。

「何の任務?」
「なんか、剛さんの写真を撮ってこいって、」
「えー、なにそれぇ、」

変なの。
スタジオの机に置いたお菓子を見つけて1人が飛びつく。食べていいですか?って勝手知ったる何とやらだ。返すよりも早くラスクを開けてもぐもぐ。

ソファに座ったもう1人がカバンから大きなケーキボックスを取り出した。

「なぁに、それ?」
「これ、光一さんからです、」

広げたらぼくが気になっていたお店のドーナツ。思わず声を上げて喜ぶ。
また一枚撮られた。

「剛さん、今日一人ですか?バンドメンバーの方とか、」
「んぅ?今日はね、あとで会議室に移動してジャケットの打ち合わせあるよ、」

今はここで編曲とか、まぁもう少ししたら他の後輩くんも来るんだよね、って伝えてあげる。そこで二人が瞬きをした。

「他の後輩?」

いつものハーフですか?って聞かれて首を振る。最近ね、よく来る子がいる。たまたまこの間会社で挨拶された。
名前を伝えたら、二人顔を見合わせて驚く。

「なに?」
「いや、…去年よく、光一くんの楽屋にお邪魔してたやつ…、」

って言った後に子って言い直す。

「うん、なんか、舞台行ったて聞いた、」

笑い掛けたら不思議そうに二人が顔を傾げる。その他にも会社の人が、見学させてくれってまだ入って来たばかりの子達を連れてくるとかなんとか。
そんな話を教えてあげたら、2人がふふっと肩を上げた。その笑い方どうにも光一に似ていて、こっちも笑ってしまう。

「「大人の社会科見学ですね、」」
「おぉー、うまいな、」

褒めてあげたら嬉しそうに手を叩く。

まぁ、もうすぐ……、ここまで言ってスタジオの扉が開いた。二人を認めると、入って来た後輩くんが華やかに笑う。
二人が座るソファに駆け寄って爽やかに微笑んだ。

ぼくへの挨拶もそこそこに、二人に会えたのが相当嬉しかったのか隣に座り込んで、何やらキャッキャと光一の話で盛り上がる。

それをぼんやり横目に、ぼくがパソコンの前に移動。不意に、少年があっ、とぼくを見た。

「んぅ?」
「剛くん、昨日光一くんと会いました?」
「え……、あ、うん…、なんで?」

思わずドキッとして、もう一度彼を見る。
何となく、つぶやいた後彼が徐にカバンから小さな紙袋を取り出した。

「あの、…これ、」

おずおずと渡されるそれを受け取って少しだけ憂鬱になる。取り敢えずありがとぉね、受け取って中を見たら今度は制汗剤。
この間は、香水。
今回のはベルガモットの香り。

思わず自分で自分の匂いを確認。

そのタイミングで二人がおいおい、と手を伸ばした。

「なんで?制汗剤?」
「どうした急に?」

隣の男の子に詰め寄って、ぼくが持ってるそれを奪われてしまった。いい匂いだけど、とかなんとか言いながら突っ込む2人に後輩くんがキラキラとした笑顔で微笑む。

「この間は香水渡したんです、」
「いや、なんで?」
「剛くんに似合う香りだと思って、」

真っ直ぐな眼差しで言われれば二人も返す言葉が無いのか、口を噤んでしまった。

「その前は、ボディソープくれたね、」

思い出して伝えると、大きく頷く少年。
困惑する二人。
く、くさいってこと?そんな言いたげな表情でぼくを見るから、意図がわからないぼくも取り敢えず首を傾げる。
香水付けてないんですか?って聞かれて思わず言葉に困る。

あの香水は今朝方何故か光一に没収されてしまった。色々詰められたけれど、結局詳しいことも、ボディソープの事も、言えないままこっちに来てしまったのだ。

「まぁ…、光一が、」

ここまで言ったら身を乗り出した彼が、光一くんが?!とぼくを見つめる。

「ん、…なんか、…使いたかったのかな…?」

はは、と笑って首を傾げる。可愛い年下男の子の可愛い恋愛模様。
手に取るように光一への感情がわかる。
ぼくが巻き込まれる意図は分からないけれど。
目の前の彼がそぉなんですね、とどこか嬉しそうだ。ボディソープは?って聞かれて取り敢えず使ってる、って答える。
でも、あまり好きな香りじゃなかった。
どうしようか持て余して悩んでるけれど彼には言えない。
光一が帰ってきたら、なんて言おうかそれも考えてまた少し憂鬱になる。

そして、無意識か自分の身体を香ってしまう。

「く、…臭いかな、…?」

思わず訊いたら、ぱちんと瞬きをした彼がじっとぼくを見た。

「……、臭くは、ないです、」

少しだけムッとした表情。
すかさず二人が割って入る。

「ほら、制汗剤とか、香水先輩にあげるって、」

失礼…なの?って言えないまま、そんな言葉が続きそうな雰囲気で今度はぼくを見る。
ぼくも、正直いまいち分からない。誕生日とかでくれる人も居るし、柔軟剤とかも。
その感性は正直分からなくて、結局3人言葉に詰まる。

不意に、後輩くんが嬉々としてそれで、光一くんは使ってましたか?って聞かれた。
多分、って頷いたら他の2人が首を振った。

「光一さんは、香水は付けません、」
「えっ!」
「お家にわんちゃんいるんで、」

知ったように2人が伝えたら、目の前の彼が少しだけ羨ましそうに唇を尖らす。香水付けられないのか…。一度呟いたあと、自己完結を試みたのかゆっくり頷いた。

「いいなぁ、光一くんのわんちゃん、」

見たい。
2人の先輩にねだるから、その甘えた顔に肩の力が抜ける。2人は今度ね、と首を振って肩を竦めた。

2人が手に持った制汗剤をぼくに戻してスッと立ち上がる。腕時計を見ながら光一くんのところに行かなきゃ、とかなんとか。
いいなぁ、とねだる後輩くんも立ち上がる。そのタイミングで、またスタジオの扉が開いた。見学に来るって話していた数人の後輩くんと天才くんが頭を下げた。

それと入れ替わりで去っていく2人。

今度、舞台行きますね!って彼の声が響いて室内が少しだけ騒がしくなる。

ちょっと寂しくなるけれど去っていくその背中を見つめた。
結局なにしに来たんだ?

ーーーfin…?ーーー
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