小説 短編集.10

□剛くんの怒。
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「もう、いい。知らん。」

ぷぃっとそっぽ向いて雑誌をペラペラ捲る。

「なぁでよ。怒んなよー。」
「怒ってへんわ。話しかけんで。」

剛は怒ると、すぐに話しかけんで。と言う。

ぷいっとそっぽ向いて、俺が触ると腕を振り払ってくる。でもここまでは普通。剛の可愛い、可愛い抵抗。ごめん、ごめんと笑いかけて身体を抱きしめてやると身を捩りながら、ほんまに嫌、というくせに結局絆される。

あと、悪口も下手。

あほ、ぼけ。はマスト。
知らん、嫌い、もマスト。

甘えん坊で構って欲しくて愛されたがり。
でも、案外剛の方が冷酷で淡白やと俺は思う。きっともう、いらんと思ったらスッパリ切る。

大体悪口もあほ、ぼけ、知らん、嫌い。をスタメンに使い回して時々ベンチメンバーのタコが出てくる。

まぁ、可愛くて可愛くてどうしようもないけどな。

「ほら、許して、な?」
「んもぉっ、」

俺から雑誌を奪って隣に座る。
ぷんぷんしてるその顔もやっぱり可愛いのだ。独特なんだよな。
剛の怒り方。

後輩もスタッフも、知り合いも何人かは剛の怒った姿が可愛いって言うけど。例に漏れず俺も。本気でブチギレてもやっぱり可愛いのは剛の生まれ持った何か。


ふ、と思い出す何年か前の出来事。


ーーーー


「光一さん、」
「ん?」

名前を呼ばれたから振り向いたら、チーフが一枚紙を置いた。

「…、なに、これ?」
「この間の、」

目の前に広げられたB4サイズの用紙。
何やら細かい事がごちゃごちゃと。
文字が小せぇな…。
眉間に皺を寄せて、上から順に。

どどん!と大きく、健康診断結果報告書って書いてある。

名前と、血液型。
その後に、ヘモグロビン指数が何ちゃら。
白血球、赤血球がどうとか。
横文字のオンパレード。

結果一覧に、良好、良好、良好。

順番に読んでいたら、一箇所要検査、の項目を発見。

ん?
んん?
うぉっ?
要検査?

ちらっとチーフを見たらこくん、と頷く。
ペラっと、今度は裏面を見せられる。
そこにも一箇所だけ要検査の項目が。
胸部と腹部。
血液検査にも異常が一つ。

「………、」

何も言わず、もう一度チーフを見たらいつにしますか?と聞かれた。

「いやぁ〜…、めんどくせぇな…。」

検査か…。
来年も、健康診断はあるはずだし。今すぐ、じゃなくても…。

「経過観察?」
「いえ、それは医師が決める事です。」
「えー…、めんどいな。」
「2箇所、要検査項目あるんで、来月辺り、タイミング見つけて行ってきて頂けますか?」

来月か。

頭の中でスケジュールを呼び起こすが、そんな時間無さそうだ。
取り敢えず、適当に頷く。

今、特に問題があるわけでは無いが医療機関でのちゃんとした検査を受けることが相応しいのだとか、何とか。
兎に角、何かあってからでは遅いので、チーフがブツブツと何やら小言を言い出す。

「んー、そうね。はいはい、」

取り敢えず、それにも適当に頷きながら。
目の前のケースを手に取った。
フィルターを一本取り出す、とソケットに挿し込む。スイッチを入れたら加熱の香りが少しだけ充満した。

勢いよく吸い込んで、肺から煙を吐き出す。

「あと、」

不意に、チーフが俺を見る。

「ん?」

見上げたら、苦虫を噛んだ顔。

「そろそろ、タバコ、辞めてみませんか?」
「ふは、無理無理、絶対無理、」

身体が心配なのだとか。
訴える声に、少しだけ悩むけど手に持った電子機器を見つめてため息。手を振って、首を振る。辞められる気がしない。
無理だと思う。禁煙、二度ほど前にチャレンジしたが無理だった。

チーフだけじゃ無い。
親友もそうだが。何人かにかなりヘビースモーカーだから、辞めた方が良いって、挙げ句社長にも先日言われたばかりなのだが。まぁ、タイミングがあればって返して結局今に至る。

家に居ると剛がタバコ嫌がるからなぁ。
あまり吸われへんし。
てか、最近は打ち合わせの席でも剛がおると吸わないようにしている。だから、結構吸う頻度は控えられている気がしていたが。

どうやら、周りからはそう見えないらしい。

客観と主観の違いやな。
ぼんやりそんなことを思いながら、携帯を開く。来月のカレンダー見ながら、いつ行けるだろうか?悩むな。




カチッと電子機器のスイッチを入れる。
フィルターに吸い付いたら一気に煙を吐き出す。

ベランダで何度か繰り返しながら、テーブルの紙を光に透かす。

はぁ。
無意識に漏れるため息。
そうだよな。そんな気がしてた。

虚血性心疾患が何ちゃら心筋梗塞がどうの。リスクについて書かれた紙。
行ってくれ、と頼まれた再検査の要望から半年近く無視をしていたらとうとう、会社が病院の予約入れてしまった。
仕方なし、仕事の一環だと思って検査を受けた先日。

届いた通知をさっき会議室で渡された。
予想通りの結果やったけど。真剣に、説教を喰らった。分かった、と頷いたものの辞められそうにないのだ。

検査の日にも医者から禁煙の推奨をされたのだ。無理だっつぅの。

紙を畳んで破り裂く。
細かく千切ってそのままゴミ箱へ。

リビングに戻ったら、帰ってきた剛がじっと俺を見てる。

「ん?」
「…んー、ん、…たばこ?」
「ん?…んは、まぁ、一本だけ。」

ほんまは3本やけど。
何とか誤魔化す。

最近は会社やマネージャー、数人の知り合いから禁煙を推奨されるが、剛は30超えた辺りから、と言うより、付き合い始めた頃からタバコ辞めへんの?ってよく聞いてきた。
その内な。って答えながら流してもう数年。
最近はうるさく言わなくなったけど、たまに触れてくる。

「吸いすぎ、厳禁やで、」
「ふは、分かってるって、」

ほんまか?
むすっとしながら剛が台所へ。

ヤバいな。
健康診断と再検査の話ししたらめっちゃ怒られるかもしれん。それは、怖いな。チーフにも何となく口止めせな。



そんな出来事から数日。

久しぶりの。
いつもより早めの帰宅。

最後の一本を吸い終わらせて、マンションのエントランスを抜ける。
玄関を入って、一度タバコの臭いを確認。
大丈夫かな?
バレないように、では無いが。タバコの臭いが苦手な剛のことを考えると帰宅前には大体確認してしまう。

リビングの扉を開けたら、ローテーブルの前に座った剛が、俺を見た。

「光ちゃん、」
「ん?」

呼びかける声が少し低い。
ムッとした面持ち。
目元も少し細くなって、口元もムッとしている。

怒ってる?
怒ってんのか?

何か悪い事をしただろうか?
思わず姿勢を正したら、剛がそこ座って、と促す。言われるまま、剛の前に正座。

「ぼくに、なんか隠してる事あるやろ?」
「……、隠し…?」

何のことやらさっぱり。
首を傾げて考えるが全く思い当たらない。

「浮気、してへんよ、」
「知ってる。」

浮気の話ちゃうねん。
剛がじっと俺を見上げる。

「…ゴミ出し?」
「違う、」
「……、あ、洗い物か?」
「違う、」
「……、えー…、夜?夜の話?」

取り敢えず、何となく浮かんだ事を聞いていくが全部的外れ。分かりやすく剛がため息を吐いた。全く、何もわからんから俺も困り果てて。

徐に剛がポケットから折り畳んだ紙を広げた。数ヶ月前の健康診断の通知。

思わずハッとする。
息を呑んで固まっていたら、もう一枚ポケットから取り出す。
この間の、再検査の通知。

「隠してたやろ?」
「いや、ちが…、隠してたわけちゃうねん、」

早口で答えるも剛が首を振る。

「じゃぁ、なんで、チーフに口止めした?」
「いや…、てか、それ、…俺破いて…、」
「アホか、会社でコピーして取ってるわ、」
「うそ、」

驚愕する俺をまた、じっと睨んで剛が口を結ぶ。

「しかも、行けって言われた再検査、半年もいかへんかったって、」
「いや、…ちが、…ほんまに忙しくて、」

忙しすぎて、忘れていたのだ。
本気でいく気ではあった。めんどくさいとは思っていたが。
忘れてしまったのは事実で。
必死に言い訳を並べる。

剛のため息で、俺も一旦口を噤む。

「何で、隠してた?」
「隠し、てたって言うか…、」

まぁ、怒られるとは本気で思ったのだが。

「…いや、そうだな…、」

辞められる気がしないから。
小さな声で呟いたら、剛が少しだけ前に出た。

「本気で、言うてる?」
「ん、…無理やと、思う、」

なんで?
ボソッと呟いた剛の震える声。

ハッとして顔を上げたら、泣いてはいない。
でも、グッと何かを堪えてる顔。

「なんで、辞められへんの?」
「いや、…ほら、もう、…ルーティンみたいな、」
「じゃ、お酒やめて、」
「いや、…それは、もっと無理、や…、」

最後の方は窄んで言葉にならず。
酒かタバコなら、酒の方が無理だ。

「怒ってるよ、ぼくはめちゃくちゃ怒ってる。…検査も、結果報告も、隠してたのもムカつくし、行けって言われても行かへんかったし、口止めしたのもムカつく、それだけちゃう、お酒もめちゃくちゃ飲むし、」

どんだけ、心配してると思う?
一息に剛が捲し立てて、また大きな瞳が俺を睨む。

「いや…、まぁ、そう。そうやねんけど、」
「何が、無理なん?」

それがないと生きていかれへんの?
もしものことがあったらどうする?
忙しくて検査に行かれへんのに、遅すぎたらどうすんの?

次から次へと飛んでくる質問。
冷静に静かに、怒りを滲ませる。

「いやよ、」

また、剛の声が震えた。
顔を上げたら、瞬きを数回。
ほろりと、涙が溢れた。

「え、…いや、ちょっと、」
「ぼくは、いや。」
「…な、にが、」
「お前より、長生きはしたくない、」

お前を見送るのは嫌。
1番耐えられない事をしないで欲しい。
剛がほろほろと涙を溢す。

「お酒も、タバコも両方辞めてって言わへん。でも、せめてどっちか一つ、辞めて欲しい。」

ぐすっと鼻を鳴らす。

「どっちか、…って、」

言葉に困る俺を見た剛が、またほろりと涙を溢す。健康面でのサポートは出来るだけする、お食事だって気を使う。だから、こう言う命に関わる事で隠し事はしないで欲しい。つとつと、と剛が零すように話す。

「タバコ、やめて、」

涙で濡れた瞳で訴えられたら、流石に嫌だとは言えない。

「……、あ、したから、」

言いかける俺の方へまた少し近づく。

「今日からでしょ?」
「………っ、」

無言の俺に、剛がまたため息を吐いた。
ぎゅっと目元が涙でまた滲んでいく。

「だーーー、もう、泣かないでよ、分かった!分かったから!タバコ、やめる、な?辞めるから、」

マジ泣き、マジトーンは本当に勘弁してくれ。剛に泣かれることがどれだけの事か、こいつは分かっていない。

鼻を啜って、しくしくするから。
宥めるようにだきしめる。昔から剛の涙には焦ることしかしてきてない。宥め方も落ち着け方も知らん。

酒は絶対辞められないけど、タバコなら、頑張るから。ボソッと呟いたら腕の中で顔を上げた剛が瞬きを数回。

「嘘ついたら、別れるから。」
「つかへんて、」
「隠れて吸ったら、内緒にしたら、二度とえっちもしない、」
「決めたら、ちゃんとやるから、」

分かるやろ。俺のこと。
知ってるくせに。

だから、もうその涙を引っ込めてくれ。


そうして、始まった禁煙生活。


ーーーー


焦ったな。
あの時。

剛史上稀に見る激怒っぷりやった。泣くんだよなー。本気で怒るとまず、涙ほろりやねん。泣くのは反則だよ。

お陰様で健康になりました。
えっちの回数は増えたけど。

剛が言った通り、健康面でのサポートは一切欠かされてない。
それこそ、スタイリストもメイクも驚くほど変化している。肌艶、髪のハリ。爪の割れ。

夜の要望にもある程度応えてくれる。

むすっとして携帯をいじる剛の髪を一房摘む。

「なによ、」
「んは、いや。剛くんに怒られるの、いいなーって。」
「なにそれ、」

おっさん。
じとーっと睨みを効かせて肘で脇腹を小突いてくる。

「今度、ぼくのやめてってことしたら、茄子祭りするから、」

生の茄子でジュース作って飲ませてやる。
本気でしそうな恐怖心に煽られる。
それは怖い。
マジ泣きはしなくなったけど、違う意味で強くなった。

恐ろしい。

ーーーfinーーー
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