小説 短編集.10

□土地
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「山ですか?」

背後でメイクがタブレットを覗き込む。
それを少し掲げて見せながら、どう思う?って聞いてみる。

「…どう、って…?」
「なんかさー、土地買おうかなって思ってんけど、山、買った方が早くね?って。」

最近思ってる。
そんな話をしたら、鏡の向こうで瞼をぱちぱち。

「…なんで、…、」

山?って言いかけた彼女が、山の住所を見てハッとする。察した表情の後、ふむ、と頷いた。

「剛さんですね、」
「んは、そう、そうそう。」

隠居する時にはやっぱり、家が必要。
あいつは絶対故郷に帰りたいっていつも言うてるからな。

「畑とかさ、」

なんか、自給自足とか…、まぁしそうじゃん?って聞いたら確かに、と頷く。

「でも、虫…、」
「そうやねん、それやねん、」

虫苦手なんだよな、俺も剛も。
そこが問題でさー、そんな話をしたら俺の髪を梳かしながら首を傾げた。

「剛さんの、許可とか…?」
「え?…なんで?」

必要なの?
鏡越し見つめたら、少し驚いた表情。

「え、だって、…そんな、勝手に土地決めちゃったら…、」
「ええやん、だって、剛の地元やぞ、」

何が問題なのか。
車でも通えるし。
週末なら、俺も剛の元へ帰れる。


ーーーー


「ただいま、」

玄関のドアを開けたらぽてぽてスリッパの音を立てて剛が歩いて来た。

「んふ、おかえり、」

早かったね?
首を傾げながら俺の鞄を手に取って、そのままむぅ、っと唇を突き出した。
暫く目を閉じて黙ってるから、ハッとして腰を抱く。

数回キスをしたら満足そうに踵を返した。

「今日なぁ、おいしお漬物が出来たの、」

最近通ってる公民館で漬物の漬け方がどうとか、着物をシャツにリメイクせる方法がなんちゃら、と色々教わってるらしい。
スリッパも作ったと見せてくれる。

つよちゃん、つよちゃん、と知り合ったおじいちゃん、おばあちゃんからずいぶん可愛がられてるみたいで。

大きな瞳がまた俺を見た。

「光ちゃんが、帰ってくる日なのって言ったらお魚も頂いた、」

リビングのテーブルに並べられた料理の品目の多さにぶったまげる。
お米ももらったとかなんとか。

「そおですか、」

相槌を打ったら台所から剛が、俺を見た。

「今回は、何日?」

帰宅の度に毎度聞かれるこの質問。

「4日くらいかなぁ、」
「え、長ぁい、」

嬉しそうに剛がお盆を持ってくる。
ご飯のあと、お風呂に入ろうね?甘えるような声音は今も昔も変わらない。

取り敢えず照れ臭くて、軽く相槌で返す。


ーーーー

ふ、と浮かぶそんな日常。
つい口元が歪んで、そんな話をしたら背後のメイクが肩を揺らした。

「なんか、お二人の未来はずっと幸せそうですね、」
「ふは、そお?」
「はい、ほっこりします、」

本当にそんな未来を過ごしてそうです、って。
過ごしてそうって言うか、過ごしてるねん。

ーーーfinーーー
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