小説 短編集.10

□耳心地
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ざぁー…。
ざぁー…。
時折、ちゃぷちゃぷ。

波の音と、水の音。

「んぅ〜〜〜……、も、ぉ〜〜…、」
「ん?どうした?」

寝返りを打ってソファに座る光一を睨む。

「どうしたぁ…、ちゃう。…もぉ、うるさい、」

なんなんその音。
寝るわけでもないのに。

ずっと、ソルフェジオ掛けながらタブレット弄ってるし。ムッとするぼくを見て、え?いや?だめ、これ?って呑気な顔して。

「…眠いからぁ、うるさい、」

なんで、今日に限ってここで作業してんのよ。いつも、書斎に籠るくせに。

「えー…、うるさいかなぁ、」

じゃ、これにする?って今度は焚き火の音とコオロギの声。

「ん、もぉ、音の問題ちゃうねん、」
「眠れん?」
「んぅ、……。」

少し、ムッとしたまま頷く。

やっぱり、安眠には周波数が大事で…とか、なんとか。
言いながら、タブレットを閉じてベッドの上へ。

「ほら、剛くん、最近眠り浅いじゃん?」

ムッとしたままのぼくの上に少しだけ乗っかる。

「夜中たまに起きてるでしょ?」

知ってるんだから。
光一がぼくの前髪を掻き上げる。

たしかに最近あまり眠れない。
作業が忙しいってのもあるけど、脳と体が休めてないのは事実。寝返りと同時に起きちゃったり。
変な夢もたまに見る。

「……知ってたの?」
「うん、」

また、スマホを操作しながら光一がぼくの頭を撫でる。優しく髪を引かれて、スクラッチされるととても気持ちがいい。

ソルフェジオや周波数はやっぱり脳を休める絶大な効果があるのだから、そんな話を耳元でしてくれる。遠くでまた波の音が聞こえてきた。

ぼくも光一の腰に腕を回して目を閉じる。

「ちゃんと睡眠の質高めないと、気絶だけやったら、休まれへん。」

気絶したような睡眠って心も身体も休まないんだって。
耳元で囁かれる低くてボソボソした声。スマホから流れる曲とか、自然の音とかよりよっぽど、光一の声の方の耳障りがいい。

そうか。だからか。
最近はえっちも控えめだった。控えめって言うか全くお誘いがなかった。ぼくが誘った時しか乗ってこぉへんかったから。
そんな理由か。思わず納得。

また聞こえる波の音。
スッと黙り込んだ光一の声と呼吸の音。

「ん……っ、こうちゃん、」
「ん?」

呼びかけたら、相槌のあとに低くて小さい声で光一がぼくの名前を呼ぶ。

「むぅ……、たいや、」
「ん?」
「たいやの話してえ…、」

いつもの相対性理論でもいい。なんか、面白い話。面白くなくてもいい。
目を閉じながらねだったら、光一がふふっと笑った気配。

「そうだな、それやったら今日は水の話をしてやろうか?」
「みずう…?」

そうそう。
表面張力ってのはな、、、。

また始まる難しい話。
言ってることの9割は全く理解できないけれど。でも、光一の低くて、小さな声はとても耳に良い。
ボソボソ話す声に耳を傾けて、ぼくの意識が沈んでいく。

ーーーfinーーー
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