小説 短編集.10

□不発
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「光ちゃん?」

乗り上がって布団を捲ると珍しく、シャツを着ている。
しかも、下まで履いてるし。

「寝た?」
「ん…、」

問いかけても意識は少し朦朧としている。でも、ぼくが甘えた声を出したらフニャと笑って両手を広げた。
光一のいつものくせ。甘えるぼくを宥める時は大体こうして無意識に腕を広げるのだ。

シャツ…着た方が良いだろうか。

悩むけど、あわよくば光一がムラムラしてくれれば良いと思っていたのに。
なんだか、その気配は少しもなくて。

仕方なし、とりあえず裸のまま潜り込む。

「こうちゃん、」

小さな声で名前を呼んだら口元が歪む。

「えっちしよ?」

ダメ元でまた囁く。
でも、へらっと笑うだけでそのまま規則的な寝息が聞こえた。
ダメか、今日はダメな日か。

腕を握って揉んだあと、ぼくの腰へ持っていく。お尻、触って、って。
小さな声で囁きながら寄り添ったら、ふにふにと柔らかく揉まれる。

無意識に指先は割れ目に埋まるけどそれ以上の刺激はなし。

あ〜ぁ…。
今日、したかったな。

この間も久しぶりの再会で燃え上がってしまった。暫く一緒に過ごせるの?って聞いたらスケジュールの都合だかなんだか。
結局チーフから、おでこ擦り切れる勢いで五体投地された。

そんなんされたら、仕方ないやん。
素直に頷くしかないし。

帰って来れるのは今日くらいって。だから珍しく光一の仕事を早めてもらった。
ぼくは少しだけ、旧知の知り合いと話し込んでしまったけれど。
そんなに遅くならなかったのに。

帰って来たらいつも起きてる彼は、タブレットのゲームそのままに寝落ち。

あー、もう。

光ちゃんに抱かれて。
愛に埋もれて眠りたかった。
目を閉じて身体をくっつける。

幸せな日はもっと幸せに浸りたい。
光一の熱を感じて、浴びせてほしかった。

今日はとても愛し合いたい気分だったのに。打ち合わせで僅かに触れた指先が光一もそれを示していた気がした。

机の下でひっそり触れて来たから、合図の意味を込めて握り返したのにな。

珍しく、この人がおねむだ。
普段はこの時間寝ないのに、夕方に会った時は確かに少し疲れていた気がする。
毎日毎日、稽古と打ち合わせ、収録、稽古、打ち合わせ、そして楽曲作り。その他諸々抱えてる案件は数知れない。去年ほどじゃないけど、でも忙しいのは事実。

残念だな。

見上げてきれいな鼻筋を眺める。

「今日は不発か…。」

人の気も知らないで。
ぐっすり眠る顔のその鼻先を摘んでやる。
ふにゃっと歪む口元。
突いたらぱくっと咥えられた。

いつもなら、結構飛びつく勢いで目を覚ますんだけどな。疲れてる……んだろうな。
不意に今日のインタビューを思い出してついため息。

疲れ気味だったからな。
いつものように話して笑っていたけど、分かりやすいくらい疲れてた。

疲れると、とろんとするし。割と饒舌だ。
周りにも結構ちょっかい出す。
そして、ひっちゃかめっちゃかにする。

今日はそんな日だった。

つおしくん、つおしくんて。
とても、とろとろしていた。
楽屋でも、打ち合わせでも。収録中だって。久しぶりに会った昔の知り合いともそんな感じで少し心配されてた。

瞼にかかった前髪を一房指に巻き付ける。

「…っん゛、ん、」

眉間に皺が寄って咳払いを数回。
じっと見つめていたら、薄く目を開けた。

「ん゛…っ眠れんの…?」
「んふ、違う、」

光ちゃんの勇姿を思い出していたの。
囁いたら嬉しそうに口元を歪ませた。

よしよし、眠りなさい。
光一がぼくの頬を撫でる。撫でながら力尽きてそのまま寝息。

しょうがない。
やっぱり今日は不発だ。

ぼくがこっちにいる間は何回かホテルに行ってあげることにしよう。

ーーーfinーーー
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