小説 短編集.10

□リベンジ
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ダメです。

確固としてチーフが首を縦に振らない。
今の時期関係ないじゃん、前は帰ってたじゃないか。腕を組んで後部座席から睨んだら、少しだけ肩を竦ませた。

「あ、わかった、また、剛がえろいだとか、色っぽいのがなんちゃら、クレームか?」

ムッとして答えたら少しだけ押し黙る。
ある程度落ち着くまでは確かに離れて暮らしていたが。もう、ここまで来たらどうにもならない、と。結局自宅に帰ることを許されたのに、こうも舞台のたびにホテルへ移されたら溜まったもんじゃない。

図星か?

じっと睨んだら少し困惑した表情。
そんな怖い目で睨むな、と何故かチーフもムッとする。

「大体、光一さんが脇目も振らず…、」

語尾がゴニョゴニョしている。
最近はひと目も憚らないからとかなんとか。隠してないんですか?って聞かれて、んー…と唸る。

「か、くしては、…まぁ、いるって言うか、」

まぁ、剛次第って言うか。
言葉に困って今度はこっちが押し黙る。

「そもそも、そんなん。俺と、なんやかんやしなくてもあいつは元々がエロいねんから、」

反論のつもりだったが思ったより声が張れずごにょごにょしてしまう。聞こえていたチーフも、まぁ、とかなんとか。

対策がどうとか、舞台と打ち合わせがなんちゃら。傾向がどうの。その他諸々話ながら、そもそも帰ってる暇はないんですよ、とスケジュールの話をされる。

ホテルの方が劇場から近いってのは確かだ。
それに伴い番組の打合せや、俺ら2人で抱えるプロジェクトの打ち合わせをする会議室も割とホテルから近め。
効率を考えたら、確かにこっちの方が効率はいい。
特に今回みたいに、舞台以外で忙しいと尚更。

それを説明されると、さすがにこっちもグゥの音も出ない。

「だから、その、……剛さんには申し訳無いのですが……、」

ハンドルを切りながらぶちぶちと小声になる。そこまで聞いて俺も分かりやすいため息。

「じゃ、…、言うてよ、」
「…へ?」
「俺は、俺からやっぱり帰れませんって言えへんから、」

チーフから言って。
腕を組み替える。

「いや……、なんで、私が…、」
「だって、言えへんもん、俺は、」

いやいや。
首を振ってチーフがミラー越し俺を見た。
自分のことなんだから自分で言え、と。
無理だって、泣かれたく無いもん。
絶対泣くやん。
帰って来るって、言ったじゃんって。足を踏み鳴らしてムッとしたあと、ハンカチを噛んでしくしくする。ハンカチを噛むかは分からんが。
そんなされたら、俺折れるもん。

ぷんと顔を背けて目を閉じる。

「いやいやいや、こういちさん…、」
「無理やって、」

自分で、頑張ってください。
俺は言えない。

こんな攻防が会社のエントランスを抜けるまで続いた。結局、お互いどっちが剛に言うか、決着がつかないまま会議室の廊下を進む。

打ち合わせの椅子について、一足早くやってきた天才くんへその話をしたら、手を叩いて笑われた。

「それで、お2人今も揉めてるんですか?」
「いや、笑い事ちゃうって、」

由々しき問題なんやぞ。
見上げたら、隣のチーフもコーヒーのカップを持ったまま頷く。

「あぁ、でも、剛さん今日も光一さん帰って来るって、ワクワクしてましたからね、」

天才くんがチーフを見る。

「…え、」
「冷しゃぶ作るって、タレ何にしようか考えてましたよ、」
「…え、」

空気が若干固まる。

「舞台休の時は帰る、じゃダメなんですか?」

前も確かそんな感じだった、彼が頷いてからもう一度チーフを見た。スケジュールが…、頭を抱えたチーフが肩を落として項垂れる。

それだったら言えますか?ってチーフが俺を見る。言いたく無いけど、それだったら納得してくれなくも無い、…筈だ。取り敢えず頷く。

見ていた天才くんが、大変そうですね、と呟いた。

いやいや、お前んとこのタレントの話やぞ。チクリと言ってやれば、光一さんのお嫁さんですもんね、とチクリと返ってきた。

ーーーfinーーー
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