小説 短編集.10

□愛してる。
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ソファの上でタオルを被って目を閉じていたら控室の扉が音を立てた。タオルの隙間から目を細めてドアを見ると、そっと入ってきた剛。

あ、寝てる。

ボソッと呟く声。
久しぶりの声。
電話では何度か話した。オンラインで会議もちょっとした。マスクで覆われた顔が俺を見たあと、なるべく静かに荷物を置いた。

また目を閉じたら、今度も音を立てずにそっと控え室を出ていく気配。

久しぶりやな。
気を使われる感覚。今年は一緒にいる時間があまりに長すぎて変な感じ。
少しでも離れてると、すごい長い時間離れてた、みたいな。そんな印象。

それでも、剛はいつもより幸せそうだ。





…いち、こういち、…光一っ。

身体を揺すられてハッとする。
目を開けたら剛がじっと俺を見てる。

いつの間に寝てた。
目を開けてぼんやり天井を眺める。
じーっと見下ろす剛がすりっと俺の頬を撫でてきた。そのまま顔が近付いてきて。

「ん、…ふ、ふは、なんだよ、」

むちゅっと、鼻の筋に唇が当たった。
それから、ちゅっちゅっと。顔中キスの雨。擽ったい。顔を捩ったら唇を塞がれた。
触れ合うような優しいキス。

なんだよー。

つい口元が歪む。

「ん、ふふ、おきたぁ?」
「ん、おきたって、」

聞きながら、全く離れる気配なし。
時間ちゃうの?って聞いたら、やっと離れた。
ソファの上で起き上がって深呼吸。ペットボトルを取り出した剛が蓋を開けて俺に差し出した。

「のむ?」
「ん、」

受け取って水を飲み干す。

凝り固まった身体をほぐしてストレッチをしていたら控室の扉が叩かれた。打ち合わせですよー、外から聞こえる声に2人揃って相槌を返す。

「お前、いつ帰ってきたの?」
「んぅ?昨日、」

空になったペットボトルを受け取りながら剛が鞄の中をガサゴソ。

「光一は、ずっとホテルでしょ?」

パン、迎えに行ったとかなんとか剛が呟く。また、すぐに地方に行くけどまた少しの間こっちにいるのだから、と。パンを迎えに行ったらしい。そのついでにお土産も渡して来たとか。

「へぇー、」
「光一は?」
「ん?」
「ぼくがこっちにいる間、おうち帰ってくる?」

大きな瞳が俺を見上げた。
何やら包装された箱を幾つか取り出しながら、机に並べていく。なにそれ、って首を傾げたらスタッフに配るお土産がどうの。
相変わらずマメだな。

「そうね、…今日は戻るかな、」

明日は?
言わないけど視線が訴えてくる。ちょっと困って視線を右へ左へ。肩を竦めたら、目を細めた。

「きょお、…起きて待ってるね、」

一歩近付いて来るからその腰を抱いて唇に近付く。触れ合う寸での所で躱された。むぅっと唇を突き出したまま剛がじっと俺を見る。

「帰って来るの、今日だけ?」
「いや、…まぁ、…チーフに確認してみる、」

囁いてキスをねだる。
顔を背けたままの剛がパッと離れた。

妻が帰って来たのだから、そんな時ぐらい家に戻りなさいよ。そんな言いたげな視線。出ていく背中を追い掛けて、手堅いチーフの頭をどう柔らかくするか悩む。

剛のわがままは聞くんだけどなぁ。
俺のわがまま、中々聞き入れてもらえない。

これもう、愛嬌の問題かなぁ。

ーーーfinーーー
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