小説 短編集.10

□お稽古
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“ちがう、刀を振ったあと、背中はこっち、”

“勝利、そこ反対、”

“まつ、逆だ、”

一際響く通った声。

大きく模造刀を振って回転した光一が肩で息をしながら、一人一人を指差す。
一様にピリついた雰囲気の中、ハイッと聞こえる掛け声に音楽が止まる。

途端に空気感が和らいで、笑い声が響く。

マスクを掛けながら近寄ってきた光一がレンズを覗いた。端末の画面越しに目が合う。
思わず息を呑む。

『ふは、なに?なに、撮ってんの?』

マネージャーと聞こえるやり取り。
かっこよかったですよ、とか。
なんとか聞こえる。

『誰に?なんで?』

そんな、やりとりをしながら端末画面の向こうで笑う目尻に刻まれた皺。なんだかそれが可愛くてきゅんと、した。

「ふふ、どうです?」

気に入りました?

運転席から天才くんがぼくを見た。

「うん、ありがとぉね、」

普段はなかなか会わないチーフからどうやら少し遅めの誕生日プレゼントらしい。ものよりも、きっとこっちの方が喜ぶだろう、そんなことを考えて稽古の動画を撮り溜めたらしい。映る数人の後輩くん達。

剛く〜ん、と手を振られて思わず振り返す。

何やら話す姿の後また映像が切り替わる。今度は光一がソロで立ち回る姿。
刀を振って動く姿に思わず見惚れる。

カッコいい…。

きゅんきゅんしてしまう。

かと思ったら次はみんなで筋トレをする映像。筋肉の話とか、なぜか車の話。タイヤの話も嬉々として話してる。

筋肉が作り上げられていく姿を見ながら口元が歪んでしまった。どんな照れ隠しか、チーフの声が剛さんに一言お願いしまーす、と言っても絶対、何も言ってくれない。
他の後輩くん達が、ぼくの名前を呼んで肩を組んで歌い出したりするけれど。
光一だけは、うひゃひゃと笑って見てる。

それがなぜかとっても愛おしくて。

「ぼくも、なんか動画撮ろうかなぁ、」
「それは、いいですね、きっと、とても喜びますよ、」

愛の言葉なんて囁いたらきっと一生の宝物にされるかもしれない。

もう一度、巻き戻して光一の立ち回りシーンを見る。久しぶりに行われた階段落ちの練習も、いつもなら痛そうに思うけれど。
今回は、なんとなく安心して見てられる。

これ…、いつまでするのかな…。

思わず胸がぎゅって絞られる。
衣装着て戦う姿は本当にカッコいい。

「なんか、稽古楽しそうやね、」
「そうみたいですね、」

なんせこんな時期だから。
天才くんが呟く。
飲んだり、騒いだり前みたいな親睦は深められない。だから、こうしてたまに集まった通しの稽古でわいわいするのが精一杯なのだとか。

「今回は舞台期間短いですからね、」
「ん?」
「長さは、関係ないと思うのですが、でもいつもより穏やかな印象でした、」

チーフと話してる感じだとそう捉えたのだとか。ぼくと遠くても打ち合わせる頻度は結構ある。パソコン繋いで、オンラインで会議に参加することも割と多い。

それもあってですかね、天才くんが肩を揺らした。

「未だかつて無いくらい光一さん穏やかなんですって、」
「えぇ、…そおなの?」
「剛さんとの距離が、今年は近いからですかね?」

関係あるかなぁ…?

また動画を再生。
たしかに雰囲気はとてもいい。長くこうして応援してきたけど、稽古場のこんな姿をまじまじ見たのは初めてだ。
たまに同行する時は、昔はあったけれど。それでも、稽古してる姿なんて、そうそう見られるものじゃない。

こんな凛々しい姿は舞台で演じる姿以外ではあまり見ない。
そのせいか、さっきからつい同じところだけを繰り返し見てしまう。
息を乱して、刀を振る。
汗を散らして鋭く光る眼差し。

誰が、彼をここまでカッコよくしたのだろう?

ふとそんな疑問が浮かんだ。
また聞こえる凛々しい声に胸の奥が震えた。

暫く、これ見ながら眠りに着こう。

ーーーfinーーー
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