鈍色の空を変える方法

□風邪
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『・・・馬鹿は風邪引かねぇんだろ』

『・・じゃぁ、風邪ひいたんで俺は馬鹿じゃないっすね・・・』

『チッ。可愛いげのねぇガキだな・・ったく、センセーんとこ連れてってやるから外出ろ』

『はーい・・・』

癖なのかよく頭を撫でる人だった。
その癖が嫌いではなかったが、ただ撫でられる事に慣れず少しむず痒い気持ちになったのを覚えてる。
その時に漂ってくるこの人の煙草と香水の香りは落ち着いて好きだった。
いや、『だった』はおかしいか。
今も好きなんだし。
懐かしい夢だ。
弟たちにも、友人にも風邪だと気づかれずに向かった溜まり場で、三人を待ちながら一人で棚の整理をしていた時だった。
入ってきた人物にいつも通り挨拶をして、笑顔を作ると不機嫌そうに顔をしかめ、暴言を吐かれた。
何でこの人はすぐにわかってしまうのか不思議に思いつつ、笑顔で言い返したのを覚えてる。
今でもすぐに気づいてくれるのだろうか。
そう言えば、この時何か約束をした気がする。
確かあれは一方的で、それでいてあの人らしい優しさがあった。
約束・・やくそく・・

「っ・・いってぇっ・・・!」

ふわふわとしていた意識から一気に現実へと引き戻された。
勢いでカバっと起き上がったが、目の前にあった白いモノに思い切り頭をぶつけ再度枕に倒れ込んだ。

「ってぇなクソダボ!!テメェーどんだけ石頭なんだよっ!?」

「ぇ・・さま、とき・・・?」

「サマをつけろや!テメェは俺様との約束も守らねぇで寝てるとはいい度胸だな、おい!!」

ぶつけた額を押さえながら、ベッドサイドで同じく頭を押さえ、睨み付けている左馬刻を見つめる。
体調不良のせいか、寝起きのせいか、それとも両方なのかは定かではないがまったく回らない頭で疑問点を解決しようと試みるが増える一方だ。

「いや、それについては謝る・・・でも、なんで此処にいんだ・・?」

「んなことも忘れたのかよ。クソガキが。この前テメェが合鍵の置場所教えてきたんだろうが」

「ぁ・・そうだったな・・・」

「ったく・・・おら、ガキ。早く着替えろや」

「は?」

実際二度寝する前に忘れていたので素直に謝罪を口にするが、弟たちが鍵を締め忘れるなどと言うと不用心な事はしないはずだと疑問の一つを投げ掛けたが、返された言葉につい先日の出来事を思い出した。
そして、ため息混じりに続けられた言葉に小首を傾げ、間抜けな声が出る。
その返答に苛立ちを隠さずに不機嫌そうな声と表情が返ってきた。

「昨日伝えただろうが。出掛けるって」

「いや、そうだけど・・・」

「着替える気がねぇならそのまま連れてくぞ」

「・・わかった・・・っ・・!」

訳もわからず仕方なく、ヨロヨロと布団から出て支度をしようと立ち上がるが上手く足に力が入らず前に倒れそうになり、きつく目を閉じたが感じたのは床の固さではなく、布の感触と嗅ぎ慣れた香りだった。

「チッ。テキトーに服出してやるからそこに座ってろ」

「わりぃ・・・」

ベッドサイドに座らされたので、服の場所を伝え、左馬刻の行動を眺める。
恋人とは言え、兄弟にさえあまり見せない洋服棚を見られるのは気恥ずかしい。
少し俯きながら待っていると普段の組み合わせと同じ物を取り出して来た。

「これでいいだろ」

「ん、わりぃな・・」

大人しく渡された服に着替えると『行くぞ』とまた催促されたので、立ち上がろうとしたが、何故か左馬刻が背中を向け屈んだ。

「ぇ?」

「歩けねぇんだろ。早くこい」

「いや・・・」

「うぜぇな。早くしろ」

「・・わかった・・・」

いきなりの行動に驚いているとまた睨まれる。
仕方なく返事をしながら前に倒れ込むように背負われる。
受け止められた背中に数年前によく背負われてた事を思い出す。

「懐かしいな・・・」

「あ?」

「なんでもねぇよ」

呟いた言葉に反応されたが誤魔化しつつ、少し首筋にすりつくと『暴れるなよ』と声をかけられたので小さく笑い、首に腕を回した。
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