Balla cane !

□半野良の看る夢
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獣の呻き声で刀磨は目覚めた。

四畳半の小さな和室の布団の中でそっと息を吐き出す。

いつもであったなら酔って帰ってきた「敵」の理不尽に立てる物音や罵声で目が覚めるのだが、今日はそれにしては静かな不気味な夜だ。

隣の部屋には自身が守ると決めた愛しい母と妹がいる。

今の獣の呻きはそこからだろうか?

ならば自分は行かねばならない。

自分はまだ子供で無力で、小さな妹の盾になること位しか出来ないけれど、母の笑顔さえ取り戻すことも叶わないけれど。

相手が「敵」だろうが、獣だろうが変わることはないのだから。

だから不気味な空気に怯える自分を叱りつけるように飛び起きて、刀磨は襖を勢い良く開いていた。

「お母さん!?沙姫!?」

愛しいものの名を呼んで姿を探そうと目を上げて、入ってきたのはどす黒い朱と白刃。

獣が朱の中でもがいていた。

ずっと憧れで、ずっと同志だった、今では「敵」になってしまった、

「お…父さん…?」

獣の呻き声を上げてもがく父。

何度と無く思ってきた。
自分がもっと強ければ、大人だったらやっつけてやるのだと。

それが、これは何なのだろう?

鉄錆びたムッとした香りに吐き気を覚えて刀磨は掌を口に当て、救いを求めるように視線をさ迷わせた。

その視線の先でその人は昔の様に微笑んでいた。
自分がどれ程に望んでも得られなかった笑みで。

血のついた白刃を手に微笑む母の笑顔を刀磨は理解できずにいた。

足首にギリッとした痛みを覚えて刀磨は夢から醒めたようにはっとなる。

朱の中に倒れてもがく父の手が、自分の足を強く握り締めていたのだ。

見れば、父の背にはいくつもの傷がついていて、あふれ出しているのは父の命そのものの血だ。

「刀・・・磨・・・・助け・・・」

ぜいぜいと酒と生臭い息を吐き出しながらかすかに父が呻く。

もう「敵」だなんだという考えは刀磨の頭から消えていた。
吐き気をこらえてがくがくと何度もうなずきながら助けを呼ぶために電話のほうに足を向ける。

熱い、堪え難い感覚が肩に走り、絶叫を上げて刀磨が床に転がったのは次の瞬間だった。

なんだかわからない感覚が、これまでに与えられたことのない激痛なのだと知ったのは叫びを上げている最中のことだった。

助けを求めて見上げると、そこには微笑んだまま自分に刃を突き立てた母の姿があった。

「だめよ・・・・刀磨・・・・」

声は穏やかで、それでも刀磨の絶叫を止めるには十分だった。

イタイ!イタイ!!自分も父のようになってしまうのか?
母の手で!

混乱する頭で刀磨は母を見上げ続ける。
恐怖の対象として母を見ることなど初めてのことだった。

「私達はね・・・・生まれてきちゃ・・・いけなかったの・・・・」

夢見るようなうっとりとした声で、母は言う。

「愛しているわ・・・。あなた。」

ゆっくりと刀磨から身を離し、ふらりふらりと、立ち上がることもなくもがき続ける父に歩み寄り母ははっきりと言った。

その白刃を父の頤に振り下ろしながら。

血飛沫が上がり、刀磨の頬や体を生暖かい血液が濡らす。

「あ・・・・あ・・・・ああああっ!!!!」

手を伸ばしていた。
父に向けて、母に向けて。

父はもう、ピクリとも動かない。
そんな父に馬乗りになり、母は微笑んだままだ。

どちらにも自分の声が届かないことを知って、刀磨は絶望を感じて叫びを放つ。

「あなた達なんか・・・・生まれなければ・・・良かったのに・・・」

ゆらりと母が体を揺らした瞬間。
幼い、自分よりも本当に幼い泣き声が耳に飛び込んできた。

「・・・・沙姫・・・・・」

母の声で、それが妹の声なのだと理解した瞬間、刀磨の体は突き飛ばされたように動いていた。
激痛によろめきそうになりながら、目を見開いて泣き喚いている愛しい妹にしがみつく。

いつも自分はこうすることしかできない。
自分はまだ子供で無力で、こうして妹の盾になることしか出来ないけれど・・・・!

守るべき妹。守るべき母。

激痛とそれよりももっと痛い母の言葉で混乱した頭のまま、それでもぎゅっと妹を抱きしめ、刀磨は母に懇願した。

「要らないなら・・・・!!消えるから!いなくなるから!沙姫を殺さないでぇっ!!」

ドアが不意に撓んで、沢山の大人達が入ってきたのはその時だった。警察の人も居るのが見て取れて、刀磨は救いを求めて手を伸ばす。

助けて!と、そう叫ぶつもりだった。
母が刃の向きを己の喉に変えるまでは。

吸い込まれるように母の喉に刃が消え、上がるのは、アカ。

「ああああああああぁぁあぁぁあっ!!!」

手を伸ばしたまま刀磨は涙も声も振り絞って悲鳴を上げていた。
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