■ いつめい ■

□貴方を愛していいですか?
1ページ/1ページ

その人は初めて見た時から強烈な印象だった。
キャッチャーであるオレの目から見ても他の投手に比べて格段にレベルが上で
その上、マウンドでのオーラが半端ない。
そんな人とバッテリーを組むことになったオレは苦労が絶えなかった。
自分のキャッチャーとしてのレベルの低さを痛感し、絶望感に近い感情に押し潰されそうになる。





しかし、その人はそんなオレに「ついてこれるか?」と言ってくれた。
その時の衝撃は今でも忘れられない。
少しでもこの人の最高の球を引き出せる人間になりたい。
その一心で頑張って来た。









なのに・・・・・。











マウンドに上がる鳴さんが見つめる先にはオレとは違う捕手が構えている。
その事だけでも許しがたい感情が押し上がってくるのに、その捕手は鳴さんが一番
輝くであろう配球を要求する。
本来、捕手は裏方だ。
それなのに目の前の捕手は信じられない存在感を放っている。
これ程まで投手に安心感を与える捕手を見た事が無い。
嫉妬に似た感情は一変し一気に敗北感に変わった。








「どう?一也、オレの投球いいっしょ??」






自信満々にそう言う鳴さんに御幸さんはニカッと笑う。





「本当にお前はスゲーよ」




さっきまでとんでもない球を受けた興奮を抑えられないみたいな雰囲気だったのに
今の御幸さんは飄々としていてどこか余裕があるように見える。
オレには出来ない切り替えの早さにますます落ち込んでしまう。
いつもオレとバッテリーを組んでいてそれが当たり前だと思っていたのに
そうではないんだとまざまざと見せつけられた気がした。
一通り二人は話した後、鳴さんはオレの方へとゆっくりと歩いてくる。
その様子は満足そうで足取りが軽い。
きっと今までに無い程、投げやすかったんだとわかって悔しさが込み上げて来た。















「なーんて顔してんだよ、樹」






そう言った鳴さんはオレの額にデコピンした。
痛さよりもそうされた驚きで後退りしてしまった。
そんなオレを見て鳴さんは不機嫌さを前面に出す。



「何??樹のクセに」
「な、何って・・・・」
「お前の為に一也の姿見せてやったのに」





鳴さんの言葉に耳を疑う。



(オレの為に・・・・???)




固まってしまったオレを見て鳴さんはフンッと鼻を鳴らした。





「いいキャッチャー見たら手本になるだろ??だからだよ」






好き好んで敵チームのキャッチャーに自分の球を受けさせないと。
全てはお前の為だと言われてオレは顔が熱くなった。
鳴さんがオレの為にそんな事をしてくれるなんて思いもしなかったオレは
歓喜で心が震える。
鳴さんはそんなオレに満足げな表情を見せて背を向けた。





「ほら、稲実に戻るよ。帰ったらオレの球受けてよね、樹」






チラッとこちらを見てそう言った鳴さんにオレは「はいっ!!」と大きな声で返事をし
鳴さんの元へと走り寄った。
















ずっとずっと一緒に居られるとどこかで思っていた。
だけど、別れはやって来る。







桜が舞い散る校庭には多くの卒業生がいた。
その中に鳴さんもいる。
いつも彼の周りには多くの人が居てそれが当たり前の光景だった。
それはこれからも変わらないと思う。






高校を卒業をして鳴さんはプロへと行く。
きっと今以上に皆に注目され、もっと輝くだろう。
そう思うと一気に遠い存在になる気がする。
今まで彼の目線の先にはオレが居た。
バッテリーとして彼と一緒にいる時間が多かったから余計に辛すぎる。
本当は今すぐに彼の元に行ってちゃんとお礼を言ってお別れをしたい。
なのに、どうしても足が動かなかった。
お礼を言ってしまったらもう全てが終わってしまう。



鳴さんが本当にこの学校を去ってしまう・・・。




ふーっと重いため息をついてオレは鳴さんに背を向けた。











そして、やって来たのは部室だった。
ここであった色々な事を思い出す。
初めて鳴さんと言葉を交わした事、衝突した事、怒られた事、褒められた事。
全てがオレにとってはかけがえのない思い出。
様々な事を思い出すと自然と涙が溢れ出す。
傍に居てもどこか遠い存在だった鳴さんがプロに行けばもう手の届かない存在になる。
単なる後輩で元バッテリー。
それはそれで凄い事だとは思うが、オレにはそれだけじゃ足りなかった。
憧れがいつの間にか形を変えて恋い焦がれる存在になっていた。
好きで好きで仕方ない。






「・・・・・好き、でした・・・鳴さん」






ぼそりと呟くと新たな涙が溢れ出しオレはその場に蹲り顔を伏せた。





「でしたって・・・・過去形なんだ??」





オレの頭上で声がして慌てて顔を上げると鳴さんがオレを見下ろしていた。
どうしてココに???
鳴さんの表情と雰囲気はオレの問いに答えなよと言わんばかりだった。





「だって・・・・卒業してプロになったら滅多に会えないし」
「会えないからって過去形になっちゃうんだ?オレって」
「いや、・・・・住む世界が違うっていうか・・・」
「オレの球をまた受けたいとか思わないワケ??」
「そりゃ、思いますよ!!誰よりも貴方の球を受けたいと!!だけど・・・」






口ごもるオレに鳴さんは派手なため息をついた。





「だったら追いかけて来なよ、樹」
「鳴さん・・・・・」
「お前って良い意味で諦め悪い所あるじゃん?それを活かせよ」





そう言って鳴さんはしゃがみ込むオレへと手を差し伸べた。
思わずまずまず見てしまう。
この手に自分の手を重ねて良いんだろうか???と躊躇うオレに痺れを切らした
鳴さんはオレの腕を掴むと無理矢理立たせた。
オレを真っ直ぐ見つめる鳴さんの瞳の強さに励まされ、オレは口を開いた。






「鳴さん」
「ん??」
「オレ、貴方が好きです・・・誰にも渡したくない」
「うん」
「バッテリーだけじゃ、もう満足出来ないので恋人にして貰えませんか??」





あれ程、言うべきじゃないと思っていたのにスラスラ出て来た言葉に自分自身で驚く。




(とうとう口にしてしまった・・・・どうしよう・・・・)





後戻り出来ない事をしたと思っても、もう遅い。
だけど、何故だか鳴さんの表情を見ていたら絶望感は湧かなかった。
まるで待っていたというその表情に。





「良いけど、オレは一度手にしたら手放さないタイプだから覚悟しとけよ?」





まさかの言葉に呆然とするオレを見て鳴さんは笑った。
そして、オレの腕を掴んで自分の方へ引き寄せるとチュッとキスをした。
ついていけない状況にますます固まるオレに鳴さんは目を細める。
その表情が優し過ぎてクラクラする程、眩しかった。






「オレもとことん愛しちゃうと思うので覚悟しておいて下さい、鳴さん」





されてばっかりじゃあ癪だと思ったオレは鳴さんを抱き締めて自分からキスをした。
唇を離すといつもの自信に満ちた鳴さんの表情があった。





「それは楽しみだね」





鳴さんのその言葉にオレも笑みが漏れた。






■END■


次の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ