からっぽの箱

□9話
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side. S




古そうな本が大量に積まれているこの部屋。

生徒と教師がソファで並んでお弁当を食べるのはまだセーフだろう。
密室であることと話している内容を除けば。

「お願いって、なにすればいいん?」

あの日の夢莉ちゃんの言葉の真意を知りたい。ここでただからかっただけですよ、と言ってくれたら本当にありがたいのだが。

『なにって、えっちなこととかですかね』

さらりと恥ずかしげもなく言われ言葉が詰まる。分かっていたけど分かりたくなかった。

「生徒と教師やで、あかんやろ」

『はいこれ』

見せられたスマホ画面には、紅潮した顔でぐったり眠っている私の姿があった。乱れた髪に、首のキスマークまで写っていて、誰が見ても熱い夜を過ごした後だと分かるだろう。

「なにこれっ、いつの間に撮って、」

焦ってスマホに手を伸ばすとひょい、と避けられ制服のポケットにしまわれてしまった。
お弁当を食べながらにやにや笑っている夢莉ちゃんを見て背中を嫌な汗が伝う。

『このとき気持ちよさそうでしたよね、先生』

「なっ、」

『初めて会った人にあんなに感じちゃって、淫乱なんですか?』

その言葉に顔に熱が集まるのがわかる。年下にいいように言われて顔から火が出そうだ。

「ちゃうっ、今まであんななったことないし、そもそも、ぇっ…ち、だってそんなしたことないし、淫乱やない…」

『へぇ』

意味ありげに笑った夢莉ちゃんが見つめてくる。

『それ、誘ってるみたいですね』

「は⁉なんでそうなるん」

『だって、私とが一番よかったって言ってるんですよね。それに経験少ないのにあんな乱れてたとか、すごいそそる』

そんなつもりで言ったんじゃないのに。
ますます恥ずかしくなってきた。

『今までは気持ちよくなかったんですか?』

耳に髪をかけられびくっと体が揺れた。そのままピアスを触られくすぐったさと共に変な気分になる。

「っ、痛いだけやった…彼氏が終わったら、イったフリして」

『自分ではしなかったんですか?』

「…たまに、中途半端で気持ち悪いときだけ。でもあんまよく分からへんかった」

『じゃあ、私としたときはどうだったんですか?』

人差し指で耳から首筋をなぞり、鎖骨で爪を立てられぞくぞくする。催眠術にでもかかったみたいに口が勝手に動いていた。

「…よかった、」

『今までで一番?』

恥ずかしさに耐え切れなくて膝の上で握った手に視線を落とすと顎を持ち上げられた。
目を逸らすことを許されずにそのまま答える。

「よかった、今までで、いちばん」

『じゃあいいじゃないですか。先生が黙ってれば、誰にもばれませんよ』

そう言って近づいてくる唇。なんとか理性を働かせ、触れそうになるすんでのところで体を押し返す。

「もし、嫌やって言ったら…?」

『そのときはさっきの写真を正門にでも貼り出しましょうかね。そしたら先生は、』

「私やなくて」

『…え?』

「私やなくて、夢莉ちゃんはどうするん?」

『わ、たし…?』

予想外の質問だったのか夢莉ちゃんの動きが止まった。逸らされた瞳の奥は揺らいでいた気がする。

『べつに、前みたいに誰が適当に探して、それで、』

彼女自身について聞いた途端、泣き出しそうなぐらい声が震えている。
ああ、そんな顔せんといてよ。
自分で言った言葉で、そんな痛そうにせんでよ。
ちゃんと嫌いになれへんやろ。
見ていられなくて、俯く顔を両手で包み込み持ち上げて唇を塞いだ。

『っん…』

「やったら、私でいい。私でいいから、もうこれ以上、傷つけんといて」

"自分のこと"
その一言は声にできなかった。


『先生はほんと優しいですよね。見ず知らずの誰かのことまで気遣うなんて』

違うよ。
私はそこまで善人なんかじゃない。
今だって夢莉ちゃんが私に興味を持ってくれてることを嬉しく思ってしまっているのだから。
再び開かれたその瞳は元に戻ってしまっていた。

『じゃあ、契約成立ですね』







文久さん、やっぱり私は彼女の優しさが分かりません。

でも、一人にしてしまうと消えてしまいそうなぐらい儚なくて。
間違っていると分かっていても、離れるという決断ができなかった。

『今日から先生の全部、私のものですからね』

そんな束縛するような言葉でさえも、私には哀しい悲鳴にしか聞こえなかった。


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