からっぽの箱

□5話
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ほんの遊びのつもりだった。

好奇心で片足を突っ込んでしまった子に優しくして、たぶらかして、引き摺り込む。会ったばかりでは不安そうな顔をしていたのに、日付が変わる頃には熱っぽい目で求めてくるのがたまらない。
私は少し大人びているみたいで、年を偽ってもたいして疑われなかった。みんなに好かれる懐っこい年下を演じていればころっと騙されてくれる。誰も私の中身なんてちゃんと見ていないから。

次の相手にメッセージを送る。趣味が合うのがよほど嬉しいようで楽しそうに話してくる。今回はいつもより簡単そうだ。







待ち合わせした公園に行くとベンチに俯いた女性が座っている。長い髪で顔が見えないな。きっとこの人だろうと近づいても考え込んでいるのか全く気付いてくれない。

「あの…彩さんですか?」

名前を呼ぶと肩が跳ねて顔が上げられた。驚いたのか硬直した彼女の瞳は大きくて宝石みたいにきらきらしてて、眩しくて目を細めてしまった。慌てて立ち上がり恥ずかしそうに作られた笑顔は綺麗なだけじゃなくかわいくて、こんなアプリなんか使わなくてもいくらでも相手がいるだろうに。
人見知りなのか最初は少し緊張していたけれど、遊んでいるうちにだんだん素の表情を見せてくれるようになった。
夕食に誘えば疑いもせずついてくるし、お酒を勧めれば素直に注文していた。
少し無防備すぎないだろうか。
いくら女でもそういう目的だとか思わないのかな。
彩さんは純粋すぎて心配になってくる。

『ふつーにフラれたで。重いんやって、私。恋愛向いてないねん』

切なそうに伏せられた目が色っぽく見えて。手を重ねると頬を赤く染めている。
これはアルコールのせいなのか、それとも…、
可哀想なぐらい震えた声。
ほんと、かわいそう。
ほんと、私なんかに見つかって、かわいそうに。


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