からっぽの箱

□4話
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side. S



あの後百花にからかわれながら喫茶店を出て急いで家に帰り、鏡の前で全身を確認した。
記憶ではお腹と首に数個だけだと思ってたのに背中や太ももにまで付いている。お腹の鬱血痕を指で辿ると、夢ちゃんの熱い捉えるような瞳を思い出した。

「…かおまっか」

鏡の中の自分は赤面した女の顔をしていた。







その数日後、無事大学を卒業した。
就職先への手続きや引っ越し準備やら慌ただしい毎日を理由にして、夢ちゃんとは全く連絡を取っていなかった。
ヴーと通知が鳴るたびに期待して落胆するのもそろそろやめたい。

"明日何時やっけ?"

'7時。ちゃんとスーツ着ないとあかんからな'

"めんど"

同じ職場で働くことになった百花に釘を刺してホームボタンを押す。目に入ったアイコンを見てため息をついた。
忘れよう。あれはそれこそ夢だったんだ。
こういうのは職業柄よくない。
ぐっと長押しして表示されたバツを押す。
綺麗にデータの消えたスマホを恨みがましく睨んだ。
あんたはいいなすぐ忘れられて。
明日話すことを確認して早めに布団に入る。
目を瞑り、脳裏に浮かぶ人を必死に消しながら眠りについた。















side. Y

冷たい床に座って校長先生の長話を聞かされる。子守唄にもならない雑音を聞き流して、こくこく船を漕いでいると周りがざわざわしだした。うるさくて目を開け壇上を見ると新任教師を紹介しているようだった。黒髪短髪の人が挨拶している。女子がきゃあきゃあ色めきだっているけど、あれ女性じゃないか?かっこいいけど。まだ半分寝ぼけた頭で見ていたが、次にマイクを持った人を見て完全に目が覚めた。

『前任の近重先生に代わって日本史を担当します。山本彩です』

小柄でロングヘア。きらきら光を纏った瞳。
スピーカーを通して聞こえる少しハスキーな声。にこりと可愛らしい笑顔を作った美人は紛れもなくあの夜私の下で妖艶に乱れていた彼女だった。こんな偶然あるのだろうか。背中の引っかき傷が疼いた。
だけど…

「本名はあかんやろ…」

騒がしい体育館でぽつりと呟き、じっと彼女を見つめた。


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