からっぽの箱

□2話
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side. S



あの日酔った勢いと好奇心でダウンロードしたアプリに友達募集と登録する。すぐに何件も送られてきた下心丸出しのメッセージ。
女同士でもこんなのあるんやなーなんて思いながら見ていくと、ひとり気になる子を見つけた。

「ゆめ…ハタチか…」

三歳年下のその子から送られてきた文章はしっかりした言葉遣いで好感を持った。
何度かやりとりしていくうちに、漫画やアニメ、アクセサリーなど趣味が合うこともあってすっかり意気投合していった。

"彩さんと話してると楽しいです"

'私も!最近こーゆー話あんまできひんかったから夢ちゃんと話してると楽しいわ'

"よかったです。あの…もしよかったら今度会いませんか?もっと彩さんとお話ししてみたいです"

二週間ほど経った時だった。
毎日他愛もないやりとりをしているなかで唐突に言われた。







「じゅうよじにじゅうろっぷん…」

待ち合わせした公園のベンチに座ってスマホの時計を確認する。
安定堅実な人生を歩んできた自分が、こんな行動をとるとは思わなかった。あれから迷いはしたものの、アプリとはいえ新しくできた友達に会いたいという欲には勝てなかったのだ。
もうすぐ来るはずだけど大丈夫だろうか、もし騙されてたらどうしようか。一分一分待ち合わせの時間が近づくたびに不安は増していた。




『あの…彩さんですか?』

急に頭上から降ってきた声に思わず肩が跳ねる。ぱっと顔を上げると、ふにゃりと柔らかい笑顔と目が合った。

「…あ、はい!彩です。えと、夢…ちゃん?」

ぱっちりした二重に綺麗な鼻筋。整った中性的な顔立ちと優しげな笑顔に見惚れてしまった。慌てて立ち上がると自分より10センチほど身長が高い。

『ふふ。はい、夢です。今日はよろしくお願いします』

「こちらこそよろしくお願いします。…夢ちゃんすごいおしゃれさんやな。かっこかわいい」

『そうですか?ありがとうございます。でも彩さんのほうがかわいいですよ。勝手にかっこいい感じの人かなって思ってました』

古着っぽいボーイッシュな格好でショートカット。一瞬男の子に見えた。褒めるとだぼだぼの袖で口元を隠して照れ臭そうに笑う。

「普段はパーカーとかも着るで?今日はワンピースの気分やってん」

『すごく似合ってます。かわいい』

真っ直ぐ見つめられてこっちまで照れてしまう。褒められるのは照れんのに褒めるのは照れないのだろうか。思わず目を逸らすと、じゃあ行きましょうかと促されて歩き出した。




夢ちゃんのおすすめだという古着屋さんを見てまわる。キラキラ目を輝かせて服を見る夢ちゃんはだいぶかわいい。

『彩さんこれ絶対似合いますよ』

渡された服は私好みで、試着すると、かわ。と言いながら写真を撮っている。

「確かにこの服かわいいよな。ここのパッチワークとか…」

『服もですけど彩さんがかわいいです』

まただ。夢ちゃんは人を褒めてしまう病気にでもかかっているのだろうか。ありがと、と言って試着室に戻って着替える。
満足のいくまで見て回り古着屋を出ると、夢ちゃんはたった今出た古着屋の紙袋を手にしていた。

「あれ、いつのまに買ったん?」

『彩さんが変な帽子見て爆笑してる間に買いました。あの服似合ってたんで、もしよかったらどうぞ』

「え、私に買ったん?あれ高かったやろ。お金払うわ」

『いえ、私が勝手に買ったんで。それに今日付き合ってくれたお礼に』

「ほんまにええの?」

『はい。迷惑じゃなければ』

「じゃあお言葉に甘えて…ほんま嬉しい。ありがとう夢ちゃん」

そう言うとまた照れ臭そうに目を細めて口元を押さえた。

それからぶらぶら歩いて目に入ったゲーセンに行ってUFOキャッチャーに大惨敗したり、変なガチャガチャを回したり、プリクラを撮ったり。夢ちゃんとは何か特別なことをしなくても楽しくて時間があっという間に過ぎた。


「いっぱい笑ったらなんかお腹空いたな」

『ですね。この辺に美味しいイタリアンのお店あるんです。晩ご飯にはちょっと早いかもですけど、そこ行きませんか?』

「行きたい!なに食べよっかなーピザかなーいや、パスタも捨てがたい…」

なにを食べようか悩んでいる私を、夢ちゃんはにこにこしながら見てくる。よく笑うけど落ち着いていて、年下のわりに包容力があるのでついはしゃいでしまっていた。
これはいかん年上らしいことをと思い、夕食のお会計は私が払うと宣言する。そんな私を立てて、じゃあお言葉に甘えてと素直に言う夢ちゃんは、どうやら年上の扱い方も上手らしい。






歩道でさりげなく道路側を歩いたり、人にぶつかりそうになったら手を引いてくれたり、お店についてからはドアを開けて先に通してくれたり。
今日一日いっしょにいただけでもそれは明らかだった。

「夢ちゃんモテるやろ」

『へ?』

ピザと一緒に頼んだワインを飲む。
頼んだパスタをおいしそうに頬張っている夢ちゃんにそう言うと目をぱちくりさせて間抜けな声を出した。ハムスターみたい。

「彼氏か彼女おるん?」

『いやいや別にモテないですよ。恋人もいないですし。私より彩さんのほうが絶対モテてるでしょ』

ぶんぶん首を横に振って否定された。今度は犬みたい。

「私もモテへんよ。彼氏にもこないだフラれたばっかやし」

『え、彩さんのことふる人いるんですか』

「なんやそれ。ふつーにフラれましたよ。なんか私重いみたいでさ。向こうに負担かけてたみたいで、浮気されてん。私、たぶん恋愛向いてないんやと思う」

初対面の人にいつもならこんなこと話さないのに、夢ちゃんには弱音をこぼしてしまった。きっと彼女の穏やかな空気がそうさせたのだ。

『でもそれってそれほど相手のこと好きってことですよね。…私だったら嬉しいのに』

夢ちゃんは結構な頻度で恥ずかしいことを言ってくる。それも真剣な顔で言うもんだからこっちが恥ずかしい。紛らわせるためにグラスをぐっと傾けてワインを流し込んだ。顔が熱い。きっとアルコールのせいだ。

『忘れさせてあげましょうか?』

「え?」

じっと綺麗な瞳に見つめられる。
夢ちゃんの手が私の手に重ねられた。ちょっと骨張った細い綺麗な手だ。反射的に手を引いてしまった私を逃さず、指を絡めてきた。

『そんな男、私が忘れさせます』

夢ちゃんの指先、短く切りそろえられた爪が私の手の甲を掻いた。その口元は怪しく弧を描いている。
いよいよ私の心臓は制御が効かなくなってきた。耳の奥でうるさいほどに脈打っている。

「な、に言ってんの…そんなん…あかんよ、夢ちゃんが…、それに私は、」

『大丈夫です。なにも心配しないで。彩さんは今日、酔ってたんです。明日になったら、忘れてるんです』

どこか言い聞かせるような言葉だった。
流されて、いいのだろうか…今日初めて会った子と、年下の、しかも女の子と。
自分の憂さ晴らしに夢ちゃんを利用するようなコト。思いもよらない非日常は、私の現実的な思考を無視して変な気持ちを掻き立てる。

酔った頭でぐるぐる考えながらあの日の百花の言葉を思い出した。
やっぱりこんなアプリいれなきゃよかった。


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