からっぽの箱

□1話
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side. S





『で、最近あいつとはどうなん?』

くたびれたサラリーマンが仕事の不満を発散しようと馬鹿騒ぎする、酒と煙くさい匂いが充満した居酒屋。
女子大生だけの夕食には選ばないような店を好き好んで選んだ百花は、ずけずけと聞いてきた。

「…誰のこと」

ちびちびカシオレを飲みながら、ビールで染められた赤ら顔をちらりと見て言う。

『彼氏や彼氏。…あ、まさかまたフラれたんか』

「るさいわ。あー、また重いって言われたー」

かわいい今どき女子と腕を組んでた元彼に先日言われたことを思い出した。

『まあでも今回は続いたほうなんちゃうの。5ヶ月ぐらいやっけ』

「…2ヶ月やけど」

『あらそれはかわいそうに』

にやにやしながら言ってくる。
酒の肴ぐらいにしか思っていないに違いない。

「…百花は?三田とはどうなん?」

高校時代からの悪友は一目惚れされた後輩と付き合っている。確かこの前喧嘩したとかどうとか。

『あ?あいつはうちにベタ惚れやわ。
今日はあっちも飲み会とか言っとったな』

「もう仲直りしたんや」

『べつにあいつが勝手に拗ねとっただけやし』

不服そうな顔をしてビールを煽るこいつは女グセが酷かったけど、三田と付き合ってピタリと止んだところを見るとベタ惚れなのはお互い様なのだろう。
仕返しとばかりににやにや見つめてやったら睨んできた。

『それより彼氏おらんくて欲求不満やないの』

予想外の質問が飛んできて焼き鳥が喉に詰まりかけた。百花にはデリカシーというものがない。

「っは、はあ⁉」

『お、図星か』

「ちゃうわ!…べつにそーゆー目的で付き合ってたんちゃうし」

体の関係はあるにはあったけれど、元彼との行為は私はどうも好きではなかった。そんなことを正直に言ったら、きっと百花は目を輝かせて詰め寄ってくるだろうから言わないでおく。

『えー、大事なことやろ。あ、いいアプリ教えたろか』

「いやいいわ。絶対よくないわ」

『これな、結構人気なんやで。安全性高いしかわいい子多いし』

話を聞かない百花が見せてきたスマホ画面には、いわゆる出会い系とかいうアプリが表示されていた。
レズビアン向けの。

「いや私そっちちゃうし」

『でも偏見はないやろ。物は試しやって。男と違って妊娠の心配せんでいいし』

人には無限の可能性があるんやで、だとか変なことまで言い始めた。いよいよアルコールが限界まで回ってそうなところを見て、店員さんにお冷をお願いした。

『あ、それともうちが相手したろかー』

「飲み過ぎやわ。三田に言いつけんで」

『冗談やって。やめろやあいつ拗ねるとめんどいねん』

枝豆を食べながらぶつぶつ文句を言う百花をそろそろ帰るように促す。素直に従うのは、早く帰るように三田にもさんざんくぎを刺されたからだろうな。

『ま、気ぃ向いたら使ってみてや。そのアプリやったらふつーの友達探しとかでもいいみたいやし』

うちは全部ワンナイト用やったけどな。と、けたけた笑う酔っぱらいをタクシーに乗せて見送り、まだ夜はこれからと言わんばかりに煩い居酒屋通りを歩く。

「寒いな…」

二月下旬の夜の寒さが少しのアルコールで暖まった体を容赦なく冷やしてくる。
ポケットからスマホを取り出して検索する。
まあ、ただの友達探しならいいか。
画面に表示されたアプリを見てそんな言い訳じみたことを呟く。



この時の未知の世界への好奇心は、私のこれからの人生を大きくかき乱すことになった。


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