短編

□シオン
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"大きくなったら僕のお嫁さんになって!"



絵具をひっくり返したような青空に居座る入道雲が、ちっぽけな二人を見守る。

暑さに見合わない透き通る白い肌の男の子が、麦わら帽子の女の子に笑顔で言った。

嬉しそうに笑った女の子は男の子の手を取って駆け出す。

そのまま二人はずっと遠くへ行ってしまって、残ったのは薄紫の一輪の花と私だけだ。

その花を取ろうとして手を伸ばすと、足元が崩れ落ちて真っ逆さまに落ちてしまった。









けたたましい音で現実へと引き戻された。

来客を告げるそれに飛び起きて応答すると、宅配便が届いたようだ。荷物を受け取り、ソファに腰掛け慌てた心を落ち着かせる。
届いたダンボールを開けると、お菓子にジュースにぬいぐるみ。それからお花まで選り取り見取りだ。毎年この時期はこれらの処分に困ってしまう。





前世。

この世界では、自分の前世である故人に贈られたお供え物が送られてくる。
ほとんどの人は前世から100年以上経っているので親族も亡くなっていて届くことはないが、前世で早くに亡くなってしまった人にはそれを惜しむ親族や友人からのお供え物が贈られてくる。
きっと私もそうなのだろう。
だけど前世の自分を知る由もないし、前世の知り合いなんて会ったこともない。他人のことでしかないそれはどうにも面倒でしかなかった。


幼い頃の私は誰かを探して、その人が近くにいないと分かると泣きじゃくって手に負えなかったと最近になって母が教えてくれた。
成長するにつれて記憶は薄れて、今ではその当時のことも全く覚えていない。

けれど、12月1日。
誕生日の前後一週間近くは必ず毎日夢を見る。目を覚ますとその内容はすぐに散ってしまって、孤独感だけがいつも胸に残る。

仕事道具を詰めたリュックを背負い、ぐっと目深にキャップをかぶった。
少し遠いけど運動不足解消がてら歩いて現場に向かう。まだ夢の中みたいにふわふわする体に力を入れ直して足を動かした。


今日はひよっこの私が担当するには有り難すぎる仕事だ。今話題になっている女性シンガーの特集の撮影。
現場入りして挨拶して回っていると、ご本人様が到着したみたいだ。

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

『あ、こちらこそよろしくお願いし、ます…』

振り返った彼女の営業スマイルが、私の姿を捉えた瞬間崩れた。
肝を潰したような顔をしたと思ったら、大きな瞳からぽろぽろと滴がこぼれ落ちた。

「えっ、ちょ、山本さん?どうしたんですか?」

ぎょっとして声をかけたが耳に届いていないのか、私の顔を見つめて涙を流し続けている。周りのスタッフも何があったのかと集まってきてしまった。
どうしよう。
何か失礼なことをしてしまったのか?

『っ、ゆう、り?』

「はい!…え、あれ、名前教えましたっけ?」

勢いで返事をした後で名前をまだ教えていなかったことに気づいた。それなのに山本さんは私のことを知っていて、きょとんとしている私に飛びついてきた。急なことに動揺していると、さらに強く抱きしめられる。

「あの、山本さん?これは…」

『ゆーりっ、っふ、…おかえりっ』

ぱっと顔を上げたと思ったら、眉を八の字にした涙でぐしゃぐしゃの顔で言われた。
なんのことだかさっぱり分からなかったけど、初めてあったはずの山本さんの声がどこか懐かしく感じて。

「え、っと…た、ただいま?」

まだ泣いている山本さんを落ち着かせようと頭を撫でると、目を細めてふにゃりと猫みたいな笑顔を浮かべた。

「…っ、」

至近距離でのその笑顔に、自分の顔がどんどん熱くなっていってる。変に心臓は煩いし、背中に汗までかいてきた。
おかしい。なんだこれ。
ぶわっと体が沸き立って、やたらと山本さんがきらきら輝いて見える。

『…ゆーり?』

潤んだ瞳に不思議そうに見つめられて、もう心臓は持ちそうにない。
熱くて幸せな感情が頭の中を渦巻き、思考停止した脳が勝手に口を動かした。


「っ好きです!」


言ってしまってから、さあ、と血の気が引いた。なんてことを言っているんだ私は。
山本さんはぽかんとしていたけど、すぐに弾けるような笑顔で言った。


『私も、ずっと前からゆーりのこと大好き』


その言葉で記憶の奥底の何かが開かれた。
それが私のものなのか、それとも前世のものなのかは分からないけど。
今までの日常が変わっていくことだけは確かに分かった。


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