アイナナ
□気づいたら死んだことになってた
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とあるネット記事より抜粋
“一年前、七瀬陸は死んだ。
イギリス旅行をしていて、日本へ帰国するために空港へと向かう最中のことだった。乗っていたタクシーの上へ建設中のビルから鉄骨が落ちてきたのだ。
…即死だった。
遺体の破損はひどく、手に持っていたパスポートと日本へ向かう飛行機のチケットがなければ身元がわからないほどだった。
人気アイドルの突然すぎる死に、日本中は悲しみに包まれ──”
一人の赤い髪の男が、うつむいて目を閉じ静かに息を吐いた。
そして、
「…オレ、生きてるんだけど…」
赤い髪の男──七瀬陸は、そう言った。
***
どうしてこんなことになった。
思わずそう叫びたくなった。落ち着こうとするが、全然落ち着かない。むしろこの状況で動揺しない人なんているのか。混乱する頭を整理するために、とりあえず自分が死んだ心当たりが無いか確かめる。
「一年前、か…」
確かに一年前に事故に遭った。でも、タクシーの上へ鉄骨が落ちてぐしゃっというような悲惨な事故ではなく普通に交通事故だった。その事故のせいで不幸なことにオレは今の今までずっと記憶喪失になっていた。
自分のことをようやく思い出せたと思ったら、自分は死んでいた──ひどい話だ。
ちなみに、オレを轢いてしまった人が記憶を失ったオレを引き取って自分の息子のようにかわいがってくれたので、衣食住に困ることは無かった。
言葉は多少困ったが、イギリスで暮らしながら必死になって英語を習得したことにより、今ではペラペラ話すことができる。人間追い詰められるとわりとなんでもできるようになるものだな、と実感した。
『ナナセ、晩ご飯ができたわよ』
『あ、はーい!』
ナナセは今の自分の名前だ。病院で目を覚ましたときオレは自分の名前を聞かれたが、全く思い出せなかった。
がんばって絞り出した結果、ナナセということだけ思い出せた。
しかしナナセというのは姓でも名の方でもありえるし、そもそも本当に自分の名前なのかすら怪しかった。
それでも唯一思い出せたことなので、ナナセが姓か名かというのは置いておき、とりあえず名として使うことにした。
姓の方はオレを引き取ってくれた人のものをもらった。
今のオレの名前は、ナナセ・リリーだ。(ちなみにリリーというのはヨーロッパの女性名でもあるが、苗字でもある)
リリーが苗字でナナセが名前であるが、日本人が聞いたら七瀬リリーという名前に思われそうな名前だなぁ、といまさらながら思った。
『今日はナナセの好きなオムライスよ!』
『本当ですか!?嬉しいなぁ!』
オレを引き取ってくれた人はとても良い人だ。お母さんというよりおばあちゃんと言ったほうが良い年齢の女性で、オレは彼女のことを奥さんと呼んでいる。
とりあえず、今は混乱していてうまく考えられないので、目の前のオムライスのことだけに集中した。
ご飯を食べ少しは落ち着いたので、陸はリビングでぼうっとテレビを見ながらこれからどうするかを考えた。
記憶もだいたい戻ったし、できればアイドリッシュセブンに戻りたいとは思っている。
でも、自分は喘息を持っていて、メンバーにとってお荷物になっていた。それ以外でも迷惑をかけることがあったし、もしかしたらオレが抜けて清々したかもしれない。
…もし、“陸が抜けた後のアイドリッシュセブンの方が良い”と言われたら。もし、皆がもうオレのことを忘れていたら。もし──そんなことばかり考えてしまう。
「どうしようかなぁ…」
まだ答えは出そうにないので、今日のところは寝ることにした。
いつもと違う様子のオレに奥さんは気がついたみたいだが、ありがたいことに何も言ってこなかった。