五条

□愛してない
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1週間ぶりに職場に戻ると押しかけていた虎杖くんが私に平謝りするのでわざわざ職場に来てまで謝るなんて彼の教え子なだけあるなと微笑ましく思った。

彼とはあれからなんとなく気まずくなったわたしは彼を避けるようになった。

わたしを家まで送り届けようと仕事終わりにはいつも迎えに来ていたがその背中を見つけると反対の出口からひっそりと彼を置いて帰った。

私を助け出すことができなかったと後悔と反省ばかりの自分を責める彼の顔を見るのがつらいのか。
思い寄せられるには値しないと思うからこそ突き放したくなるのか。

そんなことを考えながら自宅に着くと見覚えのある人影を見つける。
ホワイトカラーのトンガリ頭に190センチ以上はあるスタイリッシュなイケメン。
げっと思ったころにはもう遅く彼が私のほうに駆け寄ってくる。

「探したよっ、よかった」

「なんでいるの?」

「なんでって、電話も出ないし、迎えに行ってもいないし、ここまでしないと君は会ってくれないと思って」

「帰って」

なんで私にそこまで固執するの?

「話したいんだ、おねがい」

私は黙って玄関のドアを開けると彼はその後ろをついてくる。

「僕が助けられなかったからだよね」

「それは関係ないよ」

「結婚しよって大口叩きながら肝心な時に助けられなかったから怒ってるんじゃないの?」

「だから!そのことと悟さんは関係ないよ」

じゃあ、なんで!と声を荒げるので吊られてわたしもボルテージがあがってしまう。

「あんなに愛してるって言ってくれたじゃないか、ずっと一緒にいようって、でも、僕のベッドに君がいるとき、知らない人のように思える時があったんだ。愛してるのか僕に消えて欲しいのかわからない」

「愛してないっ、わたしの前から消えっんんっ」

言うなと彼が私の唇を塞いだ。
何度も角度を変えて深く交わる吐息。

「どんなに◯に拒絶されても、どんなに激しく罵しられたって、僕の君への愛はのどを掻きむしりたくなるほど熱くて甘い」

「愛してるんだ・・・◯」

彼は私の頬を撫でるといつのまにかマスクを取った瞳で私を愛おしそうに見つめる。
彼はおもむろに立つと台所からなにかを持ってくる。帰ってきた彼の手元には包丁。それを私に握らせると自分の首につきつけた。

「僕に消えて欲しいなら◯が僕を殺して。」

「悟さん、おかしいよ」

「◯が僕をおかしくさせるんだ」

徐々に力を入れるので刃先当てた白くて綺麗な肌に血が滲みはじめる。

「◯に出会ってから、僕の人生は◯のものだ。君のいない人生はあってもないようなものだよ。生きる意味も、自信もない。だから◯が僕を殺して」

彼は真顔で真っ直ぐと私を見つめるとさらに力を入れて横に引こうとする。

「だめっ!やめてっ!!!」

「じゃあ、俺と結婚してくる?」

「する!するからやめてっ!」

半ば投げやりに言葉を吐き捨てた。
彼はその言葉を聞くとその凶器を捨ててすかさず私にキスをすると、やったー!とさっきの真剣な面持ちはどこへやら。
通常運転の御尊顔。
狂気である。
プチンときたわたしはソファーにあったクッションを持ち、ごめんと謝る彼を無視して何度も殴り続けた。
敗れたクッションから羽が飛び出て舞う様子はまるで映画のワンシーンのよう。
息が上がりクッションの羽もなくなってしまったので近くにあったカバンに持ち変え彼の左頬に思いっきり叩きつけると見事に降った飛ばされる彼を見てスカッとした。

「人の気持ちを弄ぶなんて最低」

と意気消沈した私はその場に座り込む。
最後のは効いたとうめきながら羽の中かから起き上がる彼はまるで天界から間違って落ちちゃった天使みたい。

「なにしても◯が僕のところに落ちきてくれないからああなっちゃった」

テヘッと笑うと私を横抱きにするとそのままソファーに座る。
いつも余裕そうにしているのにそこまで必死になるなんて。

「人の気も知らないで、最低よ、、、」

わたしは彼がいつか目の前からいなくなるのではないかと悩み苦しみやっとの思いで離れようとしたのに、自分と離れるなら僕は消える。なんて、

そんなこと言われたら離れなくなるじゃない。

最大級な愛の告白のように見えて、最悪の呪いをかけられたみたい。

これはもしかして術式なのか?

最悪と笑顔をこぼれる。

なぜかホッとした私は彼の胸に頭をもたれる。

「あれ、、、意外に成功?」

彼は少し驚いたように笑うと私の頭を撫ではじめた。

「普通ならやばいやつってそれこそほんとに振られるかもね」

そうだよねと頭を垂れて落ち込んでいる様子。

「2年前に振られた時は、絶対僕のもとに戻ってくると思って君を送り出すつもりで君の背中を見届けたんだけど、
僕以上に◯を愛せる人はいないと思ってたしね」

「いまもそう思ってる?」

「もちろん」

嬉しくて彼の首に両腕を回して首筋に顔を埋める。
ベルガモットとウッディの香りにくらくらする。
こうするのは別れて以来だ。
彼が仕事をしてるときも家事をしてくれてるときも歯を磨いてるときも眠ってるときも、嫌な顔をされたことは一度もなく、彼は嬉しそうに笑って私を抱きしめ返してくれた。
それがないと不貞腐れるくらいに。

「でも、もうあんなことしないでね」

「はい、◯ちゃんが僕と結婚してくれるなら」

本当に反省してんの?とちょっと怒って見せるとごめんなさい、もうしませんとすかさず謝罪してきた。

「いいよ、悟さんと結婚してあげる」

へ?と拍子抜けの御尊顔。
いやあんたが散々おねがいしてきたんでしょっ!

「そのかわり、私の前から突然いなくなったりしないでね」

そんなこと?とでも言うようにキョトンすると

「大丈夫、僕、最強だから」

と自信満々に笑った。
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