One day

□レイニーブルー
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「カラム……」
黒髪に雪のように真っ白い肌。小さな顔に大きな黒目。そんじょそこらの女子より遥かに可愛い顔が、ふんと鼻を鳴らしながら私を見下ろしていた。
「この国に挨拶代わりに殴る習慣はないわよ、気を付けなさい」
「どの程度の護衛が必要か確認しただけですよ」
しれっと言うけれど、カラムの拳を受け止めた私の手は痺れていて。
毎回ながらこの、純粋なまでの嫉妬とゆうか私を排除したがる感情には感心する。
「カラムが来たってことはクリスは帰国?もう少し色々改善させないとあの子は使えないわよ」
「国ではあれほど抜けた状態ではないんですがね。まぁあなたが教育係りを再開してくれるし、いい環境だと思います、国だと目立ちすぎるので彼は」
カラムの服装はノーネクタイのスーツ。華奢な肢体に黒いシャツが肌の白さを一層ひきたてていた。
就活中の学生という設定なんだろうか……
目立つとしたら、彼も相当なものなんだけれど、それを指摘すると面倒なことになるので黙っておく。
「私はもうその立場ではありません、クリスの上司はあなたでしょう?クリス相手だと指導ができないのはあなたなんじゃないの?押し付けられても困ります」
かっとカラムの目の色が熱を帯びる。
でも私の強い目線を浴びるとぐっと口をつぐんでしまう。
相変わらずほんとに……このDNAに弱い……これじゃあクリスの指導なんてまともにできないだろう……
「とにかく……クリスの護衛はあなたが警告に対してきちんとした対処を行っていただければ終わることです。現在反勢力がヨーロッパ諸国に潜んでいる情報が入っています、反勢力のアジトと規模が把握できるまであなたは各諸国には行けません。それとあちらに繋がりがある人物との関わりは絶ってください、利用される恐れがありますので」
「……私になんの利用価値が……あるというの……」
もうただの学生でしか……ないのに……
「愚問ですね。あなたの存在そのものが、です。削除できるものならしてさしあげたいですが、僕はね。ユンホ様が全ての王であるべきなのに……!腹立たしい!」
だんっ と床を踏みつけると、私の腕を掴んでぐっと引き寄せる。
「迅速な対応を。ユンホ様を差し置いてご自分だけ幸せな生活を築こうなんて夢をよく見れましたね?こんな女に囚われているイェソンも愚かだ!」
息がかかるほどの距離で吐かれる憎悪に満ちた台詞。
ビシビシと私の胸に突き刺さる。
「カラム氏!ヌナに何をっ」
クリスの声が響き、カラムの手が離れると同時にクリスに抱きこまれた。
「ヌナ、大丈夫ですか。カラム氏、ヌナの護衛は僕が専任と聞いていますが」
クリスの腕越しに見えるカラムの顔が、すうっと能面のような無表情になる。
「反勢力の動きがK国で確認された。あんな様がどれだけの危機感をお持ちか確認しに来ただけだよ。動きはともかくかなり心は平和ボケされておられるようだ、クリス、そのあたりきちんと監視するように」
言い捨てると、踵を返し講義室を出ていった。
「ヌナ、すみません、戻るのが遅くなって……」
クリスがそっと私を椅子に座らせる。
「でも、カラム氏が直々に動くなんて……今日はもう帰宅しましょう、本当に危ないのかもしれません」
クリスが私の背を撫でながら言った時。
「さいってーー!」
甲高い声が間近から聞こえ、
「ヌナ!」
バシャっと水音が響いた。
クリスが庇った腕の隙間から、何か降ってきて。
(え、狙撃された?)
「ちょっと!ジョンアそれはやりすぎ!」
「なんでよっ最低じゃんこの女!さっきから男とベタベタしてて!大体こんな年増とオニュ君が付き合ってること自体がが騙されてんのに!」
目の前には、見覚えのある制服姿の女子と……うちの大学生だろうか小柄で髪の長い女性が揉めていて。
女子高生の手には炭酸飲料の缶が握られている。
頬につたう感触の正体がわかった。
「最低なのはどちらだ。いきなりこのようなことをするなんて、死」
クリスの殺気に素早く立ち上がり、クリスを背後にまわす。
「クリス、いいから」
「ヌナ!」
「とりあえず、私に何か用なら聞きます。ただ、その前にあなたが汚した設備を綺麗にしてください」
この子確かアクアリウムの実行委員会にいた子……オニュの名前を出していたからファンなんだろう……
「ほら、ジョンア、ちゃんと謝って」
「なによ偉そうに!あんたが何してたか全部オニュ君に言ってやるんだから!」
ジョンアと呼ばれた女子高生はポケットからティッシュを取り出すと床に叩きつけ、
「あんたなんかオニュ君に絶対似合わないから!」
そう叫ぶと講義室を出ていった。
「ちょ、ちょっと、ジョンア!本当にすみません!」
残された女性が慌ててそのティッシュで床を拭き、大半はクリスのカーディガンにかかった液体を拭おうとハンカチを出したが、クリスはそれを制しカーディガンごと脱いでしまう。
その際に小声で私に囁く。
「ヌナ、声楽科のクォン・ボアです、オニュ氏とは親戚になり幼い頃から交流があるそうです」
ボア、その名前に聞き覚えがあった。
知り合いのお姉さんで歌がうまいんだよ、と何度か会話の中にいたっけ……
「本当にごめんなさい、あの子ダンスクラブの後輩で……私があなたと同じ大学って聞いて捜すの手伝ってって乗り込んできたんです、でもここまでひどいことをするとは思わなくて」
ぺこりと頭を下げると、一歩下がって
「でも、オニュを傷つけるようなことはしないでやって下さい。オニュは……本当にいい子で……純粋だから……自分以外にあなたを守ろうとする人がいるってわかったら、ショックだと思う……」
しっかり私の顔を見てそう言うと、もう一度頭を下げ去っていく。
彼女の長い髪と、意志の強そうな眉と聡明な瞳が心に残った。
「ヌナ、帰りましょう」
私はクリスの言葉にゆっくり頷くしかなかった。



オニュside



「オニュ、次の最終選考会の歌決まったのか?明日から練習しねぇと……いくらユファンさんに気に入られても、留学先の大学がOK出さないと、なんだぞ!」
「あー、う、うん……」
あれから呆然とする僕はジョンヒョンとキーに連れ出され、キーが一人で暮らすアパートにいた。
「ねぇ、僕からヌナに連絡とろうか?」
キーの部屋なのに我が物顔でリビングに陣取り、パソコンを持ち込んで作曲作業をしているジョンヒョンの隣からキーが声をかけてくれる。
キーも新しく立ち上げるブランドの準備が大詰めらしく、沢山のラフを片手にうんうん唸っていて……
頑張っている友人二人を前に僕は……
ヌナへの疑惑で一杯な自分が情けなくて、でもどうしようもなくて……
先生に渡された候補の曲リストをぼぅっと見つめるだけで……

だって、ジョンアの言葉が本当ならヌナは僕に嘘をついてて……
やましいことがないなら友達と会っていた、でいいんじゃないの?
それが言えないのは……?
それとも、もうその相手のことを好きになってしまった?
それを言い出せないから隠すの……?

「あーだーっもっ、まだるっこしー!お前とヌナの関係なんだから、自分で聞けよ!」
ジョンヒョンがばんっと僕の肩を叩いて、僕の携帯をつき出してくる。
「そんなの、なんて聞くの、難しくない?」
慌ててキーが割り込んでくる。
「他人の話に振り回されんのが一番馬鹿らしいだろ。ヌナに電話しろよ、会って聞けば?」
そう言うが早いか、勝手にかけてしまうジョンヒョン。
「ちょまっ、ジョン!」
『 ……はい、オニュ? 』
「わわわわ、あっ、ぬ、ヌナ……」
それもスピーカー機能にした!
(あれ、なんだかヌナ元気ない……?)
『オニュ、今朝は起こせなくてごめんね……ちゃんと学校行けた?』
でも話をしていると、いつものヌナの口調で僕は安心してジョンヒョンから携帯を取り戻した。
「う、うん、ご飯ありがとう美味しかったよ」
『食べてくれたんだ』
「うん、ヌナ、僕は今キーの家なんだけど、ヌナは今どこ?」
『今、あ……家にいるけど……』
その台詞にじっと聞いていたジョンヒョンの眉がぴくりとした。
同時に僕も……気づく。
「……家に帰ってるの?」
『う、うん。オニュは今日はキー君の家で泊まるの?選考会の練習しないとだもんね』
「そうだね、……ヌナ、明日からまた練習だから、会えないかな、今日……」
『あ、今から少し出掛けるから……また帰宅時間が決まったら連絡するね、それでいい?』
「うん、待ってるね連絡」
『うん、じゃあねオ』
(ヌナ!)
ヌナの声の背後から確かに男の人の声が聞こえて。
次の瞬間ぶつりと通話は終わった。
重苦しい空気のなか、
「ユファンさんの声じゃない……」
ぽつりとジョンヒョンが呟いた。
「そんなの、テレビかもしんないじゃん!オニュ、気にし出したらきりがないよ、会えるんだし、ね」
キーがぽんぽんと背中を叩くけれど……
「僕が朝飯食べたかわかんないのに、家にいるって……」
しん、と部屋が静まり返る。
と、ゴロゴロ、と落雷の音が聞こえ、雨音が響いてきた。
「わっ、やばい、洗濯物!」
キーがばたばたとベランダに出ていく。
その姿を見ながら、ジョンヒョンが言った。
「……オニュ、昨日の選考会の時……ヌナの隣に男いた」
「え」
どくん と心が跳ねあがった。
それは……それは……
「偶然知り合いに会ったのかもしんない、でも俺が見た事実の真実はちゃんと聞いてこい。俺が見てきたヌナは、羨ましくなるぐらいお前のことしか見てなかったけどな」
取り込んだ洗濯物を抱えて、キーが戻ってくる。
「そうだよ、ヌナは確かに優しすぎて流されちゃうとこあるけど、オニュのこと無茶苦茶好きじゃん……僕ヌナがオニュ見つめてる目凄く好きだよ」
キーも励ましてくれ、
「とりあえずヌナの家行ってこいよ、なんかあったら連絡しろよ」
買い出しついでに送ってやるよとジョンヒョンが言い出し、皆でキーの部屋を出て、雨のなか駅まで歩いていたら、高層マンションの入口に佇む人が……え

「あんヌナ?」
ジョンヒョンが真っ先に声に出して。
その声に気づいて僕達を見たその人は……間違いなくヌナで。
「ヌナ、待ってください!」
後ろから背の高いイケメンが追ってきた……
「「さっきの、声」」
僕とジョンヒョンは同時に呟いた。
「嘘……」
キーが半泣きの声をあげ、僕の服の袖を掴む。

ヌナはしばらく凍りついたように僕達を見つめていて。
「あんなヌナ……」
僕が声をかけた瞬間、ぐっと顔を伏せると、隣に来た男の腕を取った。
「ヌナ!」
「ちょ、えっ?」
ちらりと僕達を見た男は、俯いたままのヌナの体に腕をまわすと抱き抱えるように、マンションのエントランスに消えていって。

僕達は……二人がマンションの……どこかの部屋に入っていく事実を……
認めるしか……なかった……

傘にあたる雨の音が。
僕を包んでいた……
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