One day

□END of a day
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あんなside



『あんなヌナ、今日は僕チキン食べたい〜』
『えー、昨日もチキンだったでしょー、他のにしようよ〜』
オニュと二人で買い出しに行くと、絶対にチキンを買うはめになって。
『ヌナ、あっ、そこ、アイテムとってとって!あー、下手くそっもー!』
『えっ、やゃ、ちょ、いきなり言わんでよおっ』
ゲームをはじめたら、いつもの穏やかさからは信じられないぐらいアクションが激しくて。

『……あんな……、…の肌……凄く気持ちいい……』

厚みと丸みがある、赤ちゃんみたいなオニュの手が。
私の頬に肩に胸に腰に触れる。
慈しむように……確かめるように……

『そんな可愛い目しないで……壊してしまいそうだよ……』

私を見下ろすオニュの瞳。
真剣な表情の時のオニュは。
黒目の下に白いラインが入り。
三白眼になる。
その瞳に見つめられると。
身体の奥底から痺れが走って。
言い様のない高揚感に包まれた……

『ヌナ、凄く幸せだよ、僕……ヌナと出会えてよかった……ヌナと出逢って、僕は色々なことを知ることができた……こんなに星って綺麗なんだね………』
オニュが私の肩に顔をのせ。
私を抱き締めながら。
二人で夜空を見上げた日。

『ヌナ、嫌な夢を見たの……?歌ってあげるね……』
悪夢にうなされた夜。
目覚めると、心配そうなオニュの顔があって。
オニュの歌声に包まれながら……眠りにつく幸福感……

いつだってオニュの腕の中は私に安らぎをくれた。

この子は……この子となら共に


生きて…………いける、きっと……

き……


「…………はい、まだしばらく目覚めることはないと思います、自分で望まれました……はい」
視界がぼんやりと明るくなる。途切れ途切れに……これは……クリスの声……?
どうしてクリスが……?……あ、そうか……
「いえ、チェ・ミノに関しては知人と見なして構わないかと……Y財閥の関与はユファン氏一人の暴走のようです……」
耳に入ってくる言葉から、状況を組み立てようとしても、思考が中々クリアにならない。薬への耐性が薄くなっているんだなと感じた。
(……それだけ平凡で幸せな日々だったってことか……)
「反勢力の影響がある人物の絡みは今のところ見受けられません、はい、ただオニュ氏の留学希望国が…………え?……それは、いや……」
(カンタさん……何を言いたいのか……もうとっくにオニュの素性なんて調べあげてるだろうに……)
「そ………、それはあまりにも……ヒョン!」
ひょ……
(クリスがヒョンと呼ぶのは……!)
衝撃で身体が跳ね起きた。
まだ眼にはいる全ての物の輪郭はぼやけているけれど、声を目掛けて動き、呆気にとられているクリスから携帯を取り上げる。
「あんなヌナっ、まさかもう起き………?!」
携帯を耳にあてながら、クリスに椅子に座るよう指で合図をすると、顔面を蒼白させ首を振りながら、彼は腰を下ろした。

『あはは、さすがだ……あんな様。一般的なデーターより、身体状況から覚醒時間を推測するよう教えていたんですが』
流れてくるこの声。やっぱり………
「イェソン……私の件より先に、教えてもらいたいことがいくつかあります」
これから私が知るであろう情報に、既に怒りがこみあげてきて身体の震えが止まらない。
『……まだ声が戻っていませんね……自ら催眠剤を打たせるなんて……二度とされないでください』
「私のことはいい!質問は3つ、何故クリスが調査員になっているのか、クリスが私を護衛するのか。最後は何故あなたが………クリスに指示をしているの?」
話ながらようやく意識がはっきりしてくる。四角い部屋にダブルのベッド、窓からはビル街が見える。どこかのホテルの一室に運ばれたようだ。
(大使館でなくてよかった………ここならいざとなれば………)
『お答えします、1.調査員になることを彼が望んだので試験をし採用しました。
2.あんな様を知りうる調査員の中で2番目に優秀なのが彼なので任命しました。
3.現在、私は帝国情報調査室長です。クリスに指示をする立場です』
「………」
予測はついていた。でも………
「ヌナ、顔色が………」
クリスが立ち上がろうとし、視線を飛ばし指を下ろした。そのまま硬直するクリス。
「座りなさい。立つことを許可していません」
途端にクリスが眉を寄せ目が潤む。
恐らく会話の様子から、自分の行動が私に知れたと、またそれに私が激しく怒っていることも気づいている彼の瞳は、怯えと不安が入り交じって揺れていた。
どこが優秀なの……まだこんなに心は幼いままで……
『………あんな、様……大丈夫………ですか?』
イェソンの声音に翳りが帯びた。

ああ。

一番聞きたくなかった………このトーン。

幾度となく。
私にかけられたこの声。

喉の奥が詰まる。
愛しさと懐かしさと哀しみが混ざりすぎて、嗚咽しか出なくて……………

こんなことになるなら………誰も自由になれないのなら………なんの為に………

私、は………それなら、じゃあ、もう、オニュとの……

と、ふわりと身体が反転し、携帯が奪われる。流れるアクアグリーンの香り。
「ヒョン、ヌナには僕から報告します。一旦切らせていただきま」
『クリス!あんな様と呼べ!』
「……失礼します」
イェソンの大声が流れてきた携帯をクリスは手早い仕草でポケットにしまい、私の肩を押さえた手を離し、私の前に膝まづいた。
「……あんな様、申し訳ありません」
俯いたまま顔をあげれないクリス。
「何に……対して謝罪しているのか明確にしなさい」
ひくっと肩が震える。
「……自分の意図が定まらないまま、流れで謝罪してはいけない、これもイェソンが教えているはずです。あなたが調査員なら、それなりの対応をして。そして調査が終わっているのなら私を解放しなさい」
話ながら、自分の声が酷く低いことに気づく。
それだけ自分の嘆きが深いのかと……私はこの目の前の少年が大切だったのだと思い知る。
クリスは出生と美貌から周囲から浮き、誤解されることが多々あり。寡黙な為冷たそうに見られるけれど、心根はとても優しい繊細な子。
人の素行を探ったり、時には人を陥れたり誘拐まがいのことをしなければならない仕事なんて務まるわけがない。
できたとしても……確実に心は病むだろう……
わかっているはずなのに、どうしてなの、イェソン……!
「わかりました。あんな様、イェソン室長にかわりまして、今回の調査に至った経緯をご報告すると共に帝国情報調査室としての警告をお伝えします……」

あの日。
クリスの告げたことは。
私の中に芽生えた微かな希望さえ。
粉々に……打ち砕いた……


オニュside


ジョンヒョンの家でキーやミノに祝福してもらい、ジョンヒョンのお母さんに沢山ご馳走を作ってもらって。
美味しいチキンを沢山食べさせてもらってるのに。
なんだか、胃に砂が詰まってるみたいな……重い気分のままの僕。
原因は勿論、ヌナからの連絡が未だにないということ……
「もう21時なのに……」
選考会が終わったのが昼過ぎだから……7時間近く連絡がない、なんて……
「オニュ〜今日はあんまり飲まないんだねっっど〜したの〜僕と離れるのがさみしーのかなっ」
真っ赤な顔でキーが抱きついてくる。
「やー、キー、ちょ、おもっ……!」
「キー、明日も打ち合わせだろ、あんま飲むとお前すぐ二日酔いするんだから気をつけろよ」
ジョンヒョンがリビングでいつの間にか酔いつぶれたミノに毛布をかけてて。
「あらあら、キー君がこんなになるなんて珍しいわねぇ」
ミノにタオルを折った枕を頭の下に入れてあげていたジョンヒョンのオンマが笑って、僕は苦笑しながらキーを引き剥がした。
「なんだよー冷たいなぁっーオニュう〜彼女ができたらこれなんて僕達の友情はそんなものなのかよぉ〜」
「はいはい、ちょっと水飲もうな、キー、こっちおいで」
ジョンヒョンがキーの首根っこを掴んでキッチンに連れていった。
「ねぇ、オニュ君、今日は泊まってく?毛布出してくるけど」
ジョンヒョンのお姉さんが奥の和室から顔を出して僕に聞いてくれた。
僕達は大体週末は学校から比較的近いジョンヒョンか一人暮らしのキーの家に泊まっていたので今日も当然泊まっていくとお姉さんは思っているようだ。
「あ、それが……」
連絡はなくても、やっぱり家まで行きたい……何かトラブルがあって連絡できないだけなのかもしれないし……

よく考えると……ヌナのこと、僕は家と名前、大学ぐらいしか知らなかったんだな……
どんな交遊関係があるのか、とか昔のヌナの様子とか全く知らない。
不思議に思っていたんだけれど、誰とでも仲良く接するあんなヌナなのに、友達とお茶したり、買い物に行ったりなんて話を聞いたことがない。来る連絡も、ゼミ絡みのものしか僕の記憶にはなくて……
帰国したばかりだから仕方がないのかと思うのだけれど……
とゆうか、ヌナの話をほとんど聞いたことがなかった……いつも僕が今日何をしたとかどんな歌を歌ったか、そんな会話ばかりだった気がする……

「オニュはいいや、俺ら明日もレッスンだし。それよりあの面倒なの寝かしつけてよ」
キッチンから戻ってきたジョンヒョンが流しでフライ返しを片手に歌っているキーを指差しながらやれやれと首をふった。
「そっか、オニュ君頑張ってね、キーくーん、ヌナの買った新作の化粧水使ってみないー?」
「きゃーヌナさいっこー!みるみるみるぅ〜」
バタバタと二人が二階にあがると、ジョンヒョンは携帯をいじりながらごそごそと水筒や毛布をリュックにまとめはじめた。
「なんだ、今からジョンヒョンどっか行くの?」
「ちげーよ、お前の。あんヌナんとこ行くんだろ。今風邪ひいたら大変だからな」
「え……」
呆気にとられている僕にずいっとリュックを押し付けると、ジョンヒョンは真剣な顔で言った。
「オニュ、お前の夢ってなんだ」
「…………O国に留学して、一流のオペラ歌手になる、こと……」
「じゃあ、何があってもこのチャンス逃すな。チャンスの神様ってのは前髪しかねぇらしい。見つけたら即掴むしかないんだ。俺も何がなんでも留学する。こっちで音楽プロデューサーになるには留学して人脈作り絶対にいるかなら。俺達は夢を叶える、絶対に、なにがあっても、いいな」
「う、うん……」
合格の喜びよりヌナと連絡がとれない不安の方が勝る僕のことを歯痒く思ったんだろうか。
ジョンヒョンは厳しい目付きのまま、ばんと僕の肩を叩いた。
「夜中まで帰ってこなかったり、連絡つかなかったらまた戻ってこい、身体絶対に冷やすなよ」
「うん、ありがとう……」
ジョンヒョンに見送られ、ヌナの家まで向かった。

春の終わりの夜は、なまぬるい風が時折僕の頬を撫でていく。
(もうすぐ……梅雨かな)
ほのかな水の気配が感じられる外気。
僕は薄い紺色の空の下、ジョンヒョンの渡してくれたコーヒーを飲みながらヌナを待っていた。
(ヌナの部屋明かりついてないし、連絡もこない……)
さっきかけてみたけど、昼過ぎからと同じガイダンス……
(もう22時前か……)
小一時間、ヌナのマンションの入り口近くで待っていて、さすがに身体も心も疲れてきた。
(気分転換するか……)
ジョンヒョンが次の選考会のために作った曲を聴くことにした。
(題名……確かEND of a dayだっけ……)
ごそごそと携帯を操作して曲のデーターを呼び出し、イヤホンを耳に当てた時、目の前にタクシーが止まり。

「……ヌナ」

あんなヌナが下りてきた。
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