One day
□彼女
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あんなside
海沿いのテーブルに用意してきたサンドイッチを並べると、こっちがびっくりするぐらい恐縮したオニュ君が
「せっ、せめて飲み物ぐらい買わせてくださいっ」
と半泣きの顔でペットボトルを買ってきて。
「いっっっ、いた、いただきますっ」
周囲の人が振り返るぐらいの大きな声、明らかに許容量オーバーサイズのサンドイッチを押し込んで
「ぐっ、ふぐっっ」
案の定目を白黒させるオニュ君。
「早くお茶飲んで!」
背中を擦りながら紅茶を渡して、申し訳ないけど笑ってしまう。
可愛くて面白くて、さっき受けた衝撃は忘れてしまった。
「げ、げほっ、ほ、ほんとすみません、ヌ、ヌナ……」
涼しげな目の端に涙を溜めてる顔がもうっ……
自分の性癖をつくづく実感しながら、その涙を指でぬぐってしまう。
「あ……」
今度は耳まで真っ赤になって……!さっき水槽にいた蛸より赤くない?
「くぅーオニュ君最高……っ」
「ぬ、ヌナ……?」
(やば、心の声全部出てるww)
きょとんとした顔がもう……
思わずもう一度柔らかそうな頬に触れそうになって、ぐっとそこを堪えながら席につき、サンドイッチを食べる。
土曜日で館内には結構人がいたけれど、裏側にあってレストランから離れているここは人があまりいない。
潮風に吹かれながら食べるランチは、オニュのおかげで格段に楽しかった。
「あ、あの、ヌナ、凄く美味しいんですが……」
もごもごと、渡してあげた自分の分のサンドイッチを食べ終えたオニュが話しかけてくる。
「ん?なにかだめだった?」
ツナサンドに混ぜたピクルス苦手だったかな?
「そ、そうじゃなくて、僕今日お世話になりっぱなしで、その……なにか欲しいものありませんか、買ってきます」
一生懸命財布を握りしめて……あ、そうか、K国って男性側がエスコートが基本だから……
先程からのオニュの狼狽ぶりの理由がわかって、罪悪感がわいて……
「あ、じゃあ……歌ってほしい」
「え?」
「オニュ君の歌が聴きたい。オニュ君の歌が、欲しいです!」
こ、ここで?と小さく呟いたけれど、私の顔を見つめると、きゅっと唇を噛み締めたオニュは。
静かに立つと、ゆっくり首を曲げ顎を少しあげ。
〜 ……瞳を閉じてもわかる
あの歌声を響かせた。
〜 彼女がどんなに綺麗な人なのか……
耳に心に優しく入ってくる声。
そうっと撫でるように。
体に染み込んでいく。
〜その場所こそが天国なんだ……
オニュの歌声に波の音が微かに混じって。
潮風に巻き上げられながら、青空に消えていく。
〜 僕だけに笑って……
それはとても優しい景色。
(あ……)
さっき不意に見つけてしまった景色。
抜けるような青空に原色の色が飛び交って。
温かな潮風が私を包んでいた、あの……
『 あんな 』
あの優しい……優しい……ひたすら私を癒してくれた、日々……
〜 世界で一人だけの SHE S……
「ぬ、ヌナ……ど、どうしたんですか……」
歌声が途切れて、私のぼやけた視界が暗くなる。
自分が泣いているのだと。
それに気づいたオニュが覗きこんでいるのだとわかるのに暫くかかって。
気がついた時には。
目の前にオニュの。
あの切れ長の瞳があって。
私は吸い込まれるように。
その瞳に近づいていった。
オニュside
ヌナは昼御飯まで用意してくれてた。嬉しい反面情けなくて、せめて飲み物と思って買ってきても、慌てすぎてサンドイッチを詰まらせたりして……
ヌナは呆れたりせずむしろ、なんとなくテンションがあがってるけど、
(はぁ、なんかもう最悪……)
僕は自分が嫌になってきて、泣きそうだった。
『いいっ、こんなにコンスタントに連絡くれてデートの約束してくれなんて、ヌナも絶対オニュ気に入ってるからね。
ちゃんとして、気持ち告白しておいでっ』
『えっ、で、でも、ゼミの為かもだし……』
『あほか、その気がなかったら二人で行こうとなんてしないよ!生徒会でって言ってるんだし!脈ありあり!』
『いいなぁ、年上の彼女かぁ〜俺もほし〜!しっかりいいとこ見せて頑張れよ!』
前日のキーとミノとの会話を思い出すとよけい辛くて……
ヌナはこんな美味しいサンドイッチ作ってきてくれたのに……
せめて。
「なにか欲しいものありませんか」
必死で伝えた言葉に、ヌナはなんと僕の歌がいいと言い切って。
また気を遣ったのかなと思ったけれど、ヌナの目は真剣だったから。
……僕の声でいいの、なら……
ヌナの願望が浮かぶ目を見ていたら、自然と立ち上がっていた。
曲はそうだ……去年よく聴いたこれにしよう……
〜 瞳を閉じてもわかる……
今の僕にぴったりの曲だ。
完全なアカペラだけれど、潮風や波の音がいいBGMになって声がよく響く。
〜 他の人に笑わないで……
僕の願いを込めて心を込めて。
ヌナに届くように……
僕の彼女に、なってほしい……
と、ヌナを見ると、ヌナの瞳からは涙がこぼれ落ちていて。
「ぬ、ヌナ……」
慌てて顔を近づける。
瞳はぼんやりと焦点が定まらなくて。
睫毛に水滴が張り付いていて。
頬は涙の雫が流れ落ちていく。
言い様のない痛みが僕の胸に走った。
「ど、どうしたんですか……」
声を出して気づく。
近づきすぎてる、ヌナの唇に触れそうだ。
反射的に身を引こうとしたら。
ゆっくり瞬きをしたヌナが。
すっと僕の口に。
自分の唇を重ねて……
(……おふっ§○×△!※☆っっっっっ)
柔らかな感触が脳裏を駆け巡る。
(……ふえええええ……ききききかききききにきききキス、して……る……?)
や、され、され、ってことは、ことは!
『オニュ!男はここだって時にはどーんといけよっ』
『そうだよっ、特に向こうから良さげなアクションあったらそのチャンス逃さない!』
ミノとキーの助言が耳元で聞こえて。
震える腕で、ヌナの肩を掴んだ。
自然と離れていくヌナの唇。
間髪入れず叫んだ。
「ヌナ、好きです」
ゆっくりと見開かれるヌナの瞳。
「僕と付き合ってください……っ」
言えたああああ!
ミノ、キーやったよ!
絞り出した声に、ふっとヌナの瞼が閉じて。
(えっ……?)
だ、だってキス……してくれたのに……?
ガツンと何かが靴にあたった。
見ると、僕のスマホがポケットから落ちていて。
(あ、さっきの……)
画面に、撮って保存中だった画像が浮かんでいた。
(確かB国の……)
拾おうか一瞬悩んだ隙に、
「はい……」
ヌナの声が聞こえて。
「……えっ、は、はい?」
ヌナの顔を見直すと、ぎゅっと僕の首にヌナが抱きつ……
抱きつーーーーーーーーーー……いっててててててえええええええ……
「……はい」
耳元で、そう……言ってくれたん、だ……………………
〜 続く 〜