過去拍手話

□残像の夏 1
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「あんな、動ける?」
「ほへっ、あ、た、もう大丈夫だと、おも………」
シトウの腕枕で眠って、目が覚めると。
私の顔を覗き混みながらシトウが目を細めてニコニコしていて。
「お、はよ、シトウ」
「うん、おはよう」
おでこにチュ、とキスをされ、するっとベットを下りたシトウは。
「よいしょ」
「ひゃあ!」
ひょい、と私を持ち上げてしまう。
「やっ、ちょ、下ろして!」
「なんで?朝ごはん食べに行こう?」
抗議も虚しく、すたすたと歩き出してしまうシトウ。
「歩けるよ」
「ダメ………まだ少し腰が痛そうだった」
真横にあるシトウの鋭い横顔は真剣で。
(う………実はまだ関節が痛いけど………)
シトウに抱えられて進む別荘の廊下は、少し古びているけれどよく手入れされた木製の洋館だった。色褪せた赤い絨毯の上にシトウの室内穿きたてる音がパタパタと響く。
「あんな様、シトウ様。おはようございます」
リビングダイニングらしい部屋に入ると、大きなテーブルに座っていたスホさんが立ち上がって椅子をひいてくれた。
「あ、おはようございます」
「シトウ様、あんな様も着替えをしましょうか、洗顔と………」
一旦椅子に座った私にタオルと室内穿きを用意してくれるスホさん。
「あんなの服は僕が選ぶ!」
シトウは弾丸のように部屋を出ていって。
ダイニングの隣にあった洗面所で顔を洗ってタオルで拭いていると、
「あんな、これ着てね」
龍の刺繍が入ったノースリーブのシャツにカーキの短パンが渡され、それを身につけダイニングに戻ると。
(まさかとは思っていましたが)
全く同じ服を着たシトウがお粥を食べていて。
「髪も結わないとねー」
椅子に座ると、さらりと髪を撫でられた。
「私でよければあとでさせてもらいますが」
スホさんがそう言ってくれたけど、
「タオがするから!」
「タオ?」
ズボンさんがお粥の器や薬味を目の前に並べてくれながら、
「あ、あんな様、ファン家では成人すると改名するんです。今シトウ様はズータオという名前なんです」
説明してくれてた。
「そうなんだ………私もタオって呼んだ方がいいのかな?」
「あんなはシトウでいいよ」
「昔からの知り合いの方はそれでいいんですよ、さ、しっかり食べてください、痩せてしまわれた………」
「はい」
確かに蓮華を持つ自分の手首がほっそりしたような………高熱出すの久しぶりだったしなぁ………
よそってもらったお粥は鳥スープ仕立てでとても美味しくて、私はおかわりをもらうぐらい食べて。シトウはあんなこれも食べて、とかこっちも美味しいよとかちょこちょこ口に惣菜を入れてくるから。
「も、入らないよ。いきなり食べ過ぎた………」
「大丈夫ですか?外のテラスで風にあたってください、あんな様」
お腹いっぱいで動くのがしんどいなぁと思っていたら、またシトウが抱き上げてくれて。
今回は素直に身をまかす私。
「わぁ………」
テラスは海に面していて、青い海と白い砂浜が一望できた。
潮の香りがする風が吹き抜けていく。
「海だー………」
「あんな、海好きだね」
「うん、なんだろ………この包容力!って感じが好き」
私の言葉に??って顔をしながらも、テラスのベンチに座らせてくれるシトウ。

ざざ、ざざ、と波音が心地よくて。
目を閉じて聞いていると。
ふわ、と唇に柔らかい感触があった。
目を開けると、シトウの長い睫毛と澄みきった綺麗な瞳があって。
「あんな………」
おずおずと手を握ってくるシトウ。
「僕とまた一緒にいてくれるよね………?」
さっきまであんなにくっついてきていたのに、眉と目尻を下げたシトウの顔は、本当に子供が泣き出しそうな程不安を一杯にしたもので。
(くうううううあう可愛い………!)
なんだろうこの庇護欲を掻き立てられる想いは………
「うん」
こくっと音がするぐらい、頭を縦に振ってしまった。
「あんな!」
途端に抱き締められる。
「あんな………好きだよ………あんな………ずっと、ずっとだよ………」

少し掠れたシトウの囁きは。
甘く切なく私の胸に沁みて………

シトウ………好き………私もずっと………

シトウの腕と胸の中で。
私は波の音に混じるシトウの声を聞いていた。

初夏の日差しが柔らかく降り注ぐ朝だった………


〜 続く 〜

 


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