過去拍手話

□楽園という檻の中で クリスside
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あんなに手を握られ、俺は歩く。

部屋を出てトレーニングルームの先に進んだ。

「00、絶対にあんな様に抵抗しないように!」

後ろからイェソンの声が聞こえる。

「あんな様、他の子供達もいます、一度に全員連れ出すのは危険です」
「クリスが一番奥の部屋にいた、この子だけ外に出した記録がない。この子を一番に連れていきます、他の子は順次連れ出すよう手配して」
「……00は最後です」
「この子は私と行きます。そんなに心配なら眠らせればいいでしょう!」

次の瞬間俺の記憶は途切れた。

目が覚めると……
天井の低い木でできた部屋に光が差し込む窓。家という建物の中で俺はいて。

何か定期的な水音が遠くから聞こえる。

「あ、起きた……クリス」

俺を見るあんながいた。

「鳶色……」

あんなの目を見ると自然に声が出る。

「目の色のことを言ってたんだね……クリス立てる?外に出よう」

あんなはそう俺に言うと、家の外に出ていった。



そこから。あんなと過ごす日々が始まった。
寝て起きればあんながいて。一緒に食事をして、食器を片付け、家を掃除した。最初は定期的に水分や食料が出ないことに何も言えず脱水症状になったりしたけれど、自分の欲しいものは口に出して伝えるように、自分でできる範囲で補給するようにとあんなに言われ、徐々に自分の要求は己で満たせるようになった。
家事が済むと海に行って海に潜って食材を採ったり海の生物を観察して過ごした。
あんなは海水を定期的に採ってデーター採集をしているのでそれを手伝い、家に帰る。
家に帰るとディスプレイで映像を見る。ただ以前と違い、人間社会に関するものが増えた。
世界には様々な人種がいて歴史があり進化があり文化があり。
「あんな、あんなは何歳?」
「18才」
「俺は何歳?」
「……クリスは……13才」
「じゃあ、俺、あんなをお姉さんって呼ばないといけないんだよね?」
「……そうだね、えっと……ヌナでいいよ」
「K国の呼び方?」
「うん、私はそこから来たの」
「わかった、ヌナ」
夕食が済むとシャワーを浴び、あんなと並んだベットで眠った。
自分以外の人間が眠っているのが珍しくて、最初幾度か寝ているあんなの頬や鼻に触れて、起こしてしまい怒らせたけれど、いつの間にか俺の伸ばされた手はあんなに握られていて、そのまま眠ってしまう。

あんなの手から伝わるものは体温と言うものだった。
最初はその気配にすぐに攻撃的になる俺を、あんなはゆっくり慣らしてくれた。

「敵意と作為と悪意を感じるものは払って」

そう言いながら。

いつからか俺はあんなの隣で肌をつけて眠るようになった。
敵意と作為と悪意のない体温は心地いいものだとわかったから。
あんなはベットが狭くて寝返りがうてないとぼやきながらも、俺を抱き締めて眠ってくれた。
でも、あんなはその頃毎晩のよう折眠りながら泣いていて。
決まって誰かの名前を口にしながら起きた。
マから始まる名前が七回。
ユから始まる名前が五回。
三回だけお父さんとはっきり叫んでいた。
起きると、あんなを見つめる俺を見て、

「ごめんねクリス……」

そう呟いてまた泣いた。
俺はどうしていいかわからず、ただ自分の身体をあんなにくっつけるしかなかった。

俺が肌をつけるとあんなは少し笑って。
やがて手を握って二人で眠った。

そんな幾度目かの朝を迎えた日、イェソンがやって来て、家を大きくし部屋を増やした。
俺には大きな窓のある部屋が与えられ、ルハン、タオ、シウミンが来て一緒に過ごすことになった。

ルハンとシウミンは俺より年上でタオは下だった。でも、同じように接するようにと言われ、イェソンのことだけヒョンと呼ぶように言われた。
あんなとイェソンの話からわかったのだけれど、彼らも俺と同じ環境にいた者達だった。
ただイェソンがある程度知識を入れていたのか、あんなが触れても俺と対峙しても攻撃したりせず、ただ要求を口にするのが慣れていないので、そこは俺がフォローしながら無邪気に海で遊び、ディスプレイで共に学び日々を過ごした。
四人で話をしていて、少しづつ今の環境の状態がわかってきた。
ここはTVXQ帝国の植民地であるB国。沢山の島がある南国と呼ばれる場所だった。俺達はその諸島の一つの比較的大きな島にいる。
住民は原住民と呼ばれる、昔からこの土地に住んでいる人種とTVXQ帝国の黄色人種が入り交じっていた。

「で、俺らが前いたとこどこなんだろうな」
「ケンキューインが話してた言語はTVXQ帝国のものが多かったけれど……」
「……ヤバい、あんま考えると頭いてぇ」
「ルハン大丈夫か?俺も思い出すと気持ち悪くなるんだよな」
「……タオ、お前も顔色悪いぞ……やめとけ」
「なぁシウ〜頭痛いよ、一緒寝て〜」
「はぁルー今日もかよ……」
ルハンとシウミンは同じ部屋で育ったそうで、そのせいか各一人づつ部屋が与えられていてもルハンがすぐにシウミンのところに行ってしまう。夜中シウミンの部屋にいるルハンに呼ばれ行くとタオもおり、四人でディスプレイを観ていてイェソンに見つかり怒られたりした。

そのうち、あんなの提案で近くにあった学校に通えることになった。
教師という立場の人間から教わることはとうの昔に脳内にあるものばかりだったけれど、俺達は人種の違う子供達と過ごす日々が新鮮で面白くてすぐに馴染み毎日学校に通った。

あんなとイェソンは同じ部屋で眠っていた。俺は1人部屋になっても、時折あんなのベットにもぐりこんで眠る癖があって。
それはタオとシウミンも同じだった。
部屋に入っていくと先にタオやシウミンが寝ていたことも多々あり、そうなるとルハンもシウミンを追ってやって来た。さすがに全員はこのままじゃ眠れないとあんなはかなり大きなベットを2つイェソンと作り、俺達が来た時はそれをつなげ、あんなとイェソンの間に俺達は眠った。
よく揉めたのは誰があんな側に眠るかということで。
「タオは僕側じゃ駄目かな、おいで」
そうイェソンが手招きしても、タオは大きな目を悲しそうに伏せるだけで。
あんなはいいよいいよと笑いながら、タオを膝に乗せて抱き締めた。
あんなの膝にいるタオを見ていると、俺の心は何かを叫ぶらしい。
「クリスもおいで」
慌ててあんなが俺のことも抱き寄せる。
そんな時、俺は決まって涙を流していて。
それを、ぬぐってくれるあんなの指の温もり。
それは俺の心を柔らかく包む存在で。
俺は安心して目を閉じた。

そんな日々がどれぐらい過ぎただろう。
皆身体が成長し、あんなより遥かに大きくなっていった。そして同時に、昔のことをあまり思い出さなくなっていた。それは俺達全員だったように思う。皆、街中で時折ある番号での呼び掛けにも過剰に反応しなくなったし、同級生にふざけて身体を密着されても身構え、距離をとったりしなくなっていた。

あんなとイェソンは一ヶ月に何日間か交代で家に帰らないことがあった。
その日はあんなが帰らなくて、イェソンは買い出しに出掛けていて。
近くの村を襲った強盗が俺達の家にも入ってきた。
俺達は四人ともリビングでディスプレイを観ていて。
その男がナイフを振りかざし部屋に入ってきた瞬間。

四人共に、だった。

俺達は瞬時に壁をかけあがり男の上に着地し。
一撃で止めをさした。

正確には二撃というべきか。
ルハンが首の折れた男の顔をもう一度蹴りあげたから。

男の顔から血が流れだし、それを全員で見つめていた。

「「「「game over……」」」」

そう四人の口から言葉が出た時。

「お前達っ大丈夫か……!」
青い顔をしたイェソンがリビングに駆け込んできて。
俺達を見た瞬間、がくん、と膝を折った。

てっきり警察が来ると思っていたのに、俺達は部屋に行かされ、呼ぶまで出てこないように、今夜は絶対に1人づつ過ごすようにとイェソンにきつく言われ。

そして、次の日、起きるとルハンとシウミンはいなかった。
そして、それきり帰ってこなかった。

死体もなくなっていて、イェソンは昨夜よりもっとやつれた顔で三人分の食事を用意して、ルハンとシウミンが別の場所で暮らすことになったこと、昨日の件は誰にも話さないことを、

「命令だ」

そう……何年かぶりに……伝えた。

俺とタオは無言で頷くしかなかった。

しばらくして、あんなが帰ってきた。
あんなは俺とタオを抱き締めると、何度も頬や手を撫でて怪我がないか確かめていた。
その夜はずっとイェソンとあんなが言い争う声が聞こえてきて。
不安そうなタオが枕を持って俺の部屋に来るぐらいだった。
俺もルハンとシウミンがいきなりいなくなり、なんとなく落ち着かない感じだった。タオの手をとってあんなの部屋の前までいった。
扉を開けて、また部屋に入ればきっと、笑顔のイェソンとあんなが迎えてくれる。
そう、思っていた。

でも。

「ひどいひどいひどすぎるイェソン!どうして勝手に二人を渡したの!私が決めるってずっと言ってたのに!あの子達の権限は私にあるのだから、今からでも戻しなさい!」
「あんな様、何度言えばわかってもらえますか、もう僕達では囲いきれなかったんです!」
「だからって!オリジナルのいないあの子達にはなんの法律も国籍も……人権すら与えられないのに!この先どんな扱いをうけるか!」
「ルハンとシウミンは元々4体結合が分離した際生き残った残った二体です。4体は戦闘能力ではなく、潜伏能力の高い工作員達です。なのであの二人はまだなんとか一般人になれる可能性がある道を……」
「誰がそれを見張れるというの!TVXQ帝国外に所有権を渡してしまえばあの子達の状況を監視することはできないでしょう!」
「出した先はA国の次期大統領候補にもあがる大富豪です。名誉と人気を高める為に国際養子を捜していました。全国民が見張っている形になります、絶対に大切に育てられる。帝国との繋がりも重要視している国です、二人はクーデターに巻き込まれた貴族層の子供としています。帝国側からの状況調査は承認清み、あんな様が今から探しても、これだけの里親は見つからないと思います。二人一緒に、でこの条件が昨日見つかったのは奇跡に近い……」
「だからってこんな急に!もう二度と……私は彼らに会えないんでしょう……!何も、何も……してあげられなかった……」
「あんな……これだけ穏やかに暮らしても……彼らの牙は抜けなかったんだ……もっと彼らに合った……彼らを刺激することがない環境において、その社会に馴れさせてあげないと……」
「どのみちあの子達が檻にいるのはかわりないじゃない!」
「……そう、そしてここも……檻だよ、あんな」

細い隙間から飛び出してくる二人の声。
泣きじゃくりながら長い髪を揺らしてイェソンの胸を揺するあんな。
そんなあんなの肩を掴んで話していたイェソンは。
急に凍りついたように動かなくなったあんなを抱き締めると。
キスをしてそのままベットに押し倒した。

「……ゃ……ぃ、……」
「あんな……」

あんなの腕が抗うように宙をかき、ゆっくりとイェソンの背中に落ちていく。
俺はタオの手を強く握ると目線で話すなと合図して、扉の前から離れた。

二人が話していた内容はよく理解ができなかった。けれど、もうあの扉の向こうには入れないのだと。
俺達は普通の人間と何かが違うのだと。
それだけはわかった。

その夜からタオは目付きがかわった。暗く鋭くなり、少ない言葉数はますます減り、あまり俺やイェソンに甘えてこなくなった。
ただ黙って、あんなの傍にいることが多くなった。あんなも何も言わず、隣にいるタオの頭を撫でては微笑んでいた。

今思うとタオは気づいていたんだろうか。
自分もいつかここを出るということを。
別の檻に移動させられるということを。

南国の雨季と乾季二つの季節の境目に、タオはいなくなった。
その前後にはまたイェソンとあんなの揉める声がよく聞こえていたけれど、もうタオが俺の部屋を訪れることはなかった。
ただ、心配な俺がタオの隣の部屋に繋がる壁を叩くと、コツコツと二回返事があった。
『 大丈夫 』
そう響いた。

タオはカラムと呼ばれる男が現れ、イェソンと共に連れていった。
あんなは俺が心配で学校に行くのもやめてしまうほど、泣いて泣いて寝込んでしまった。
時間がたっても俺にできることは、寄り添って眠ることだけだった。
久しぶりにあんなの布団をめくる。
あんなの肩を抱いて隣に寝て気がついた。
ひどくあんなが小さく弱いということ
に。

「タオ、ごめん、私が守れなくて、本当にごめん……タオ……タオ……」

そう言い続けるあんな。
俺の腕の中で震えながら眠るあんなは……
俺が守らないといけない存在になっていた。
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