One day

□魔王 5
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イェソンside



『 どれだけ身体を重ねても心をもらえなければ意味がない 』

あんな。

そうかな。

でも君はそう言いながら、僕を見ると触れたそうに甘えたそうに僕を見つめる。

これは。

僕に心をくれてるってことなんじゃないのかな。

僕を………

求めてくれてるってことじゃないのかな………



『 イェソン、お前は………結べる人に出会えるといいな………』

僕の最初の思い出。病室の父の細く白い手。僕の頬を撫でる弱々しい力。
記憶の中の父の姿はそれだけだ。
画像として残っている姿は華奢な肩も切れ長の瞳も僕にそっくりで真っ白の頬を緩め僕を抱いている。
僕が三歳の時に父は病気で他界した。生まれつき病弱で成人するまで生きれるかわからないと言われ育った人。
それでも政略結婚を課せられたのは父が純血の帝国人だったからだ。
TVXQ帝国には国を創立した時から王族貴族層として君臨する帝国人種がいる。黄色人種の中でもTVXQ帝国の風土に由来した身体的特徴が多々ある種族だ。TVXQ帝国は帝国人種が戦争で捕虜として勝ち得た他民族を平民として支配においた国として始まった。
月日がたち民主化が主になってきた今でも昔ほど厳しくはないが階級別の区別は根強く残る王政国だ。
子供の育成教育や貧富に関しては顕著な差はないものの生活区域のエリア分けは未だに存在する。
当然貴族達のプライドは高く純血種を残すため貴族の息子の父は貴族階級で純血の帝国人である母と結婚させられた。
でも。
父の死んだ日、母に無数の非難の声が上がった。

『 なぜ妻が生きているんだ 結んでなかったのか夫婦のくせに 』
『 なんて嘆かわしい 帝国人として恥じなさい 』
『 ひどいことを 結んでいればこんなに若く亡くなることはなかったはずなのに 』

結ぶ

生粋の帝国人にしか持ち得ない能力。
そして現在では国に禁じられている儀式。

互いに永遠の愛を想いを誓ったもの同士が初めて唇を重ねる時に
下唇を咬み合い流れ出た血を体内に取り込む

相手の血を取り込むと魂の共鳴が始まり
どちらかの心音が途絶えそうな時は片方の音を分けることができ
………それでも………音が止まってしまう時は………共に絶える

古代から戦闘民族だった帝国人に備わった能力で、本来は戦場で指揮官同士が命を分け合う為に生まれた特殊能力だと言われている。
それは月日が流れると夫婦の契りとして行われることになった。
勿論帝国人種でない平民には同じことを行っても意味はない。けれど、他国の婚姻届けと同じ意味を持つ儀式としてTVXQ帝国には根付いた。
父と母は純血同士。当然ながら父が生き絶えた時は母もそうなるはずだった。


でも。
………母には幼い頃から想いあった平民の相手がいた。

父は自分の長くない命も母の今後も見据えて敢えて結ばなかったんだ……

それは純血に拘る貴族層にはとんでもない裏切り行為で。僕と母は貴族階級を剥奪され、平民として生きることになった。
母は幼なじみと再婚した。
新しい父は優しい人で新しく産まれた弟と僕を分け隔てなく育ててくれた。
僕になついてくれる可愛い弟との幸せな日々が過ぎていくと思っていたのに。

弟が原因不明の病にかかった。肺の機能が低下して空気の綺麗な場所でないと呼吸できない。どんな治療を施しても効果はなく、様々な検証の結果TVXQ帝国の一部の区域でないと生存できず、またその区域にいても機能の低下は止められず徐々に命を齲ばれる。ここ数年発生している病気で帝国に難病として確定されたものだった。
僕は必死で勉強した。僕が弟を治すと心に決め、飛び級で16歳でインターンまで終えた。そして、TVXQ国立研究所に入った。
研究所長の 鄭允浩氏はどの医師が診ても原因がわからないと首をふられていた弟の診断を下し的確な治療方を提示し難病認定を国に強く訴えてくれた人だった。
最初に会った時に言われた言葉。
『君のお父さんを知ってるよ。優秀な人だった。救えなくて申し訳なく思う。弟君のことは絶対に助けよう、な』
尊敬する所長との研究漬けの日々。
原因の解明を。効果のある治療を。
そしていつか完治させてやるんだ。

その中に突然現れたのがあんなだった。

風。

真っ白い空間に現れた黒く長い髪。
グレーとグリーンのチェックのスカートから伸びる白い脚。
グリーンのタイがついたオフホワイトのシャツから出る手首は細く。
所長とよく似た小さな顔の切れ長の瞳を細めて。

「あんなです、父をよろしくお願いします」

そう微笑んでお辞儀をしたあんな。

「い、いえ、こちらこそ……よろしくお願いしますっ」

反射的に返事をしたけれど。

頭に血がのぼって。
周囲に何か言われていたようだけれど聞こえず。

爽やかな風に心を浚われた気分だった。

ふわふわとした気分のまま、帰路につこうとするあんなとまた遭遇する。

何度見ても心にくっきりと存在するその立ち姿。
帝国人特有の手足の長いシルエットに小さな顔。
黒い髪を揺らしながら僕に寄ってきて何か言うけれど、その瞳に見惚れていて………
不意に押し付けられた細長い紙袋。
「えっ、あ、これは、えと」
「ぶ……チョコケーキです、じゃ」

翻るスカート。
離れていく背中。
脇に抱えられていたグレーのコート。

その姿は未だに鮮明に僕の心に在り続ける。

それから。
様々なことがあった。

あんなと僕は色々な関係性で関わることになった。

最初は職員と研究所長の娘。
次は王族SP幹部と部下。
今度は………監視者と監視される者として。

あんなのマックス王子との婚姻により起こったクーデターによって所長は命を落とした。
あんなは自分の父が遺した研究財産をたった一人の娘として全て引き継ぎ……その重さにも自身の存在においても苦しみ病んでいく。
僕は所長の研究データーを共有する存在としてTVXQ帝国で強固な地位を得ることになった。
あんなの監視者として名乗りをあげたのは。

あの日のあんなの。
あの姿が。

どれだけ時間がたっても。

あんなを目にする度に僕の心に風が起こるからだった。

戸惑う目を見ると導きたくなる。
寂しげな目を見ると抱き締めたくなる。

あの日の。

あの笑顔を見ると心が………

満たされるんだ………どうしても………

彼女がどんな選択を………しようとも………


誰を………


求めていても………


誰かに………


残忍なことを………行っても………


鄭允浩氏の創り出した命達への罪悪感、己の行いによって命を落とすことなったマックス王子達への懺悔で追い詰められていたあんなはとうとう自決を謀った。
見張りは当然つけていた。それでも隙というものはできてしまい。
血の匂いが充満した浴室で血まみれのあんなを抱き上げた時。

「………いかせない………」

青白い頬に震える手を寄せて抱き締めた。

あんなが誰の隣にいたとしても。
あんなが誰を見つめていても。

『イェソン』

あんなが僕を見つめ僕の名前を呼ぶ。

それを………
喪えないと思ったから………


僕の心は決まった。


あんなの太股の頸動脈を浴室の割った鏡の破片で刺した傷は深く。僕の発見があと一分遅れていたら助からなかったと言われた。

研究所に併設された病室で眠るあんなの傍に座り、目が覚めた彼女の絶望に満ちた瞳を受け止め。

あんなを抱いた。

「あなたの命が絶えたらどうなるかわかっているのに、こんなことをすると。罰を与えないといけないんですよ」

力のない抵抗を続けても。
捩じ伏せられ昂められていく身体を嘆き涙を流すあんな。

その涙を唇でぬぐって。
どこまでも優しく執拗に貫いた。

あんなから動くことを。
ねだるようになるまで。

恨まれてもいい。
憎まれてもいい。

こんな身体であの世に逝くのが怖いと。
………この腕の中でいる方がまだいいと。
思ってくれたなら。

意識を飛ばしたあんなを抱き締めて眠った。
その白い肩も細い首筋も細い睫毛が揺れる瞳も。
僕が守ると………守れると………思っていた………


僕の腕の中で目が覚めたあんなは。

「あなたが命を放置しないよう………ずっと僕が見張ります………」

そう囁いた僕の首にしがみついて。
泣き伏せた。


それから。マックス王子を黄泉の国へ追うのを諦めたあんなは、自分の父が犯した罪の償いに奔走した。

クローンとして誕生させられたコピー達の人権と人間として自らの意思で生活できる環境を帝国に要求し、帝国が廃棄処分を伝えたキメラの四人を自らの引き取り育てると宣言し実行し……

自分の子供の存在………と引き換えにしてまで………

クリス、タオ、ルハン、シウミンを育てた………

僕は常に傍にいて………傍に………

彼女がどんな選択をしようとも………

守れるように………

そう、僕の第一は彼女で。
それは何が起ころうと変わらない。

どんなに注意深く育てても戦闘要員として創られていた彼らは潜める血の解放を願っていた。あんなの手の中にはもう負えない。このままではあんなに傷が及ぶ。

ルハン、シウミン、タオを彼女の傍から引き剥がした。三人は、特にシウミンとタオはあんなを親として慕っていた。動物の親に対する刷り込みは絶対だ、あんなと同じ檻でなければ将来的に精神に何かしら影響が出る恐れがあった。それでも離した。
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