One day
□I love it. 1
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「HEY、森下さん、コーヒーに付き合ってくれないか?」
「あ、シウォンさん!お久しぶりです、すみません、今日は買い物したらすぐに帰らないといけなくて」
「oh、君はいつも急いでるね、よっぽど大切な人が家で待ってるのかい?」
「あはは、お腹をすかせた子猫達が待ってるので!じゃあ、また!」
在籍しているJ国の大学の研究室から飛び出して、腕時計を見るとフェリーの出発時間まで一時間。
「うわーっ、買い出しの時間いけるかな、くそーレポートの下書き優先させたからー買い物いっときゃよかった!」
化粧水もきれそうだったし、ヘアムースももうなかった、新しい下着もそろそろ欲しいしブランド新作のジャケットワンピース今日買わないと絶対売り切れる!
背中のリュックを押さえながら街中を走り回って、B国行きのフェリー船乗口をまたいだのは、出港2分前だった。
「ぐはっ………死んだ………」
南国のノリでいくら時間に緩いとはいえ、ロープを引き上げてる途中だった顔馴染みの船員が私の大量の荷物を移動させるのを手伝ってくれる。
「hi、あんな、今日も買い出し大変だね」
「Thank You、家族が多いからね」
「愛する人が多いのはいいことだよ。神様に感謝だね」
「………うん」
先進国では家族が多いことを「負担が多くて大変だ」と捉える空気が多数だ。なのでこんな風に言われると心がじんわりと温かくなる。
先進国であるJ国からフェリーで1時間、幾つもの諸島が連なるB国へ入国する人は皆山のような荷物を持っている買い出し組か、パンフレット片手の軽装な観光客組かだ。
イェソンのように飛行機で行き来してもいいのだけれど、荷物の持ち込み等のチェックが細かくて面倒だし金額も高いから、いつも帰りは船。
小山と化している荷物に背中をあずけてスマホを開いた。
『あんな………help』
イェソンからのLINEが入っていて、項垂れたスタンプ送られている。
「ん?」
画面をスクロールすると、案の定私のベッドで枕を抱えたまま俯いているタオの画像が出てきた。
『昨日の夜からずっとこれです』
『僕とクリスが何を言っても聞かない』
『一緒に注意したシウミンとルハンが珍しくケンカしちゃってる』
『シウミンも苛々してる』
『朝ごはんも皆あんまり食べませんでした』
唇を尖らせて眠るタオ、その横で眉を下げているクリス、そっぽを向き合うルハンとシウミン、シウミンのつり上がった眦、乱雑に残された朝食が並ぶテーブル。
次々に画像とその説明文が入っていて。
「あだぁ」
クリス達とB国で暮らし出してそろそろ半年なる。肩書き上、J国の大学生である私は二週間に一度は大学に行って講義を受けレポートを提出しないといけない。日帰りでするには中々限界があって。
クリス達の様子からそろそろ一泊ぐらい大丈夫かなと泊まりにしたのは
「まだ早かったかな………」
研究所から連れ出したばかりの時は、昼も夜も私の首にしがみついて離れなかったタオも少しずつ一人自室で眠るようになって。
子供達の関係も、行動力のあるルハンがタオを連れ出して遊び、面倒見のいいクリスとシウミンがそれをサポートしながら見守るっていういい構図になったから安心してたのにな………
『今フェリー、あと30分で着くよ、そうタオに伝えてね』
そう送ると。
『お土産は?って』
涙目で画面を見つめるタオの大きな切れ長の目がアップできて。
『いい子で玄関で待っててくれたらあげるって言って(笑)』
我ながらタオには甘いなぁと、その表情の可愛らしさに現金な子と思いながらも早く会いたくなった。
港にフェリーが着くと、沢山の出迎えの人混みの中、後ろの方にひっそりと立つ線の細い人影があった。
「クリスー!」
フェリーのデッキから声をかけると、控えめに首を左右させて私を捜していたクリスがはっと目を開いて私を見つめ。
「あんな」
ふわっ、と目尻が少し垂れる笑顔を浮かべた。
(………優しい笑顔………)
その笑顔を目にすると心がじわじわと温かくなる。
研究所から連れ出した時は喜怒哀楽が全くない子だった。
当然と言えば当然で、彼は表情のないロボットに育成されたのだから。
全てオートメーションでシステム化された養育により、自己顕示を知らなかった故、一緒に暮らしだした時は水が欲しいことさえ伝えることができなかった。
そのクリスの手をとって、一つづつ教えていった。
欲しいものは、欲しいと声に出す。自分で手にとれる場所にあるなら取る。無理なら近くにいる人に頼む。
妹のなつきの面倒を見ていた時を思い出した。どこに行きたい?何をしたい?どれが楽しい?なつきを膝に乗せてあやした様に、クリスと手を繋いで尋ねながら彼の欲するものを探した。
そうして過ごすうちにクリスは口許を緩め、目元を動かし笑うようになった。
あとは怒ると、哀しいか………
桟橋に降りると、人混みを掻き分けてクリスが駆け寄ってきた。
「ただいま、クリス」
「お帰り。あんな、荷物凄いね」
そう言いながら荷物のほとんどを持とうとするクリス。
「あ、それ、調味料入ってるから重いよ!」
「だ、いじょうぶ………」
四人の中では一番長身でもまだ私より小さい癖に、顔を真っ赤にして大量の荷物を運ぼうとするクリス。
私はふふっと笑いながらクリスの持つ荷物に手をかけた。
「俺が持つよ」
「半分こしよ。重さ半分半分でいいでしょ?」
「………うん」
クリスが運転してきた車に荷物を運ぶと、クリスはトランクのドアを閉めながら
「タオが泣いててイェソンヒョンが大変だから早く帰らないといけないけど」
「ど?」
「あんな、忘れてる………」
少しだけ唇を尖らせて私を見た。
きりっとした眉の下の綺麗な瞳が揺れている。
「あ………」
(哀、かな、これ?拗ね、か)
タオの甘えた様子から学んだのかな。
日帰りで帰宅が遅くなった時にしていた仕草。今日は両手に荷物を抱えていて、できなかった。
「ごめんね、クリス、ただいま」
両腕を広げてクリスを抱き締める。
クリスの細い少年特有の骨格の感触が私の身体にぶつかって。
アクアグリーンの香りがする首筋に顔を伏せてぐりぐりと揺すった。
「………!くすぐった………」
「ふふ、淋しかった?」
クリスの背中を擦りながら尋ねると、こくんと頷いたのが愛しくて、頬にキスをする。
身体を離して頭をぽんぽんと撫でると、
「次の泊まる日はいつ?」
じっと私の目を見て聞いてくる。
「………まだわからないから、決まったら言うから」
本当はもう一年先まで予定は決まっているけれど。そんな切なげな目で聞かれたら。
(言えるわきゃねーよー………可愛い………)
「さ、帰ろう?」
「うん」
運転席に乗り込んだクリスはエンジンをかけながら私の手をそっと握った。
(定期的に人肌に触れたくなるんだろうな)
無機物ばかりの中で育った反動なんだろう。
私はクリスの指に自分の指を絡めると、ぎゅう、と強く握り込んだ。