One day

□魔王 1
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ルハンside


『お父さん お父さん 魔王が僕をさらいにくるよ どうして 聞こえないの 』

さらいにくる 俺をさらいにくる
なにかが俺をさらいにくる
どうして 皆には聞こえないの?

「………ルハ、ルハン」
甘く囁かれる声で目が覚めた。
「お………寝てた?俺」
目の前の金髪美人ちゃんにキスをして、ベッドの下に散乱してる服を拾って身につける。
「ぐっすりね。もうすぐ別荘につくわ」
俺の首にしがみつく彼女をやんわりふりほどいて聞いた。
「シウミンは?」
「彼なら隣の部屋よ。信じられないほどいけてない子よね、昨日誰ともしなかったんだって」
「まだ子供なんだよあいつ」
「あなたと大違い」
またしつこく抱きついてきた彼女に軽くキスをしてやり、部屋を出た。
大型クルーザーの部屋はいくら豪華でも壁が薄いから色々筒抜けだっただろう。ましてや、俺達の特性は聴覚だ。
案の定、ドアをノックすると寝不足で、目の下にクマを作ったシウミンがいた。
「耳栓しろよ」
「した。ルハン、もっと時間短くできないのかよ。はーこんな気ちがいばっかの船旅はやく終わってくれ。いっつもどっかで誰かやってるし………!」
「我慢しろ、お父様の命令だろ、この接待も。あのビッチ落としたし、上陸したら適当に帰ろうぜ」
俺とシウミンは双子で、今の養父はもうすぐA国の大統領に立候補する。国際養子の俺とシウミンは各国のセレブの子供との交流を課せられ、このところ上流階級のお遊びばっかりやってる。パーティー、軽いドラッグ、そしてセックス。今回はそこにクルーザー遊びまでついた。
シウミンは潔癖症だし人見知りも酷く、こういったことは得意じゃない。昔ポルノ映画見て吐いたぐらいで。
だから俺が一手に引き受けてる。
「ごめんな、ルハン」
「別に。俺ができないことはお前ができるからいいよ」
昔っからこうだった。
研究者達の色の着いた目。
俺達の匂いを嗅ぐと妖しくなり。
執拗に体を触られた。
シウミンはそれが苦痛で俺は平気だった。
だから俺のことだけをできるだけ触らせるようにしてた。
それに、俺の方がシウミンより強い匂いが出てる。
魅いてるのは俺。
それが続いてるだけの話。

『 もうすぐK国につくぞ 』

甲板から響く声の一つに、俺とシウミンはぴくりと肩を揺らした。

「うわ、まじかよK国?」
「昨日の予定ではD国だったのに!ヤバい、俺達でチケット取れない………」
「シウミン、IDハッキングして二人分のチケット取れ!」
シウミンが慌ててノートパソコンを開いた。
俺達二人は国際養子に出された時の条件でTVXQ帝国、SM国、K国、C国への入国が禁止されている。スパイとして利用されるのを防ぐ為とからしくて、こっそり入国なんてしたら国際的大騒動だ。
シウミンはどう思ってるか知らないが、俺は結構今の生活気に入ってる。
適当に楽しんでいたら超一流の贅沢させてもらえる環境。行動できる範囲もかなり広い。いい檻だ、ここじゃないとこに押し込まれるなんてまっぴら。
「取れた。ただ念の為に船で戻る。J国経由だ。家には連絡しといた」
「また船旅かよ。シウミン強力な耳栓買っておけよ」
「そうする………」
シウミンが青い顔をして頷いた時、船が止まる音がした。

仲良くなった女の子達に挨拶をして、早々にクルーザーを降りた。
港の中だけは地外法権でIDなしで動ける。俺とシウミンは次の船の船乗口を探してターミナルの中を歩いていた。

と。

俺とシウミンの足が同時に止まる。

ひたひたひた
こつこつこつ

俺は瞬時にターミナルの柱の陰に入り、シウミンも後に続いた。
互いに目配せし、シウミンが俺の荷物から香水を取りだし、俺と自分にきつめに、降る。

その間にも足音はどんどん近づいてくる。

『 魔王がくるよ 魔王がくるよ 』

俺の耳の奥に木霊する声。

「ルー、汗凄いぞ」
がしっとシウミンが肩を掴んできた。
「シウ………」
途端に木霊は止み、俺は息を吐くとシウミンの手を握った。

「カラムだあの足音は」

研究所にいた時、たまに現れたカラムは俺達への物珍しさを隠さず完全に動物扱いしていた人間の一人だった。苦痛を伴う実験を幾度もされた。

「まずいな………あと、どこかで………聞き覚えはあるんだけど………」
「もう一人いるな………あーでもわかんねぇ………」

俺は鹿でシウミンはカラカルの細胞が組み込まれてる。それゆえ聴覚でほぼ近くにいる人物がわかる。足音がファーストコンタクトになることが多く、話声はそこからまた少し距離がいる。

とにもかくにも、カラムはTVXQ帝国の人間だ、俺達がK国にいるのを知ったら………

『 あんなオンニ 』

柱の陰で身を寄せ合う俺達の耳に意外な声が聞こえた。
シウミンの目がぐっと大きくなる。

『 なつき、ごめんね、飛行機とれなくて船になって。アッパのところ早く行きたかったよね 』

シウミンが飛び出しそうになり、俺は腕を掴んで必死で抑え込んだ。
そこから二人分の足音が聞こえてきて。
車のドアの開く音が複数。
1、2、3、………

「「ヌナ………ヒョン」」

俺とシウミンはあまりのことに放心状態。確かにK国と聞いてヌナのことは浮かんでいたけれどこんなにどんぴしゃに………
シウミンが次第に肩を震わせはじめ、それを抱き締めようとした時、俺まで膝が揺れた。

『 クリス、いいよ荷物あとから運ぶから 』
『 でも………ヌナ、なつきさん行ってますよ先に 』
『 あ、ほんとだ!なつきー 』

クリス。
俺達と同じように。
ヌナから離れたんじゃなかったのか。

あまりの衝撃に凍りつく俺達。
やがて複数の足音は交差することなく左右に離れていって。

シウミンはしゃがみこむとノートパソコンを取りだし、あちこちにハッキングし始めた。
俺はカラムの足音が向かった方向と船乗口を確認する。

D国行きの船に乗るのか………
最悪のバッティングは避けられたようだ。

シウミンのところに戻ると、汗をかきながら何かのパスワードを何度も入れていて、やっと繋がったようだった。
「これだ………H国行きの船にヌナの妹の名前がある」
「ヌナとクリスは」
「ない。ヒョンもない。ただ、VIPエリアの客室が買い占められてる。船乗客名簿の半分がダミー。帝国の調査員達だろうな………いやそれでも部屋数と………かなり合わない………」
「行き先が違うならよかった。とりあえず俺らの乗る船に行こうぜ」
「………ヌナの出国記録を残さないつもりなのか………なぜ………」
シウミンがくちゃくちゃと自分の唇を指で触りだす。考え込む時の癖だ。
時には血が出るぐらいきつく触るので、俺はその指を抑えた。
「またなんか帝国と揉めてんだろ。多分………クリス絡み?」
「………」
あのB国の日々での暮らしの中。
俺達が充分離れていると確認して、ヌナとヒョンが話すことは聴こえていた。月に一度の身体検査の時にはわざと聴こえる距離を短く申告していたんだ。
そのおかげで自分達の生い立ちもおかれてる立場も行く末も全部わかっていた。
ヌナがよくイェソンヒョンと………いや、TVXQ帝国と揉めていたのは俺達に国籍がないことだった。俺達はヌナが父親から相続した、所有権がある生物でしかなかった。ヌナは国籍を用意するよう何度も要請していた。
正直生まれ方とか聞いてたら、そらしゃーねーかなーとも思う。人の体から生まれてねぇし、動物まで混ぜられて。
けど、それならこんな姿で誕生させて知識与えんなよって思う。下手に人間に近寄らされた分、家畜に戻ることもできやしない。
それでも俺とシウミンに対しては幾度か話の進展が見られたりしたようで。タオもあったと思う。一方で完全にはね除けられ続けていたのがクリスだった。
イェソンヒョンが何度もクリスは危険なんだ、と口にして、ヌナはその度に危険にしたのは誰の責任なのと泣いていた。
俺とシウミンはその話を絶対に他の二人には教えないよう誓った。
俺達もクリスを恐れていたから。
動物特有の勘というものか。
クリスは最初に会った時からオーラが桁違いだった。黒豹が混じるタオもそれなりだけれど、クリスは視線一つで小鹿の俺を硬直させるものがあって。
クリスを怒らせたらどうなるか。
誰が止めれるのか。
幸い、クリスは優しい奴だったけれど、俺とシウミンは狩られる側の警戒を解くことはなかった。
そして俺は日々が重なるに連れて苛々してきていた。成長促進剤で急激に育成された体はそんなに長く生きられない。おまけに俺達は寄せ集めの核。どんな欠陥が生じてくるかイェソンヒョンにも検討がつかない。ここで死ぬのを待つだけって退屈すぎねぇか。
時折俺とシウミンに養子の話が来ても、ヌナが色々と細かい条件を出してまとまらない。
綺麗な海しかない楽園に飽きてきていた俺は、あの日強盗が近づく騒音をわざと聴こえなくするようディスプレイの音量を最大限にした。
もくろみ通り、その夜更け俺とシウミンはホジュン氏に連れられジェット機に乗せられた。
「ルハン、シウミン、機内でこの映画を見ていてね」
ホジュン氏が笑顔で俺達にVR機を渡す。
俺とシウミンは従順に頷き、そっと手を握りあった。
耳栓と瞼へのシールドを用意していた。
そして、VR機を外した後の言動も既に一致済みだった。
そして俺達は偽りの記憶を脳内に書き込んで、今の養父のところに来た。
「シウミン行くぞ」
もう俺達の中で存在しないことになっているヌナ達に固執してもしょうがない。
そう思いながらも、ヌナ達が進んだ方向に耳を向けてしまう俺もいる。
ヌナがいないと俺達はあのまま廃棄処分だった。自分の人生の選択肢を削ってまで俺達に人としての生活を与えようとしてくれたヌナには感謝しているし………
ヌナに抱き締められるのは好きだった。
俺の匂いに過剰に反応しない数少ない人間だったヌナ。
久しぶりに………声………聴いた………
「なんでだよ」
唸るような声で気がつく。シウミンの唇が血で真っ赤になっている。
「シウ!」
俺は慌ててティッシュを出してあてた。
真っ白い紙にじわじわと鮮血が浮かぶ。
「なんで………あいつだけヌナといれるんだ………全員の所有権を引き渡すことでクリスの国籍作らせたはずなのに………」
シウミンの目の焦点が合わない。
薄々気づいてはいたけれど、ずっとヌナの動向を調べてたんだな。
シウミンのヌナへの感情は俺には読みきれない。俺とはかなり違う気がする。
クリスやタオがヌナを独占している時のシウミンの表情はいつも俺に不安を与えた。
草食系の俺とは違い、捕食者でもあるカラカルの匂いを感じるのは苦手だった。
繋がっていて異なる俺達に起こる亀裂。
ヤバいこうなると………
次の瞬間シウミンは身を翻して、ヌナ達が向かった方向に走り出した。
「シウ!」
俺はティッシュを捨て慌ててシウミンの背中を追った。
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