One day

□君がいない夜
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春がくるまでに 1Pから2Pの間のお話です
あんなside













その夜クリスは寝室に入ってくることはなかった。
今までのことを思うと逆に落ち着くことができなくて。
ゴロンと寝返りをうち、クリスのスペースがあるのに気付き、慌てて両手を広げ大の字になる。
それでもクリスなら眠れてしまうぐらいのスペースは残って。
(クリス、無茶苦茶寝相いいんだよね)
最初に一緒に眠った時はあまりにも身動きしないのが心配で。
何度も頬に触れたっけ………

(懐かしいな………) 

少年特有の細く柔らかな曲線の頬と細くて高い鼻梁があいまって………
まるで天使が眠っているのかと………
波の音がずっと私達を包んでいた夜。
(………まぁ一緒に寝るっていっても、私が寝る直前に入ってきて起きたらもういないから、昔に比べれば………)
部屋を与えるまで、毎晩私のベッドに潜り込んできたクリス。
どんな悪夢を見ても、隣で眠るクリスの温もりを抱き締めると、震えはとまって………
ついアクアグリーンの香りを身につける癖があるのは………
あの時に私を癒した香りだからなんだろうな………
このベッドにもその香りはうつっていて………それを感じていたら、ゆっくりと眠りにおちていった。

不意に浅い眠りの中、抱えあげられ、強いアクアグリーンの香りに包まれる。
「え、ちょ………」
頬にあたるネクタイの感触。
「移動しますとお伝えしています」
早朝移動、ご丁寧に毛布までかけられて車に乗せられた。
車は今までクリスが運転していたものではなくて、どう見ても帝国の護送車で。
私とは顔を合わせないようにしているけれど、幾人かの調査員が同乗しているのは明らかだった。
後部座席に私と乗り込んだクリスはスーツ姿で。運転席に細かな指示を出し、車は走り出す。
「ぬ………あんな様の自室を引き払う手配をします。お荷物はどうされますか」
「え、な………なんで」
いつか部屋には………この騒動も反勢力の動きが鎮まれば帰れると思っていた私は驚いてクリスの腕を掴む。
「ユファン氏の動きがあまりに目立っていて、自室も特定されたようです」
「………そう、そんな中で………どこに行くの」
「カラム氏とイェソン氏が検討しています、もうすぐ決定するようなので先に自室に寄りましょうか」

あの小さな部屋が浮かんだ。
青いソファーベットに沈んだ………オニュ………
二人で使った食器、ゲーム機………

あの空間に戻っても………もう………

「………寄らなくていいから………荷物も………スピーカーと、窓際にある物だけ全部持ってきてくれたら………いい」
「あとは廃棄でよろしいですか」
「窓際にあるのだけ………それでいい」
「わかりました。あと、ご実家から大学に問い合わせがあったと連絡が入っています」
「あ!新しい連絡先、クリス………」
新しい携帯電話自体用意しなかったクリスを睨むと、少し眉を下げた。
「すみません、ご実家に寄られた方がいいかと、イェソン氏から指摘が………」
「うわー………ヤバい母さんこゆの無茶苦茶怒るからなぁ……」
はぁ、とまたため息をついて。
車の走る方向に見覚えを感じながら。
目を閉じた。

「あんなちゃん、あのね、ママはね、あんなちゃんがどこにいようとなにをしようと反対しないから、連絡だけはいつもつくようにって何度言ってますか?
大体あなたは、留学させたのは浩光さんとの約束だったにせよ、そこからずっとママのところに帰ってきてくれなくて、勝手に学校辞めて帝国にいっちゃっておまけにクーデターに巻き込まれてママ毎日心配でどれだけ泣いたか、なのにあなたは相談もなくまぁたっ、J国にいったかと思えばママが会いに行っても諸国まわってるとか、本当にママを心配させることしかしなくて」
あーやっぱどんなに覚悟してても、この母さんが大きな目を潤ませてくどくどとやるのまじしんどい。
ちなみに玄関あがったとこで正座とかまじしんどい×2。
まぁあまりにも早朝だったから、こっそり忍び込もうとしたら母さんが起きてきて鉢合わせした勢いで座り込んだのはわしですが。
「う、うん、ご、ごめんなさい、ほんと、まママ、もうしない、ほんとしません」
「今回だっていきなり電話が繋がらなくなるからびっくりして大学に連絡したらこんな早朝に帰ってきて、海外研修に行くなら行くってメールの一つでもしてくれたらいいだけでしょう!大学のお友達まで巻き込んで!」
私の隣でなぜか一緒に正座しているクリスが、ぴくんと跳ねた。
つか、クリス正座大丈夫かな、帝国にはない作法だから、させたことがない。
訓練の一つに取り入れるようイェソンに言っとかないと……
「ごめんなさい、ママ、ほんと……あ、あのね、送ってくれたこの子、あ、クリスって言うんだけど、この子とまた空港に戻る用事があるからそろそろ……」
「はぁあああ?あなたまたどっか行くの!?」
「え、えとね、ちょ、調査がね途中で」
「大体、海水調べてなにになるの、あんなちゃんあなたもうすぐ大学卒業でしょう、就職活動は?あなたの学部どんな就職先があるの!」
「ふぐっ……や、えと………」
「研究職だけは許しませんってママ何度も言ったわよね、ママが浩光さんとお別れする原因の話ちゃんと聞かせたわよね!」
ぐいぐいと鬼の形相の母さんが迫ってきて。
あかん、HPもう0……
と、白目を剥いた瞬間
「あ、あの、あんなさ、あ、ヌナのお母様、ヌナは就職活動の一環で調査を続けているんです、濾過水を扱う会社の依頼で……これが成功したらマーケティング課の内定がもらえるんです」
クリスが足を擦りながら、母さんに必死で訴えた。
「あら……」
(クリスでかした……!)
母さんの視線が私からクリスに移動して。
「ほんと?クリス君」
「は、はい、ヌナは優秀なので、大丈夫です、今度の調査はすぐに終わると思い、まっ……いっー‼」
膝立ちをしようとしたクリスが足を抱えて転がって。
「あ、あら、大丈夫クリス君」
「やっぱあかんかったか、クリス」
「ヌつ、ぬなぁ、な、なにこれ……」
涙目で私を見上げた。
「あらあら、痺れちゃったのね、あんな、リビングに運んであげなさい、朝ご飯作ってあげるからその間に治まるでしょ」
あんなちゃんからあんなに変わるとお説教タイムは終了。私はほっとしながら、クリスの肩に腕をまわして起こし、母さんに続いてリビングに入った。
「ヌナ、ヌナ、足の感覚が感覚が、どうしたらいいですか、これは」
「しばらくじっとしてたら戻ってくるから。そんな狼狽えないの」
半泣きのクリスが可愛くて、ちょんちょんと足をつついて喚かせたりしてると、
キッチンで何やら始めた母さんが声をかけてくる。
「まー初めて痺れたの?クリス君何歳なの?」
「ああクリスはね、17歳………」
「わっかいわねぇ、飛び級進学なのね、優秀ねぇ」
(あ………クリスとオニュ………同じ歳だった………)
ダークブルーのスーツを着こなすクリスの横顔は、見慣れていて意識していなかったけれど………
(やっぱり十代なんだな………この首筋のラインとか………)
「オンマぁ、お腹すいた………ぁあ?」
がらりとリビングの奥の襖が開き、不意に妹のなつきが現れて。
「なつき!」
寝癖のついた髪もしょぼしょぼした目を擦る仕草も最高に可愛い妹のなつきに声をかけたのに。
なつきは私の隣にいるクリスを見て固まってしまった。
「あら、なつき、今作ってるから待ちなさい、あなたほんと朝から食欲旺盛ねぇ」
「なつき、おはよう、そこで寝てたの?」
「あ、ヌナの妹……さん?おはようございます、いきなりお邪魔してます、あの」
クリスが声をかけた途端に、びくっと体を仰け反らせて、開けた襖をびしゃん!と閉めてしまった。
「ちょ、な、なつき?」
慌てて襖に手をかけて開けると。
「おはようございます、あんなヌナ」
可愛いなつきのボイスとは似ても似つかぬ………
「ぶっ……まっ、ママあああっ、なんでチャンミンがいんの!」
私もばしんっと襖を閉めると、オンニ開けないでぇと叫ぶなつきの声が響いてきて。
「昨日うちで晩御飯食べてから、ゲームしながら寝ちゃったのよこの子達」
「は?普通同じ部屋で寝かす?」
「ええー、チャミちゃんだし今更ねぇ………」
ああ、ほんまうちの母さんの天然ぶり恐ろしい。普通ならチャンミンのなつきへの執着ぶりドン引きもんなのに………
つか、まじ、よりによって!まさかこんな早朝までなつきにくっついてないと思ってクリスが家についてくるのを許可したのに。
クリスとチャンミンが顔を合わせるのは……どう考えても………
「ごめんっ、ママ、じ、時間ヤバいからもう行くねっ、帰国したら新しい連絡先絶対教えるから!」
「うわわわヌナ、まだ俺足っ無理ですっ」
「るさいっ、とにかく行くよ!」
「えっ、あんなっ、おにぎりだけでも持ってきなさいっ」
クリスを引きずるようにして玄関に戻り、クリスの背中を蹴りながら靴を履かせていると母さんがタッパー片手に追ってきて。
「ほんとっにもうあんたは!ほら、クリス君の分もあるからちゃんと食べなさいよ!」
そうぷりぷり怒りながら、ほかほかのおにぎりを持たせてくれた。

ひぃひぃ喚くクリスを引きずって車に戻ると、何事かと他の調査員が飛び出してきた。
「あっ、失礼しました、あんな様。クリス様!どうされましたか」
慌てて膝をつく者達は全員知らない顔ばかりで。
私はタッパーで適当に顔を隠すと、さっさと車に乗り込んだ。
「す、少し、トラブルがあっただけだ、行き先はどうなった?」
クリスが咳払いをしながらよろよろと車に乗り込んでくる。
「イェソン様が急遽こちらに向かわれているそうです。警備を空港に一括するので、我々も向かうようにと指示がありました」
「………それは」
私もクリスも同時に息を飲んだ。
調査員の上司、それもイェソンクラスの人物が現れるということは。
任務交代、そしてクリスはこの任務を解かれるということ。
そして私は………
(帝国に強制送還か………よくて、SM国の研究所送りかな………)
交渉するにもB国を離れる際クリスに帝国籍を作らせる為有効な権利をほぼ使いきってしまっている。
イェソンの下に置かれるなら、またSPをしてもいいかなと思うけど………
(私がユンホ様を護衛するなんてね、事故を装ってカラムに殺されるな……)
「クリス様、では空港に向かいます」
重苦しい沈黙に包まれたまま車は走り出した。
車内は黒いガラスの仕切りがあり、後部座席の私とクリスの会話は聞こえない。
イェソンの名前が出てからぼんやりと宙を見出したクリスの手にそっとアルミホイルに包まれたお握りを乗せた。
「え?ヌナ………?」
「うちのお母さん、口うるさいけど作るご飯は美味しいから、食べよ」
「………」
「辛い時や元気のない時は美味しいものを食べなさいって教えたよね?」
クリスはゆっくりとアルミホイルを剥がし、黒い海苔に包まれたお握りをそうっと齧った。
「………美味し………ヌナが作ったのと………同じ………」
ぼそりと呟いた。
「あ、あんまり向こうお米なかったから作らなかったけど覚えてたんだ」
私も久しぶりにとお握りを頬張る。
そういやクリスは私が魚料理ばっかり作ったから海辺で暮らしているのに魚が苦手になってしまって、食材の調達が大変だったっけ……
「海苔はいけるんだよねぇ、同じ海のなのに。あっち海苔高いから、クリスにだけこっそりあげて……とかあったね」
「……よくタオにバレてヌナ泣かれてた………」
クリスがもう一度大きくお握りにかぶりついた時、電子音が響き、クリスが携帯を取りだした。
と、ぼとん、とクリスの手からお握りが落ちて。
「え、クリス?」
いきなり………涙を流した。
「クリス、どうしたの、あ、これ梅干し?酸っぱい?食べたことなかった?」
慌ててクリスに体を寄せると、携帯の画面に浮かんでいるのは調査報告の………画像。
………そこには、スピーカーと窓辺に並べられた貝殻と珊瑚のかけらが映っていた。
「ヌナ………こ……れ………」
「え、クリス覚えてるの?一緒に拾ったやつだ、」
次の瞬間耳元に風が舞って。
視界が真っ暗になり、クリスに抱き締められていた。
「ご………めんなさい、ヌナ………」
「クリス?」
「も………どうでもいいのかって………俺、………の、俺達のこと……忘れて………過ごしてたんだ………って………俺………」
肩にポタポタと熱い滴が落ちてくる。
「ヌっ、ナの傍にいる………奴ら………ゆ、るせ、な、くて………」
ガタガタと私を抱きしめながら震えるクリス。

二人で過ごしていた日々。初めて海に入ったクリスは波の感触に驚いてパニックになって。
笑いながら抱き締めると、涙目で私を見上げて……
そこから綺麗な貝殻を拾うのに夢中になって、帰り道がわからなくなるぐらい遠くまで二人でいってしまった。
星座を頼りに歩いた真っ暗な夜道。
繋いだ手を何度も握り直しながら、満天の星空に見惚れていたクリス。
星の明かりに浮かぶ綺麗な横顔。

貝殻を見る度に…………

「ごめんね……クリス………忘れるなんて、ないよ、ずっと………会いたかった」

クリスの腕の中から、手を伸ばして頬を拭う。
私であったかもしれない………この子。
どれだけ心配で………愛しかったか………
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